お願い! 下敷きの精〈1話完結〉

PONずっこ

お願い! 下敷きの精




 私はごくごく普通の女子中学生だ。しかし、たった今、とんでもない悩み事が出来てしまった。


 ――幻聴が……幻聴がする!


 疲れているのかもしれない。思えばこの一週間、テスト勉強でろくに寝ていなかったし。


「おい! 無視したあかんやろ! ワシやワシ! ワシがしゃべっとんねん、現実見んかい!」


「ギャー! 気持ち悪っ! なんなのこの下敷き! 何故に関西弁!?」


「ツッコむとこそこかーい!」


 下敷きなんかにツッコまれてしまった。


 ――そう、今私は下敷きが喋りだすという幻聴に悩まされている。


「幻聴ちゃうっちゅーねん!」


「じゃあ、一体何なのよ!? てか、勝手にモノローグに返事すんな!」


「お前、さっきワシの事三回……その、あの……こすった、やろ……?」


「なんだそのちょっとはにかんだ言い方は。なんか嫌だから、マジキモイからヤメロ」


「とにかく、三回……その、あの……こすったり、したら」


 ベシッ!


 私は思わず下敷きを床に叩きつけた。


「いたたたっ! な、何すんねんな! いきなり!」


「キモイからヤメロっつったでしょーが! 下敷きと会話してる私も十分キモイけどなァ!」


「ったく、最近の子供はホンマせっかちでかなんわー。カルシウム摂ってるかー? 毎朝牛乳飲みー、ぎゅーにゅー」


 私は下敷きを拾い上げると、それを両手で山なりに曲げて下敷きのアーチを作った。


「ぎゃあああぁ! や、やめろ! やめて下さいー! それだけは! アーチだけはご勘弁を! わかったわかった! 普通に喋るからァァ!」


 仕方なく下敷きを離し、机の上に置いてやる。


「ふうー。危うくパッキンいくとこやで! お前下敷き殺しか!」


「そもそも下敷きは生き物じゃないでしょ」


「生き物ちゃうくてもなァ、物には妖精さんが宿っとんのやで」


「よーせいさん……?」


「せや! 何を隠そう、ワシも下敷きの妖精さんや」


「はあ!?」


 妖精って、可愛い小人に透明の羽がついているものを想像していたのに。妖精も何も、これはただの喋る下敷きだ。


「ほら、妖精さんの中での有名人は、お前も一回くらい聞いたことあるやろ。ランプの精さんや」


「え!? ランプの精って、あの!?」


 ディ●ニー映画でお馴染みのあの青いランプの精のことだろうか。


「でも、あれって妖精じゃなくて精霊じゃないの?」


「細かいこと気にしてたらでかい人間になられへんで」


「おい」


「ともかくや。ランプでも三回こすったらランプの精が出てくんねや。下敷き三回もこすって出てけえへんわけないやん」


「いや、全くわけわかんないけどね」


 ――とは言え、こいつも妖精ってことは、あのランプの精みたいに願い事を叶えてくれるのだろうか。


「フフフ。その質問に答えてやろうやないか! 答えは……イエスや☆」


「えー! やったァ! じゃあ、三つ叶えてくれるのよね!?」


「まあな。けど、今一回質問に答えるっていう願い聞いたから、あと二回な」


「はあ!? ふっざけんじゃないわよ! このクソ下敷き!」


「ぎゃああぁ! アーチだけは! アーチだけはご勘弁をォォ!」


「ふん! まあ、いいわ。あと二つの願い事、何にしようかな~」


「最後の一つは、お約束どおり、ワシを自由にするっていう」


「却下!」


「そんな殺生なァー!」


「うるさい、黙れ下敷き」


 何はともあれ、私は何か良い願い事がないか探しに家を出た。すると、すぐに一人の男子クラスメイトを見つけた。私より背が低くて、細くて、弱々しい男の子で、すぐ泣くので学校でもよくいじめられている。


 だが、性格は泣き虫な以外は心優しい良い奴だ。


「ああ……あの子ももっと背が高くてマッチョでたくましくてイケメンで泣き虫じゃなきゃよかったのにな〜」


 私は思わずそんな同情の言葉を漏らしてしまっていた。


「その願い、このワシが叶えたる!」


「ええ!?」


 ――しまった……っ! コイツは勝手に願いを叶える欠陥品だった!


 急に目の前がぱあっと明るくなる。次の瞬間にはあの弱っちい男の子が、大きくてマッチョでたくましいイケメンになっていた。


「か、かっこいい!」


 私は激変した彼に一目惚れしてしまった。


「ねえ、下敷きの精! お願い、私と彼を両思いにして!」


「嫌や」


「はあ!? なんでよ!?」


「だって、もう次の願い事で最後なんやで。最後はワシを自由にするっていう約束やったやろ」


「そんな約束してないわよ!」


「嫌やァー! ワシは今度こそ自由になるんやー!」


「ガタガタ言ってないでさっさと言う事聞きなさいよー!」


 そう言って下敷きをはたいたところで、私は周囲からの痛い視線を感じて、ハッとなった。


 そうだ、こんな道の真ん中で下敷きを怒鳴りつけるなんて……。私、すごい危ない人みたいじゃないの。あ、彼までこっちを見てる。恥ずかしい。


 私は急いで家へと走り帰った。


「まったくもう! こんな下敷きのせいでとんだ恥をかいちゃったじゃない!」


 腹立たしさのあまり、私は下敷きをリビングのテーブルの上にたたきつけ、そのまま放置して自分の部屋へ戻った。


 あのクソ下敷きが使えないとなると、どうやって彼を落とせばいいのだろうか。いや、何としてでもやっぱりあのクソ下敷きに言う事を聞かせるしか。


 そういえば、私とした事があんな喋る下敷きをリビングに置いてきてしまった。家族に見つかっても厄介だ。早く回収しなくては。


 私は慌てて部屋を出て、リビングへ向かった。リビングに着くと、そこには兄が座っていて、テーブルの上に下敷きは無かった。


「あれ、お兄ちゃん、ここに下敷き無かった?」


「ん? ああ、それならここに」


 兄が振り返るとほぼ同時に、パッキン! という不吉な音がした。


「え」


「あ」


 よく見ると、兄の両手には半分に折れた下敷きが握られている。


「な、何やってんのよォォォ!?」


「わ、わりぃ、下敷き見てたらなんかアーチしたくなって」


「もういいから、それ返して!」


 私は兄から半分に折れてしまった下敷きを奪い取って、自分の部屋へと駆け込んだ。


「ちょっと、下敷き! 大丈夫!?」


 下敷きは何も言わない。まさか、死んでしまったのか。


「しっかりしなさいよ! まだ願い事一つ残ってるんだからね!」


「う……うう」


「下敷き!」


「す、すんまへんなァ。ワシ、もうダメみたい、や」


「何言ってんのよ!? てか、なんでお兄ちゃんなんかに折られちゃってんの! 喋っておどかせばよかったでしょ!」


「ワシの声が聞こえんのは、三回……あの、その……こすった、人だけ、やから」


「なに、この非常事態にまではにかんでんのよ! キモイっつったでしょ!」


「ワシら、妖精にとっては、三回……あの、その……こすられる、ゆーんが、そんだけ、すごいこと……なんや」


「え?」


「ワシは、お前が……あの、その……こすってくれんの、待ってたんや。こうやって、ワシと話してくれる人を」


「もういいから、喋らないで!」


「そんなん、嫌や! ワシは、お前みたいなんと……喋るために」


「もうっ、最後まで言う事聞かない下敷きなんだからっ!」


 私は下敷きをぎゅっと抱きしめた。ヤバイ。なんか泣きそうだ。


「おおきに、な。ワシら妖精が、人間の願い事叶えるんは……実は、話してくれたお礼やねん。ワシ、まだ、ロクな願い、聞いてへんかったな」


「もういいってば!」


「早く、ワシが死んでまう前に、願い事、言うんや」


「じゃあ、死なないで! 死んだりしたら許さないんだからっ!」


「お前……恋の成就の、願い、は?」


「そんなの、あんたなんかに頼らなくてもね、自分で何とかできるんだから!」


「お前……ええ奴っちゃな」


 そう呟くと同時に、ぱあっと目の前が明るくなった。次の瞬間には、私の手の中から下敷きが消えていた。


「うそ、でしょ。下敷き……下敷きィィー!!」





 あれから一週間が経った。私の幻聴はなくなり、また平穏な日々が続いていた。


 ただ、あの小さくて泣き虫の弱々しい男の子が、大きくてマッチョでたくましいイケメンになっていることが、あの下敷きとの一日が幻ではなかった事を証明している。


 私は今も彼の事が好きで、現在進行形で猛アタック中である。


 願い事は正味、一つもまともに叶えてくれなかったが、アイツは私に素敵な出会いと、物を大切にする心を教えてくれた。


 ――これからはもう、下敷きをアーチになんかしない。


 私はそう心に固く誓って、新しい下敷きをそっと三回こすった。


「なんや、またお前かいな~。次こそは最後の願い、ワシを自由にする……ってぎゃあああぁ! やめてやめてぇ! それだけは! アーチだけはご勘弁をォォォ!」


 固い誓いは五秒と経たずに、あっさりと破られた。


 コイツとは、長い付き合いになりそうです。


「ぎゃあああぁ!」





2022.03.13

『お願い! 下敷きの精』《完》


◇ ◆ ◇  ◆ ◇ ◆  ◇ ◆ ◇


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