141 慌ただしくも変わらない日常(その4)
「……ん?」
動作確認も兼ねて、再整備した
そしてスマホを取り出し、画面に表示された通知を見て……盛大に溜息を吐いた。
「…………はぁ~」
「どうかしたの?」
撃ち切った自前の
「どっかの馬鹿が、勝手に
要するに、敵意ある第三者が事前に仕掛けていた罠に引っ掛かったのだ。けれども、睦月が気にしているのは何者かの襲撃ではなく……むしろ、自身の懐事情の方だった。
「私、調べようか?」
「相手が分からなかったら、もしかしたら頼むかもな」
通知を切った睦月は射撃練習していた場所から少し距離を開けると、画面のロックを解除したスマホを操作し、登録した連絡先の一つに電話を掛けた。
『……何だい?』
電話した相手、『情報屋』の和音に対して、睦月は手短に用件を伝える。
「婆さんか?
『そりゃ、
和音には最低限しか言わないものの、相手は慣れた調子ですぐに対応しようと、店内にいる智春へと声を飛ばしているのがスマホ越しに聞こえてきた。
次いで、和音は睦月に事情を聞く為に、話を促してくる。
『……続けな』
「
『ちょっと待ちな……ああ。この間の胴元に雇われてた、
「誰か、金の有る奴に雇われたか……
『後始末はいいけどね……急ぎで人を寄越すとなると、さらに料金が増すよ?』
「保険の範疇超えたら、ちゃんと払うっての……請求内容が真っ当ならな」
その後も二、三話してから、睦月は和音との電話を切ると、スマホを持ったままの手を腰に当て、再度溜息を吐いた。
「どこの馬鹿だよ。まったく……」
どうせ和音から
――Prrr……Prrr…………Pi
「繋がらない……おい、どういうことだ!?」
「ああ、手遅れか……」
そう声を荒げてくる秀樹だが、勇太は手で顔を覆うと、そのまま天井を見上げた。
この後の展開に
「お前……あいつ等の住所、どうやって調べた?」
「あん!? そんなもん、公務員になった大学の同期に調べさせたに決まって、」
「…………
よりにもよって、もっとも
「学歴云々以前に……相手が自分と同じことを考えてる可能性に、少しでも気付けなかったのか? そうすりゃ向こうも
よく、『相手の気持ちを考えろ』と言う人間は居るが、読心術の類でもなければ、そんなことは不可能だ。だが、『相手の立場になって考えろ』となれば、話は別だ。
要は、自分が相手と同じ状況に陥っていると仮定して考えれば、どのような手段を取られるかを推測することは、決して難しい話ではないのだ。
「安易に個人情報登録すれば、それを誰かに調べられて襲撃されるなんて当たり前だろうが。少なくとも、俺達の地元じゃ義務教育レベルの常識だぞ?」
市役所に住所を届ける義務があろうとも、必ずそこへ住まなければならないわけではない。肝心なのは、そこに居住していないことで、公的機関との諍いに繋げなければいいのだ。現に、勇太が今住んでいるタワーマンションの部屋以外にも、公民問わずに個人情報を登録する為
それだけ、裏社会では
「しかも、よりにもよって『
大方、秀樹の言っていた連中は、睦月が
ある程度、腕の立つ『
たとえ考えの足りない雑魚しか来ない
それが分かってるからこそ、勇太は内心
「おまけに、
「……
少しだけ落ち着いたのか、いまさら疑問符を浮かべてくる秀樹に、勇太はこの貸し倉庫の出入口に一度視線を向けてから、忌々し気に答えた。
「『
このままここに残れば、絶対に巻き込まれる。相手が『
けれども、もし……『
だから勇太は、
「商談は完全に破談だよな? だったら……死にたくないから、もう帰っていいか?」
「随分と、臆病な話だな……」
「お前が
『走り屋』時代ですら、睦月の仕掛けた
……が、それよりも早く、周囲を取り囲んでいた
「いや、
「……その前に、俺が殺してやるよ」
秀樹の表情に、若干の焦りが見えていた。どうやら勇太が急いで立ち去ろうとしている為に、ようやく反撃される可能性があることに思い至ったらしい。それでも余裕を保てているのは、周囲を取り囲む
ただ……所詮はそれ
「あんまり、動きたくはなかったんだけどな……」
これ以上時間を割くわけにはいかないと、勇太は仕方なく覚悟を決めた。
懐からサングラスを取り出し、軽く手を振って
「…………『全部踏み消してやるよ』」
その言葉を合図に、銃声が鳴り響いた。
「な、な……」
もし、これが映画ならどれだけ良かったか。
そう思う秀樹だったが、これは明らかに現実である。
――ドゴッ!
「ぁ、ぁ……」
その証拠に、手勢の一人が這う這うの体で、足元に転がされてきたのだから。
「……ああ、疲れる。普段使わないと、本当にキツイなこれ」
眼前の『掃除屋』は、
(に、しても……
勇太は
そもそも、相手が未熟過ぎるのが悪い。
集団で対象を囲うようにして銃口を向ける基本は、射線上に仲間が居ないことが前提条件である。しかし、相手はただ
「お、お前……
「使い方が下手過ぎるんだよ。こんな至近距離で撃とうとするとかアホだろ」
相手が複数居るならまだしも、狭い室内でたった一人の人間に、しかも射程距離を詰めてしまえば、
つい先程までの状況で言うのなら、勇太を取り囲む際は少し距離を開け、射線を
威力や貫通性、はたまた
特に……裏社会ではなおさら、気を付けなければ死に直結してしまう。
「というか……お前、本当に自分が有能だと思ってるのか?」
「な、何を言って……」
急がなければ、睦月が寄越してくるであろう刺客が乗り込んでくる。かといって下手に全滅させたり、逆に放置して逃げようものなら……確実に勇太も追い回されてしまう。
そうなる前に、
この機を逃すわけにはいかないと、勇太は未だに動けそうな秀樹の仲間の顎を蹴りつけ、脳震盪により起き上がれなくさせて回りながら
「うちの秘書からの伝言だ。『
要するに……今回の商談について秘書が調べていた時点で、大まかな概要はすでに把握され、勇太の耳に入っていたのだ。裏社会に流れていた噂話や、そこで手に入れたであろう武器の系統に至るまで。
別動隊が睦月に手を出そうとしていたことまでは、さすがに調べ切れていなかったが……秘書が秀樹に
(さすがに
ここで秀樹達が秘書の言葉に一切耳を貸さず、自分達の手で有効な手段を模索していれば、勇太も危なかったかもしれない。けれども結果は、相手の
それもこれも……勇太にはもったいなさ過ぎる有能さを持つ、あの秘書のおかげだった。
「ちゃんと給料払ってて良かった……あ、ちなみにお前が払おうとしていた賄賂の金額、あの秘書の今期の
「ぁ、……」
まともな返答が返ってこない。どうやらあまりの状況の変化に、脳が思考を停止してしまったのだろう。
その機を逃さず秀樹を拘束しようとした勇太だったが……とうとう、恐れていた瞬間が訪れようとしていた。
「……チッ」
(もう、来たか……)
やはり即応性が高いと、勇太は急いで秀樹の背後に回り、容赦なく肉壁にした。これで少しでも時間を稼ぎつつ、刺客を介して睦月を説得しようと考えて待ち構える。
「オラァ! ……って、何故
やはり人生、真面目に働くのが一番である。ここに来て訪れた思わぬ僥倖に、勇太は秀樹の背後から躍り出て、サングラスを外しながら高らかに叫んだ。
「普段から真面目に働いてて良かったっ!」
等と
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