087 案件No.006_旅行バスの運転代行(その1)
ここ最近慣れてきた通学時間よりも早く目を覚ました睦月は、起きてすぐに熱いシャワーで身体を叩き起こしていた。
「ふぁ~……」
浴室から出た睦月は姫香からマグカップを受け取り、眠気を払おうと淹れてくれたコーヒーを流し込んでいく。一応は早めに寝ていたものの、そこは年若い男女が混在する寝室の中、大人しくできずに盛ってしまった結果が、この有様である。
「う~ん……ヤリ過ぎた」
今度から朝が早くなる時は近場にホテルを取るか、姫香を追い出そうと今後の改善点を思い浮かべる睦月は、少しでもまともに頭を動かそうと早朝番組のニュースに目を向けた。
「天気予報も交通情報も、大きな問題はなさそうだな……」
途中で交代があるとはいえ、大勢の旅行客を乗せたバスを運転するのだ。事故に繋がりやすい要素は少ない方がいい。
満腹で眠気に襲われないようにと『
先にシャワーを浴びていたので、着込む身体に目立った汚れはない。
ただ……姫香が未だに裸なので、
「いいかげん、お前も服着ろよ……」
「…………、っ」
一瞬、鼻で嗤われた気がする睦月。正直仕事がなければ押し倒したくなる顔を浮かべてくる姫香を無視し、手早く支度を済ませることにした。
「変な挑発は止めろっての。まったく……」
いつも通り『
「じゃあ、行ってくる」
「【行ってらっしゃい】」
姫香に手を振られながら、睦月は家を出た。
今日は表の仕事ということもあり、事故にさえ気を付ければ無事に終わる。
ここ最近は『
「…………ふぁああ」
睦月が玄関から出て数分後。
普段であれば保険として待機しているが、今回は表の仕事なので、特段警戒する必要はない。そう考えて、もう一眠りすることにした。
裸身を惜しげもなく晒していたのは二度寝しようとしていたからだが、挑発したのは睦月のやる気を出させる為だ。あの
「んん、……」
とはいえ、何が起きても対応できるようにしなければならないのが仕事だ。短時間の睡眠で寝不足という天敵を追い出そうと、姫香は再び目を閉じた。
ただ、問題なのは……
――カラン、カラン……
「おはよう」
「あれ? どうかしたの?」
夜明けと共に、店仕舞いとなったバー『Alter』の後片付けをしていた抽冬の前に、内縁の妻的な立ち位置にいる女性、
そして今日もまた、パートのはずだった彼女は何故か、抽冬の前に姿を現してきた。
「ちょっと欠員出ちゃったって連絡が来て……このまま早番行ってくるわ。朝食は作っておいたから、ちゃんと食べてね」
「別に、電話でいいのに……」
「いいじゃない。
二人はこの店のあるビルの二階に同居している。だから階段を降りればすぐに、店の入口の前に着く。せっかくだから顔を見に来たと言わんばかりの顔だが、残念ながら抽冬は気付かないまま、酔っ払ってカウンターに突っ伏している伯耆の肩を揺らして起こそうとしていた。
「お客さん、もう
テレビのニュースが流れる中、店内を見渡していた桧山はふと、
「ねえ……ところで今日、秋濱さんは?」
「なんか今日は、『単発バイトに行く』って言ってたよ」
ほぼ毎日、居候のごとく居座る常連客が居ないだけでも、風景というものは簡単に変わってしまう。そんな違和感を抱いているのか、桧山はどうもしっくりこない表情を残してから、抽冬達に背を向けて階段を上り始めた時だった。
『本日の天気は――……緊急速報をお伝えします!』
テレビで流していたニュース番組の天気予報のコーナーが、突如緊急速報に変わったのは。
「……え? 臨時ニュース?」
「何だろ……?」
足を止め、振り返る桧山と共に、抽冬も手を揺らすのを止めてモニターに注目した。
『先程、――県―――市にて爆発
「そう言えばさっき、何か大きな音がしていたような……」
先程まで外に居た桧山が、そう答えてきた。何せニュースが伝えてくる場所は、ここからさほど離れていないのだ。少し歩くとはいえ、ここまで聞こえてくる時点でその規模がかなりのものだと予想できる。
「てっきりよくある迷惑運転で、朝から誰かが爆音を鳴らしていたのかと思ってたんだけど……」
『早朝の為、被害者は居ませんでしたが、詳細は不明なままです……今、事故の起きたビルの所有者でもある清掃会社の社長も現場に到着しました。これから警察と共に状況を――』
「……
抽冬や桧山ではない、三人目の声がした。
いつの間にか起き上がっていた伯耆は欠伸一つせず首を鳴らし、テレビ画面に注視していた。
『お飾り?』
責任を取る為の
「あのビル……『
偶然か、それとも誰かの意思か。
はっきりしていることはただ一つ……『最期の世代』をきっかけにして、また社会の裏側が揺れるということだ。
「『
「もう
抽冬の予想通りともいうべきか、丁度話していたタイミングで、店の電話が鳴り響いた。
「帰って寝てぇ……」
店を閉めた後、運転手役として駆り出された抽冬は今、爆発事故の遭ったビルから少し離れた公園に来ていた。今は車を近くの
今はそうぼやきつつ、抽冬の前まで眠そうに歩いてきているが。
「……どうだった?」
「完全に黒……
伯耆は抽冬を経由して『
伯耆が雇われたのも、状況が分からない以上、打てる手は打っておいて損はないと考えてのことだろう。実際、創が勇太とすぐ話せる保証は、何もないのだから。
「まだ
「となると……また、闇バイトとかかな?」
二人を現場近くに降ろし、桧山をパート先のスーパーまで送った後、抽冬は煙草片手にずっと、スマホの画面を見下ろしていた。SNSや求人サイトをざっと見てはいたものの、すでに実行に移したからか、今回の件に関する募集要項らしきものは見当たらなかった。
「にしたって、ピンポイント過ぎんだろ……そこらのチンピラが、偶々『
「……どこかから、情報が漏れた?」
抽冬は一歩、伯耆から距離を置くが、相手は腕を組んでから『違う』とばかりに首を振ってきた。
「あそこだって、所詮は
「なら良いけど……」
丁度吸い終わったので、新しい煙草を咥えた抽冬は、一本を伯耆にも差し出した。
黙って受け取った伯耆は煙草を咥え、抽冬に火を点けて貰ってから、紫煙と共に眠気を吐き出している。
「偶然……で、片付かないよな?」
「
事実の隠匿は、『掃除屋』の得意分野だ。
そして爆発の遭ったビルは、その『掃除屋』の所有物だ。本来であれば繋がりを断ち、切り捨てた上で強盗に爆破されたと発表しても問題ないはずだ。だが、それを隠すということは……
「……偶々、まずい状況の時に入られた?」
「そんな都合の良いことあるか?」
疑問は尽きない。
そんな時だった。黒縁眼鏡以外の特徴がない、平凡な大学生らしき格好の青年が近付いてきたのは。
「……ちょっと面倒なことになった」
その声だけで、抽冬達は煙草の火を消し、灰皿に入れ捨てた。
早朝な上、爆発
「また
「……の、割には不景気そうだな、大将」
隠蔽工作の程度によっては、『偽造屋』の仕事にも繋がる。つまり利益を得られると普通は考えるのだろうが、今回は違うらしい。伯耆からの問い掛けに創は首を振りつつ、適当な柵に腰を降ろしていく。
「
腰掛けた後、どう話したものかと少し悩んでから、創は先程勇太から聞いてきた内容を説明し始めた。
「雇われていたのは全員、闇バイトに手を染めたばかりのチンピラだったらしい。目先の金
「たしかに……素人が用意したにしては、爆発の痕跡が結構でかかったな」
膝を折ってしゃがみ込んだ伯耆は、創を見上げながらそう呟いた。
「
「それにしては……少し、杜撰な気もするけど」
そう抽冬がぼやくのも、無理はない。
適当な
闇バイトにあっさり釣られるような
「どうも、金目当てじゃないみたいでな……」
変装用の
「表向きは営業成績があまり振るわない清掃会社、裏では『
「と、いうことは……」
「まさか……宣戦布告?」
つい先日、勇太は『
「……いや、それもおかしいか」
もし『
だが実際に狙われたのは、勇太の会社だ。その時点で、話が噛み合わなくなっている。
「要するに……完全な
適当なところで二人の推理大会を打ち切った創が、答えを告げてきた。
「
実際、本人ではなく
「となると……問題は、次の狙いか」
「この近くで他に住んでるのは、『
「……いや、あいつ等は多分ない」
創はそう言い切ってきた。
「今日はたしか二人共、朝から仕事のはずだ。保険の偽造免許を渡した時にそれぞれから聞いた。爆破現場からそのまま
「それならたしかに、どちらも逃走手段として雇う
「仕事……」
創と伯耆の話を聞き、ふと抽冬は店で『偽造屋』の仕事を仲介していた際、漏れ聞こえていた会話を思い出し……まさか、と呟いた。
「オーナー、たしか『
「ん? たしか旅行バスの運転代、行……」
それを聞き、創はようやく、抽冬が言いたいことを理解した。
「……黒幕の狙いは、
「しかもバスなら会社次第だが、身分証使わずに捨てアカのメールと代引きだけで乗れるし、下手に電車使うよりも監視カメラに映る可能性を減らせる……」
「ましてや、目的は分からないけど、ぶつけたい相手が運転するバスなら必然的に……」
創は慌ててスマホを掴むと、睦月が引き受けたであろう、旅行会社の運行情報を調べ出した。
「駄目だ。後続は止まっているが、爆破前の
「でも、近くで爆発事故があったなら、一旦どこかに停めてるとかは……」
「……それもなさそうだ」
一度スマホの画面から目を離し、抽冬の疑問に創はそう返してきた。
「少なくとも、運行中止の情報はない。これは下手したら……爆破自体が陽動で、襲撃犯とは別の奴を乗せてる可能性もあるな」
どこかに逃走兼通信妨害の手段を用意し、勇太の
「これでビンゴなら……」
創はスマホの画面を操作し、一つの番号に電話を掛け出した。
それは普段、
『……何~? まだ朝、早いよ…………』
スマホ越しに聞こえる気怠けな声だけでは、まだ直接的な確信しか得られていない。
だが爆破に『
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