第37話 敵わぬ相手

   ~~ 吸血鬼の女 ~~


 バートリ・エルジェベート――。

 ダリヤ・サルツイコヴァ――。

 前の世界でも、若い娘を殺してその血を飲み、浴びる女性がいた。それは、そうすることが自らの美貌、若さを保つ、という偏執的で誤った考えをもっていたことによる。

 誘拐をしても数に限りがあり、必要数をそろえるのが難しい。だから人工授精、人工胎盤による促成生産……。

 怒りしか湧かないけれど、気になることが一つある。この世界にこんな技術はないはずだ。誰かが教えない限り……。

「おまえたち、何をしている⁉」

 ボクたちが不審な動きをしているので、周りの信徒たちから怪しいと睨まれ、集まってきた。

「じゃあ、頼んだぞ」

 そういって、リクィデーターは脱兎のごとく逃げだしてしまう。首尾よくマント、マスクを準備していたこと。今の逃げ方をみても、あのリクィデーターは元シーフ、盗人が前職かもしれない。

 ボクは周りを取り囲まれていた。相手は人族なので、ドミネートがつかえるけれど、多数を相手ではムリだ。

 それなら……。右足をふりあげ、地面に大きくたたきつける。そこで巻き上がった埃に対して「ストーム!」と魔法を唱える。その砂埃を加速させ、周りに飛び散らせたのだ。

 周りを取り囲んだ連中が怯んだすきに、ボクは人ごみにまぎれた。元々、恰好は同じマント、マスクであり、一旦紛れてしまえば追及はかわせる。ボクはその場を脱することに成功した。


 しかしドラキュラ伝説のようなことを、貴族の妻はしているのか……?

 貴族が派遣されるのは、国の統制のためである。いくら宗教施設といっても、町を形成する以上は、国の統制下に入ることを求められ、貴族が常駐するのだ。逆に、その貴族と結託すれば宗教側もやりたい放題、ということでもある。

 もしサン・バルラを崇拝するバルラ教が貴族側と妥協するとしたら、それが妻による暴挙を黙認、もしくは協力する、ということなのだろう。でも、それなら夫を生かしておく意味は……?

 色々と考えながら、貴族の妻の居室にやってきた。聖堂の最上階、一等地であり、それだけでも好待遇がうかがわれる。

 そして、忍びこんですぐに気づく。こいつが今回の元凶である、と……。

 そこには全裸の女性がいた。水浴び……否、血浴びをしているので、全裸なのだ。しかもそのおでこから、三本の角が生える。筋肉質で、男性よりも体格がよく、見ても卑猥な感じはない。むしろその体躯、力でこの町を統べる当主にのし上がったと推測された。

 鬼人族なので、貴族の夫でも制御できていないのだ。

「誰だッ‼」

 どうやら、勘も鋭いようだ。ボクも隠れているところから、足を踏みだした。

「何者だ、キサマ?」

 しゃべり方も男っぽい。全裸のまま、隠すこともせずに堂々とこちらを睨む。

「その血は、獣人族の赤ん坊を人工的につくり、そこから抜き取ったものか?」

「ほう? どうやら私のことをギルドに売った奴がいるようだな」




   ~~ 鬼人族との真剣勝負 ~~


 暗殺者がくることを予期していたようだ。むしろ、それでも楽し気に「相手をしてやろう」と、全裸のまま拳を固めて身構えた。

 ボクも短刀を構える。相手が鬼人族だと、ドミネートがつかえない……? 試したことがないから、よく分からない。

 ドミネートッ‼ やはり通じていない。でも、何か感触はあった。もしかしたら、もっと接近するか、何か特殊な条件が必要なのかもしれない。

 いずれにしろ、剣技と魔法で最強種である鬼人族に敵うのか? ネルもいない中、一人だけで鬼人族に立ち向かう、初めての戦いだ。

 瞬足で一気に間合いを詰めてきた。振り下ろされる拳を、両手で握り締めたナイフで受け止める。拳を斬りにいったのだが、拳の強度の方が上回った。刃の表面が脆くも欠けた。

 一旦、大きく飛び退く。力を強化していなかったら、腕ごといかれていた。

 やばい……。本気でそう思った。元々、人族以外では魔法頼みの戦い方しかできない。暗殺者であるのも、人族相手なら無敵だからだが、逆にいえば魔獣など、人族以外を敵にできないのだ。

 雑魚キャラが、いきなりラスボスにぶつかったようなものだ。やはりドミネートしかない……というか、それ以外で勝てる見込みすら立たない。


「ほらほら、逃げてばかりじゃ、勝てないぞ!」

 移動強化、力強化、思考強化……。ありとあらゆる魔法を駆使して、肉弾戦を繰り広げるけれど、明らかに劣勢だ。

 それどころか、鬼人族はザジがつかったように、剣に炎をまとわせたり、戦闘と魔法を組み合わせてくる戦い方をする、と聞く。でもこれまで、この鬼人族は魔法をつかっていない。

 つまり舐められている。

「ふはははッ! ギルドが送りこんできた暗殺者だからと期待したが、この程度か」

 ボクがふたたび飛び退いても、追ってこない。

「私は獣人族の赤児の血を啜り、全身にそれを浴びることで、この若さと美貌を保ってきた。若さ、とはすなわち力の源。自分の最強の状態を保つため、何万という赤児を殺してきた!」

 楽し気にそれを語る。そのとき、ふとボクも気になった。

「おまえ……、渡りの人か?」

「ほう? 鬼人族と会ったことがあるのか? 私は渡りではない。だが、このやり方はその渡りに聞いた」


 そのとき、ボクは脳裏によみがえったことがあった。転生する際、ひらひら衣装をきた閻魔様が語っていた。

「元の世界の常識をつかって成り上がったり、無双したり……」

 これもその一つか……。ただし、悪い方向に元の世界の技術が用いられたら、こういうことになる。

 しかも、人工授精や人工胎盤、といったことならまだしも、赤児の血を飲んだり、浴びたり……なんて、尋常なことではない。むしろ、この女性のことが嫌いで、ついた冗談……といってくれた方が、すんなりと受け入れられる。

 それを真にうけた……。なるほど脳筋らしい。そもそも、全裸で戦いつづけるぐらいの戦闘狂。彼女にとって容姿など、戦えることに比べたらどうでもいいのだ。

 話をする間も、ドミネートを仕掛けつづけるものの、やはり通じていない。接近すると緊張感が増し、魔法をつかって対応しないといけなくなり、ドミネートに集中できない。

 それでも、仕掛けるしかなさそうだ。そう決意を固めたとき、「ライジング・ボルト!」と叫び、拳に静電気を溜めて突っこんできた。仕留めにきた! と気づく。しかし電磁力は高速で突きだされた拳によって、ナイフを引き寄せていた。

 刃毀れしたナイフなど、捨て置けばよかった。拳に引き寄せられたナイフは一撃で破壊され、ボクのつんのめった体も拳に打ち据えられていた。



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