142 慌ただしくも変わらない日常(その5)
話は少し前に遡る。
『何? 婆ちゃん』
理沙の運転で佳奈を自宅まで送り届け、後は弥生の工房へと向かう為に、ハンドルを曲げた時だった。
助手席に移っていた弥生はスマホの電話を受けていたが、その内容に少し、眉を
『う~ん……ごめん婆ちゃん、今
『仕事か?』
『うん、飛び込みのね』
聞けば、和音からの依頼は、睦月の
『この前から爆薬の在庫がなくて注文してるんだけど、届くまでまだ数日掛かりそうでさ。今お休み中なんだよね~』
『だからキャンプに連れ出したのか……』
銃器の持ち合わせくらいはあるだろうが、『技術屋』であり、『
『まあ、そういうわけだから今回は、』
『……ちょっと待て』
道の端に一度、車を停車させた理沙は弥生からスマホを奪い取ると、電話越しに和音へと告げた。
『話は聞いた。その仕事…………私が請けてもいいか?』
「それで無性に暴れたくなったから、依頼を横取りしてここに来た。『技術屋』は外の車に、見張り役も兼ねて待たせてある」
大方、自前の車に仕込んでいたのだろうが……休暇中に銃を持ち込んでいたことに対して、勇太は『常に自衛の為に備えているのはさすがだ』と褒めるべきか、『休暇中なんだから武器は置いて行けよ……』と呆れるべきか。
内心半々な気持ちを抱いていると、今度は理沙の方から問い質された。
「……で、何故
「こっちも仕事だよ……一応はな」
簡単に経緯を話し、地面に転がした上で踏みつけ、身動きを取れなくさせた秀樹を見下ろしながら、勇太は
「……それで今、片付けたところだ。本当ならこれで終わりだったんだが……まさか、睦月にまで手を出していたとはな。こいつに聞かされるまで、まったく思わなかった」
「なるほど……」
腕を組みがてら、銃口を降ろしていた愛用の二丁一対型
「……つまりこいつ等を殺せば、私の仕事は終わりだな」
「あ~……悪いけど、ちょっと待ってくれ」
そんな
「このままだと、俺まで殺害対象に含まれかねない。先に
「そうか、分かった」
そう言ってスマホを操作する前に、勇太は理沙に一つ、問い掛けた。
「後、悪い。表面上は『表』の仕事で来ていたから、今は何も持ってきてないんだ。手袋と何か、予備の武器があれば貸してくれ」
「これで良いか?」
そう言って、理沙から差し出されたのはフリーサイズのゴム手袋と、彼女の予備の武器の一つだった。
受け取った手袋をはめながら確認してみると、理沙が今手に持っている二丁一対型
受け取ったのは
「十分だ、助かる。下手にこいつ等の武器に、触るわけにはいかないしな……」
――ブーッ、ブーッ……
「……今度は何だ?」
再び鳴るスマホの通知だが、今度は電話だった。
撃ち終えて
「どうかしましたか?」
「何でもない。ただの電話だ」
車内で作業していたので、近くで分解整備していた由希奈が何事かと聞いてくるものの、どうせ大したことではないと睦月は思い、そう答える。
車を降りて少し離れ……通話相手を確認した睦月の表情には、どこか微妙な感情が浮かび上がってきた。
(勇太……?)
またこの前みたいな依頼かと、少し面倒に思いつつも、睦月はスマホを通話状態にした。
「どうした?」
『睦月か? 今ちょっといいか?』
そう聞かれた睦月だが、脳裏に『襲撃への対処』が浮かび上がった為、手短に済ませようとする。
「内容による。今取り込み中だ」
『多分だが……その
「は?」
思わず疑問を発する睦月に、スマホ越しの勇太は簡潔に用件を伝えてきた。
『……というわけで、こいつ等俺をダシにして、お前に手を出そうとしてたみたいなんだよ。だから、
「アホか」
大方、和音が手配した刺客から逃れる為にと、(交渉なり買収なり命乞いなりして、)報復対象から『自分を外して欲しい』と要求してくるものと思っていたのだが……勇太からの、
「『貰い事故だから見逃せ』、ってのはまだ分かるが……なんで落とし前まで持ってかれなきゃならないんだよ?」
『面子の問題だ。偶々近くにいただけならまだしも、俺の方は直接呼び出されたんだぞ? こっちも手を下さないと、さすがに嘗められちまう』
理解はできるが、それで言うなら睦月も同様だ。
役所に届けていた方の住所とはいえ、実際に襲撃された以上、睦月も何かしらの対処をしなければ、またちょっかいをかけてくる馬鹿が出かねない。
『ちなみに今なら……諸々の費用
そう考えて断ろうとした睦月だったが、その前に提示された条件に、ぐうの音も出なくなってしまう。
『どうせ届け出てた住所に、アホみたいな
「…………」
それを言われてしまうと、睦月には反論する余地がなかった。
ただでさえ仕事も少なく、収入単価の高さで糊口を凌いでいる状態なのだ。抑えられる出費は、少ないに越したことはない。それが全額となれば、なおさらだ。
『心配なら弥生も近くに来ているから見張らせればいいし、他に空いてる奴を寄越したっていい。どうする?』
「…………」
ここで意地を張るのは簡単だが、勇太からの要求ははっきり言って、喉から手が出る程欲しいものだ。
「っ、分かったよ。たく……」
空いた手で頭を掻き毟った後、睦月は仕方なく、実利を取ることにした。
決して、気配を消して聞き耳を立てていた姫香が
「その代わり……しっかり片付けろよ。取り零しがあったら、ただじゃおかないからな」
『分かってるよ。こっちだって、遊びで提案しているわけじゃないんだからな』
役所に届け出た住所なんて
決して、気配を消して聞き耳を立てていた姫香が
「……ああ、あと一つ」
『何だ?』
姫香が離れた後、これだけは確認しておかなければならないと、睦月は話を纏める前に問い掛けた。
「襲撃かました馬鹿共の黒幕って、結局誰だったんだ?」
『ああ……』
睦月からの問いに、勇太は一呼吸置いてから返した。
『……
「かも、な……」
役所に届け出た住所を調べて襲撃した時点で、自分から『殺してください』と言ってるようなものだ。発信機ないしはGPSを仕込んだスマホを郵便で送り付けて、転送サービスを悪用して住居を探ってくるならまだしも、そこまで思い至らない考えなしの馬鹿を敵に回した覚えは、今の睦月にはなかった。
「じゃあ……後で
『分かった』
お互いにそれだけ言い合った後に、睦月は通話を切った。
「…………」
スマホを懐に戻し、再び由希奈の近くで
「相変わらず…………
……そう、小さく呟きながら。
「さて、と……」
いくら秀樹の暴走とはいえ、こちらで隠蔽すればそれで手打ち、最悪勇太が襲われる程度で済む。少なくとも、峰岸達の矛先が睦月に向くことはないだろう。
そう考えながらスマホを仕舞う勇太に、理沙は呆れながら話し掛けた。
「
「そう言うなって。どうせ
むしろ、それが本題だと
「…………こんな馬鹿の手で『
一度姫香を本気で殺そうとし、睦月に敢え無く敗北した理沙は勇太にそう言われ、唇を盛大に歪め出す。
その気持ちに同意するように頷くと、勇太は秀樹から足を降ろし、近くに落ちていた
「おい! 何を、っ!?」
勇太の思惑を瞬時に理解したのか、今度は理沙が秀樹を踏みつけて押さえた。それに視線で応えた後も、勇太は弾切れの
これで不死の化け物とかでも混じっていない限り、この貸し倉庫内に生存しているのは勇太達三人だけとなる。
(質は微妙だが、造りは意外としっかりしている。どっかの国が作った
そんな詮無いことを考えつつ、勇太は最後に一発だけ残した
「…………選べ」
勇太は淡々と、秀樹へと詰め寄っていく。
「それを使って自殺するか、銃口を俺達に向けようとして殺されるか、今すぐ選べ。お前にはもう……それ以外の選択肢はない」
「そんなわ、っ!?」
前面に勇太の
「
別に、悲観的になれと言っているわけではない。だが、周囲の足を引っ張る程楽観的に考えて生きてきた結果、この末路となったことだけは分からせようと、勇太は詰め寄り、価値観を押し付けていく。
「お前が何をどう考えて生きようが、俺
そして、内心渦巻く怒りだけは本物だと言わんばかりに、勇太はあえて威圧的に話した。
「他の
そして、勇太の指は徐々に……
「お疲れ~……って何で、勇太がここに居るの?」
「偶々ブッキングしたんだ。気にするな」
理沙がスマホで連絡し、車から呼び出した弥生が現状を見た途端、真っ先に目が行ったのは……複数の頭部が欠けた死体ではなく、貸し倉庫内で共に立っている勇太だった。
しかし勇太は気にすることなく、理沙に
「それより、婆さんと睦月に連絡頼む。俺は
「まあ、いいけど……」
純粋に不思議そうに、首を傾げてくる弥生を背に、勇太は入り口付近に移動していく。
「ところで理沙ちゃん……
「……さあな。少なくとも、
一人だけ、床の上で
そのことに内心感謝しながら、勇太は自社の
「俺だ。今すぐ『清掃班』の手配を頼む。対象は貸し倉庫一つに住居一戸、場所は……」
「あ、そうだ。後で副業報告、提出しとけよ。年末調整に必要だからな」
「……『
ちなみに勇太の会社は申告が必要だが、副業自体はOKである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます