098 立案者(プランナー)
「あ~……くそっ、失敗かよっ!」
睦月達の住む地方都市の端側、角道にあるビル型インターネットカフェの個室ブースの一つで、長髪の男が叫んだ。
備え付けのヘッドセットを乱雑に投げ置いた為、机に乗っていた空の紙コップが机の上を転がっていく。しかし男は気にせず、次は自らの足を(土足で)置いた。
「上手くいくと思ったんだけどな~……」
背もたれに体重を掛け、腕枕に載せた頭で天井を見上げる。値は張るが他のブースとは違って機密性がある分、適当に独り言を叫んでも、内容までは誰かに聞かれることはない。
もっとも……聞く者が居ればの話だが。
「……まっ、いっか」
しかし男は気にすることなく背を起こすと、目の前のゲーミングPCの電源を切らないまま立ち上がり、荷物を纏め始めた。
「
そもそも、自ら『
「これ以上は俺にとばっちり来そうだし……逃げよっと」
しかしその前に、と最後に机に置いていた書類を捲り、あるリストに視線を落とした。
「やっぱり、順番通りに狙っていくのはきついなぁ~」
せめて逃げる前に、次の
「『
指は、『
「……あん? 『鍵師』?」
その指が、八番目の人物の上で止まった。
リストは何度か目を通しているが、大抵は面倒な
けれども……その中で唯一、『
「博士課程の大学院生……って、ただの
実力を量る目的もあって、一先ずは上から順に片付けて行こうかとも考えていた。が、現状を見る限り、一番
「『鍵師』とか言って、結局は鍵開け屋だろう? 何で学生やってんのかは知らねえけど……一番楽そうだし、次はこいつにすっかな」
男は楽し気に唇を歪め、全てを見下すような目を書類に落としていたが、
――ブゥン!
「…………ん?」
不意に電子音が聞こえ、放置していたモニターへと視線を移した。
インターネットカフェに設置されているPCは不特定多数が使用することを前提としている為、電源を切るか時間が経つ等の要因で、環境の
さらに今は、
……その、はずだった。
「何だ……?」
放っておけば勝手に消えるとはいえ、
『
「は?」
外部からのハッキングだけではない。男が驚いたのは、その
『……
――ドドドドドド…………!
「……はぁっ!?」
突然の爆発音に驚いた男はプリントアウトしただけの書類を投げ捨てると、アタッシュケースの取っ手を掴んで個室ブースから飛び出した。滞在していたのは一階だったので、脱出するにはそのまま出入り口に向かうか、
けれども、その思惑は、現在進行形で行われている
(店員も居ない……くそ、
おそらくは爆薬の設置と同時に、
(いったいいつ……やばっ!?)
男は持ち手を操作し、留め金を外してアタッシュケースを開けた。
それは『
(外は無理か……なら上だっ!)
この日本で爆破解体を、しかも内部で受けることになるとは思っていなかった。だが、男はむしろ嗤い、楽し気に落ちてくる階層を駆け上って行く。
(ははっ! おいおいまさか……)
最初こそ、突然の爆発音に驚きはしたが、状況に慣れるにつれ、むしろ愉悦が心中を満たしていく。
モニターに表示されたテキストの送り主……内容からして、
「まさかそっちから来てくれるとはなぁ……っ!」
とうとう屋上まで駆け上がり、すでに日の沈んだ夜闇に身を晒す。男は長髪を振り回し、周囲を見渡して……隣のビルの屋上に、目的の人物が佇んでいるのを見つけた。
「…………お前か? 『
十代後半から三十代前半。化粧品等のスキンケアが発達した現代では、外見だけで年齢を推測することは難しい。だがもし、予想通りの人物であるならば……彼女は、二十代半ばのはずだ。
長髪を首元で纏め、丸眼鏡を掛けた女は旧式の.45(11.5mm)口径
「だったらなんだよ……クソ野郎」
銃口が持ち上がり、男に向けられる。
――ドォン!
即座に引き金が引かれ、放たれる凶弾を男は弾いた。
「面白いだろ? 『
しかし、次の銃弾が飛んでくる方が早かった。仕方なく弾いた男は、解体で崩れたビルの上を駆け、発砲してくる女――『鍵師』の下へと向かって行く。けれども、彼女はただ座することはしなかった。ビルの
「話は嫌いかっ!?」
「ナンパ野郎との話は特になっ!」
倒壊したビルの上に降り立った『鍵師』からの銃弾を、手持ちの武器を広げたまま盾とし、弾きつつ距離を詰めていく。
.45口径は汎用性の高い9mm口径よりも弾速や貫通性は劣る。だが大口径ゆえの、銃弾の重さによる
しかし、所詮は拳銃弾。貫通性ではなくただの質量攻撃であれば、軌道を逸らすだけで十分に受け流せた。
(多少とはいえ、
「……やるね、っ!」
距離を詰め終えた男は盾を一対の鎌へと変形させ、左右から挟み込むようにして『鍵師』へと襲い掛かる。けれども、紙一重で後方へと下がられてしまい、空を切ってしまった。
――ガチッ!
けれども、彼女もまた追撃ができなかったようだ。
.45口径の銃弾自体が一回り大きい分、装弾数は9mm口径よりどうしても少なくなってしまう。彼女が使う旧式の
「チッ!」
舌打ちと共に、『鍵師』が
「させねぇよっ!」
持ち手を鎌の刃近くに握り直し、双剣へと変形させて襲い掛かった。さすがに間に合わないと悟ったのだろう、『鍵師』の女は
「……何だそれ?」
思わず言葉が漏れ出る程に、意外な代物だった。
『鍵師』が取り出したのは、何故かレーザーポインターだった。拳銃等に取り付ける照準用の部品であればまだ分かるが、彼女が握っているのは大学の講義等、大画面で指示棒代わりに使うような市販品。
そのレーザーポインターを、『鍵師』の女はある一点に向けて照射してきた。
「ノーコンかよっ!」
最初こそ、レーザーポインターの照射光をこちらの眼に向けて、失明させる算段かと思った。
「そういや昔、
どうせ無駄な抵抗だと高を括り、突っ込もうとしたのだが……
「……『喧嘩売ってきた相手に戦い方を合わせてやる馬鹿が、どこに居るんだよ?』」
――ドゥッ!
「ガッ!?」
……どこかから放たれてきた
(さて、どうするかな……)
レーザーポインターを口に咥えて、一度手放す。再び旧式の.45口径
さすがに
だが……それだけで勝てるとは、朔夜も思っていない。
「ぷっ! ……で、まだやるか?」
右手に.45口径、左手に口から掴み取った
「……『
「ああ。
レーザーの照射を合図に、数秒間光を受けた地点を
朔夜自身が降り立ったことで少なからず囮になった為か、『
そして結果……一部とはいえ、
「二対一か、きついな……」
「いや……
そこでようやく、男は連結武器を全方位に展開し、自身の防御に意識を注いだ。直後、ペストマスクを纏った小柄な『
――ドドドドドド……ッ!
だが男は、武器を球体にして強引に、爆発の中を突っ切って行った。
「悪いけど逃げるよっ!」
「追えっ!」
朔夜が叫んだのは、嘲笑しながらも敗走する男にではない。爆弾をばら撒いた後に降り立って来た『
「じゃあねぇ~……」
『待てっ!』
両手を持ち上げ、.45口径の銃弾を放ちながら、英治へ再び狙撃の合図を送る。さらには弥生の爆発物が銃弾の上から覆い被さり、動きが止まったところを包み殺そうとしていた。
ただ……相手の方が早かった。
爆発の後には死体どころか、
レーザーポインターを握っていた左手をそのまま耳に当てた朔夜は、取り付けていたイヤホンマイク越しに英治へと叫んだ。
「見失った、追えるかっ!?」
『無理だ! 多分地下に潜った!』
この近辺は道路整備の都合で、アスファルトが剥がされている最中の場所が多い。中には下水道等、人が通れる地下坑道に繋がっているものもある。今から急いで追い駆けたとしても、逃げられる可能性の方が高かった。
「……逃げられたか」
そう結論付け、
「
「分からねえ……」
全弾撃ち尽くした
「……
弥生に爆破解体させたのは相手を逃がさない為だが、同時に周囲から人を呼び、
己が強欲を律するだけの自制心があるのか……それとも単に、世間を嘗め腐る程に
「とにかく、一旦和音婆さんの店に帰るぞ。他の連中にも……話を聞かないとな」
「そうだね。それにしても……」
二人並んで歩く中、ペストマスクをお面のようにして側頭部付近に被せた弥生が、朔夜の方を見上げて聞いてきた。
「よくすぐに、英治を見つけられたね。
「ああ……あいつ、私の通ってる大学近くで、暢気に引越しのバイトをしてやがった」
社員に怒られる新人バイトの構図なんてよくある話だが、叱られているのが昔馴染みだとはさすがに予想できなかった。
「まさか気分転換に外へ出たところで……あ、忘れてた」
その光景を見て驚いていた丁度その時に、弥生から電話が掛かってきたので……
「ってぇ~……あそこまでやるか、普通?」
朔夜達『最期の世代』の三人から逃げ切ったまでは良いが、連結武器の故障や
(中々面白かったけど……やっぱり勝算に欠ける、か)
自省と自戒、そして今後の方針を考えながら、男は歩き続けた。
(やっぱり初めに潰すなら……もう
肝心の、『最期の世代』に手を出した後悔を抱かないまま……
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