喋喋喃喃

北野かほり

第1話

 結婚して三年目。

 ちょうどこの時期に離婚したり、浮気をする歌が日本で流行っていた、というのを妻から聞いた。

 妻とは二十四も離れて、年齢もそうだが肉体的な若さにも衰えを感じ始めている時期にこの話題は打撃といってもよかった。

 もしかしたらもう妻は俺と離婚したいのかもしれない。または浮気か。

 妻は年下でなにもしらない無垢さが愛しくて、なんでもやってあげたくなった。それは一年は情熱的に、二年目は習慣的に。食事を作り、服といった細やかなところで、そうしていると、じわじわと反感的な目をするようになった。年上の男に世話されて喜んでいたのが、そろそろつまらなく感じたのかもしれない。


 その日、胸騒ぎを覚えて毎朝のマラソンをはやめに終えて家にかえると、悲鳴やらけたたましい音楽が出迎えてきて、なにかと思ってキッチンに行くとフライパンを持ってあわあわ足踏みをしている妻がいた。


「なにしてるんだ」

「お、おどってたの! あとこがした!」

「……変な踊りだな」

「……踊ったことないから」

 フライパンをおろして妻は言い返す。

「君はロシア人だったな」

「そうよ。あまり踊らないから」

 両肩を竦めて、ぷいっとそっぽう向く。恥ずかしがることないのに。

「踊ろうか」

「踊れるの?」

「仕事柄、あと、ギリシャ人はよく踊る」

「あら、素敵」

 腰を抱いてすりよると、汗臭いかと一瞬気にしたが、妻は喜んですり寄ってきた。

「朝ご飯を作ったの。焦がしてごめんなさい」

「君が?」

「いやだった?」

「いや」

 少し驚いたけれど。なんでも作ったものをおいしい、おいしいと口にして食べる妻は本当に可愛い。だから余計に料理の腕を磨いた。世話して喜ぶ妻が自分のことをしはじめると若干の不安と寂しさがあった。きっと自分は年を取っているのだろう。

「わたしね、あなたにおいしいをあげたいの。けど、失敗しちゃった」

「……浮気したのかと思った」

「は? なにそれ」

 怒った妻の顔は可愛らしい。

「ばかね、私、あなたの奥さんよ」

 胸にすり寄って妻は口にする。

「あなたにしてもらうの好きよ。けど、私もちょっとしてみたいと思ったの。だめだった? いやならしないわ」

「……驚いてる」

「子供が成長したみたいで?」

「子供にこんなことはしないよ」

 尻を撫でると、ひゃあという声をあげて妻は笑い始めた。そのまま腰を抱いて、流れるうるさい音楽を切り替える。ちょうどいい優しい曲に二人でステップを踏む。

「あなた踊れるのね」

「もちろん」

「素敵」

 三年目。浮気も離婚の危機もないだろうが、二人して朝から踊ったり、焦げた卵焼きをトーストにのせて食べる、という斬新なことはした。今年は二人してちょっとはっちゃけようと口にする。たぶん、結婚して緩んだ心がはしゃぎはじめた。

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