127 嫌いではないが苦手な分野(その2)

『足を使った何かをやれ。まずは……サッカーからだな』


 かつて、自分が師と仰いだ相手は、ある意味では一番合理的な課題を睦月に与えてきた。

『足を鍛える、って理屈ならまだ分かるけど……それで、何でサッカー?』

 実際の戦闘力はともかく、師弟関係になる前に殺しかけた為だろうか。睦月は相手に対して、あまり敬意を払えていない。しかし、当の本人はこちらの態度に気にすることなく、地元にある廃校したての学校の体育倉庫からボールを持ち出すと、そのまま投げ渡してきた。

『体術の基礎は、あの父親から一通り学んだんだろ? だったら次は、その応用で物を・・自在に・・・蹴り・・飛ばせる・・・・ようになれ。それだけで、周囲に転がっている物全てが武器になる』

『……で、その基本をサッカーで身に付けて来いと?』

 受け取ったボールで試しにリフティングをしてみようとしたが、放置期間が予想以上に長かった為か、完全に空気が抜けてしまっている。鈍い音を立てて地面に落としてしまったが、睦月は拾うことなく、眼前の師匠へと視線を戻した。

『覚えてくるのはいいけど……わざわざクラブに入る必要はないんじゃねえの?』

『お前の運動能力が発達する時期ゴールデンエイジは、とっくに過ぎているからだ』

 運動神経の成長期として、九から十二歳頃は『ゴールデンエイジ』と呼ばれ、動作技術の習得が容易だと言われている。しかし、睦月はすでにその時期を三年も過ぎていた。だからこそ、ものによっては人一倍努力しなければならなくなる。

 つまり、それを見越した上での課題だった。

『そうなると残るは、ベテランのコーチや同年代の選手プレイヤーから技術を学ぶ盗むしかないだろう? ……後、どんな相手ともまともに・・・・付き合え組めるコミュニケーション能力も、ついでに身に付けて来い』

『合理的なのか、非合理的なのか……っ!』

 不意に、空のペットボトルが飛んできた。足元へと投げつけられたので、反射的に蹴り返そうとした睦月だったが、どうしても狙いが明後日の方へと逸れてしまう。

標準的な能力スタンダードはもう備わっているんだ。後は色々と試してみて、特有の能力パーソナルを高めるのに必要な手段を見つけてくれば……たとえ戦闘職相手でも、十分に通用する』

 そう言い、離れた場所に転がっていくペットボトルを回収しようと歩き出す師匠から目を逸らす睦月。その後、後ろ髪を乱しながら……盛大に溜息を吐いた。


『そうは言うけど、苦手なんだよな……チームワーク・・・・・・って』




 とはいえ、学校の部活に混ざるのは明らかに不自然な上に、当時はすでに入学シーズンを過ぎていた。だからクラブチームには、適当な名前と学校名をでっち上げた偽の身分証を用いて入団し、練習に励んでいた過去がある。

 周囲に釣られてしまった態で、自然体を装って視線を移していく。声を張り上げた相手を見た睦月は、かつてのチームメイトの一人だと思い出しはしたが、努めて無表情を取り繕った。

「徹……って名前の奴、いないよな?」

 洋一が確認も兼ねて、野球に参加した全員を見てくるが……約半数・・・が女性な上に、男性陣全員(中身だけの奴含む)の名前を憶えている為か、相手の勘違いだろうと自分の中で納得したらしく、軽く頷いてから振り返った。

「そこの人! 多分勘違いだから、もう行っていいか?」

「え……」

 無関係を装う為に、睦月があえて視線を逸らしたこともあってか、相手も自分の非を認めると距離を詰めて来て、軽く頭を下げてきた。

「すみません。昔のチームメイトに似た人を見かけて、つい大声を出してしまって……」

「いや、気にすんなよ。よくあることだ……誰も気にしている奴は居ないよな?」

 洋一の問い掛けに、メンバー全員が首肯を返していく。それに満足して一度首を落とすと、改めて近寄ってきた相手に手を振った。

「というわけで、もう行かせて貰うぜ? もうすぐ試合なんだよ」

「あ、そうですか……皆さん、ご迷惑をお掛けしました。試合、頑張って下さい」

 そして洋一率いる即席チームは、一路野球場へと向かって行く。




 互いにすれ違って……そのまま別れるだけだった。

 声を張り上げたことに対して謝罪した直人は再度一礼し、立ち去る彼等とは反対の道へと進んでいく。気分転換も兼ねて、早めの昼食を摂ろうと入口近くに向かい、飲食店が立ち並ぶエリアへと足を向けた時だった。


「今のはびっくりしましたね……睦月・・さん」


 その言葉を聞き、立ち去る野球チームとは裏腹に、直人は思わず足を止めてしまった。

「…………むつ、き?」

 もう彼等の中に、直人の方を見ようとする者は居ない。

 だから直人が立ち止まり、振り返って『睦月さん』と呼ばれた人物に視線を向けたことに気付いた者は、一人も居なかった。




「にしても……未だに慣れない面子だな」

「どうした睦月? 全員お前の知り合いじゃないのか?」

「……だから逆に、見慣れないんですよ」

 一人一人であればまだしも、その全員が一堂に会しているのだ。おまけに姫香が『(あまり動きたくないから)補欠ベンチが良い』からと、普段付き合いがある者だけでなく最近顔を合わせた者まで、纏めて拉致し連れてきている。

 そのおかげで人数を揃えられたのだが……完全に混沌としたカオスな面々で、チームを組む羽目になってしまった。

「ところで洋一さん、打順は決まったんですか?」

「ああ、和音さんと相談して決めてきた。野球経験はともかく、全員運動能力ポテンシャル高いから、ちょっと迷っちまったよ……」

 支度を済ませ、軽く準備運動をし終えた睦月に、洋一は打順の書かれた紙を差し出してきた。


 ~打順及びポジション表~

 一番、荻野睦月(センター)

 二番、鵜飼理沙(サード)

 三番、脊戸拓雄(キャッチャー)

 四番、宮丸洋一(指名打者DH)

 五番、廣田佳奈(ファースト)

 六番、鳥塚弥生(ショート)

 七番、水無瀬英治(セカンド)

 八番、馬込由希奈(レフト)

 九番、暁美愼治(ライト)

    七瀬晶(ピッチャー)

    久芳姫香(補欠ベンチ)

    常坂和音(監督(代行))


(それにしても、すごい面子だよな……)

 半数が女性なのに、(筋肉量はともかく)運動が苦手な者はほとんど居ない。けれども、洋一と拓雄以外には野球経験者が皆無という、ある意味珍しい面々だった。唯一の救いは、ブランクがあるとはいえ、ソフト経験のある晶位だろう。

(まあ、『傭兵』だの『殺し屋』だのが揃ってる時点で、まともな経験者なんて期待できないか。それよりも……)

「なんとなく、そんな気はしてたけど……やっぱり知り合いだったんだな。婆さん」

「……商店街での付き合い位、あるさね」

 一覧表を洋一に返してから、控えのベンチに腰掛けている和音に対して、睦月はその傍に立って話し掛けた。

「というか……何で監督代行やってんだよ?」

「このチームの監督は県警の警視で、出世する前からの付き合いでね……さすがに断るわけにはいかなかったんだよ」

「ああ……警察側の利用者及び情報源お得意様というわけね」

 元々、警察関係者中心のメンバーだったことを考えれば、不思議ではない。

 体力のある警察官と試合や練習の予定組みがしやすい商店街の面々で、活動しやすい社会人サークルを立ち上げた、といったところだろう。

「それに……ちょっと、気になることもあるからね」

「気になること?」

「よし、集まってくれ!」

 深く聞こうとする睦月だったが、その前に集合の合図が飛んできてしまう。

 仕方なく、ユニフォーム兼熱中症対策の帽子をかぶりながら、他のメンバーと共に洋一の下へと集まった。

「試合開始前の挨拶だ。球審の前に整列するぞ」

『は~い』

 約二名、元気に挨拶する弥生(和音に強制参加させられた)と佳奈(姫香がどこかから拉致って来た)に遅れて、残りのメンバーも整列していく。

「話には聞いてましたけど……あなた以外全員、入れ替わってますね。他の方も、事故に遭われたんですか?」

「いえ、事故に遭ったのは商店街側・・・・の面子だけです。残りは仕事で急な案件・・・・に巻き込まれたみたいで……」

 相手チームとは顔馴染みなのか、監督代行の和音の代わりに洋一が、挨拶前の雑談に対応していた。

「それは大変でしたね……ですが、試合は全力で楽しみましょう!」

「もちろん!」

 二人ががっちりと握手を交わした後、改めて整列した両チームは球審の合図に従い、一礼した。

「それでは試合を開始します。両チーム、礼」

『よろしくお願いします!』

 その言葉を合図に、チームはそれぞれのベンチへと戻っていく。

「…………ん?」

「どうかしたのか?」

 少し大きめの野球場の為、大会運営側のスポンサーの名前や企業名が掲載されている。その一覧をちらと見た佳奈が注目し過ぎて首を傾げているのを、理沙(休日だったが、姫香により強制参加させられた)が目敏く見つけて、声を掛けていた。

「ううん……何でもないよ」

 しかし、佳奈は理沙にそう返すと、そのまま洋一の組んだ円陣へと加わっていく。

「よし……じゃあ改めて、今日は参加してくれてありがとう。すごく感謝してる」

 普段とは違う面子な上に、野球経験者はほとんど居ない。勝てれば上々だが、試合そのものを放棄するよりも十分な・・・成果・・は、すでに得ている。

「今日は怪我しない程度に全力で、精一杯楽しんでいこう!」

『応っ!』

 中には慣れてなかったり声を出せなかったりと、発声していない者も居るが……それでも、気合は十分に伝わってきた。監督の和音とベンチの姫香(あまり動きたくない為か、晶、理沙、佳奈を拉致してきた)を始め、打順の一、二番である睦月と理沙を残し、全員がベンチに腰掛けていく。

「ぶっちゃけ、お前が近くに居るの、未だに慣れないんだけど……」

「一度とはいえ勝ったくせに、本当にしつこいな……さっさと行け。一番目だろ、貴様」

 バット片手に次打者席ネクストバッターズサークル内でしっ、しっと手を振る理沙を背に、睦月も帽子からヘルメットにかぶり直しながら、打席へと向かって歩き出した。




「しかし、濃い面子が揃ったな……」

 ベンチに腰掛け、頬杖を突く英治(バイト休みだからと日当七千七百八十四円チンピラ一人分で、和音に呼び出された)が思わず呟くのも、無理はない。

 何せ職業は違えども、半数以上が『裏社会の住人』で占められているのだ。『野球経験がない』というハンデがなければ、運動能力ポテンシャルの差という不公平が生まれていたことだろう。

「ボクもさぁ、結構驚いたんだよ。婆ちゃんに無理矢理参加させられたら、この面々だったんだしさ~」

 打順が三番目の為に打席近くに座る拓雄や、経験不足を指示で補おうと炎天下の中、ベンチの前に立つ洋一が傍に居ないからと、弥生はグローブ片手にあけっぴろげに話してきた。

「本当不思議だよね~……仕事じゃ殺し合ってるくせに、仕事の外プライベートでは同じチームで野球やってるんだしさ」

「まあ……野球ならまだ、足の引っ張り合いとかしにくい分、いいんじゃないか?」

 英治個人の感想だが、野球はチームワークも重要ではあるものの、個人の役割を果たすことが一番だと考えている。

 自身の守備位置ポジションでの役割をこなすことがチームへの貢献に直結しやすい為、手を抜くことはあっても誰かの足を引っ張ることは難しい。後は当人達のやる気次第だが……早々にベンチ入りした姫香以外は、思いの外満ち満ちている。

 勝敗はともかく、存外いい試合になるかもしれない。

「ところで……設計図の方はどうだった?」

「……それこそ、ここで話すことじゃねえだろ? 気になるなら、また今度な」

 弥生が設計した銃器のデータを英治達に渡した後、どうなったのかまでは把握していないからと聞いてきたのだろうが、明らかにT場所P場合Oにそぐわない。だからカリーナ(作業に没頭している為、英治の判断で今回欠席)の進捗状況については、この場では伏せておくことにした。

「にしても、まさか『最期の世代昔馴染み』の四分の一がこうやって集まるとか……あれ?」

「どうかしたの?」

「いや……」

 英治の呟きに、弥生が問い掛けてくる。

 その弥生の眼前で手を伸ばし、次打者席ネクストバッターズサークル内に居る理沙を指差しながら、英治は逆に問い掛けた。

義妹いもうとが居るのに……勇太あにきの方は来ないのか? 睦月への忖度?」

「ううん、それ以前」

 グローブを膝上に置き、かぶっていた帽子を指で弄びながら、弥生は英治に答えた。


「……単純に『忙しい』んだって」


 その直後、偶然にも大会運営側に雇われた外部の球審から、試合開始の合図が発せられた。


「――プレイボール!」




 そして同時刻、勇太は自身のオフィスにある自席にて、書類の山と格闘していた。

「長期休暇の為に、休日出勤しなければならないなんて……」

 量的にすぐ終わると思い、理沙義妹をはじめとした部下に振ることなく自分で抱えたのだが……完全に見誤ってしまい、予想以上に手間取っていた。その結果が、現状の休日出勤である。

「理沙の奴は睦月達と野球やってるってのに……」

 これが社畜なのかと考えながら、勇太はまた一枚、書類の処理に取り掛かっていくのだった。

「一日で終わると思ってたんだけどな……」

 虚空に虚しく、独り言を載せながら……




 ちなみに、残り二名は以下の状況で連れ出されました。

・晶(滞納している家賃を盾に取られ、姫香に連れ出された)

・愼治(丁度定例飲み会の日取りを決めようと連絡した際に、睦月から誘われた)

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