079 案件No.005_レースドライバー(Versus_Shakah)(その2)
「たしかに、『女の心当たりがあったら頼む』って声を掛けたのは俺だ。だからってな……」
丁度睦月達が出発しようとしていた頃、勇太は集合した女性陣を見て、思わず頭を抱えた。
いや、来る人間自体は、事前に連絡が来たので知っている。けれども、見事に
「はい全員集合~、本日の
『今日はありがとうございま~す♪』
勇太の眼前に揃っているのは、『走り屋』時代からの付き合いとなるキャバ嬢の夏鈴と、彼女が連れて来た同僚達だった。
「何で
夏鈴が掛けた小学生みたいな号令の下、彼女達から一斉に言われたお礼に対して、勇太の慟哭が山中に響き渡る。
しかし……この場にはキャバ嬢
「……何よ? いまさら
「『金が掛かる』って意味でなっ!」
一応、服装等の見た目に気を遣っているのはまだ許せた。だが勇太の基準からみて、明らかに中の上下……ホストで言うところの役職無しに多そうな、よくある顔立ちしか見られない。
「これ絶対
「いいじゃない。ちゃんと経費で落とせるように、領収書一纏めにして切ってあげてるんだから」
夏鈴の指に挟まれた
「下手したら
仕事でキャバクラを利用した場合、実は経費として精算することが可能な場合もある。大雑把に言うと、取引先もしくは営業の相手と行き、仕事の話をしたのであれば、交際費として認められることもあるのだ。
しかし……それはあくまで、
だから税金対策として、確実を期すのであれば……勇太は彼女達に対して、身銭を切らなければならなかった。
「くっそ、睦月に『但し、金の掛かる女は除く』って条件付けとけば……」
「いまさらじゃない。そもそも睦月の場合、普通に無視するんじゃない?」
「いや……」
抱えていた頭から手を放し、勇太は夏鈴の方を向いて言う。
「
「あ~、たしかに……睦月なら言いそうね」
そもそもの話、睦月が
「……で、その睦月は?」
「そろそろ来ると思うけど……ああ、来た来た」
睦月から『これから向かう』と連絡が来たので、勇太は全員を連れて移動することにした。
「それじゃあ行くぞ。現地合流だ」
「だからと言って……ここから歩くの?」
「一応、歩ける距離にしといただろうが」
目印代わりの古い看板があるとはいえ、結局はここも公道だ。夏鈴達キャバ嬢軍団もまた、勇太が手配したバスでここまで来て貰っている。彼女達を危険に晒す可能性を減らす為でもあるが、同時に
ないとは思うものの……無用な
「さて……ようやく対面か」
「それはいいけど……本当に歩ける距離なの?」
「ああ、それは間違いない。なにせ……」
時間にして十分にも満たない、山肌等の障害物さえなければすぐに、視界に入る場所だった。だから斜面さえ迂回すれば……
「……『走り屋』時代に、散々ここで乗り降りしてたからな」
……目的地である、山間部の奥にある溜まり場。すでにいくつもの車と持ち込まれた装飾で彩られた、テクニカルサーキットのスタート地点が見えてきた。
「…………」
その女は、自らをツァーカブと名乗っていた。
それが本当の名前でないのは、人種的な見た目と『
大事なのはどう呼べばいいか、そして……どれだけの
「……来たか」
ズボンのポケットに入れていた手を抜き、もたれていた愛車から起き上がる。
観衆の視線を意に介さず、そのまま数歩前へと進んだ。車を挟んだ背後には、勝者への賞品が……拘束された、有志のストリートレーサー達が居る。
そして騒がしくなる観衆の中、彼等が来た。
大柄で筋肉質なドレッドの男が、派手な女性陣を引き連れて来る。
やがて……ツァーカブとその男、勇太が向かい合い、二人だけで話せる空間が生まれた。
偶発的に、ではない。勇太が手振りで、周囲に合図をしたからだ。
「
「じきに来る。先に条件を確認しておきたい」
「……お前が交渉人、ということでいいのか?」
無言の首肯を受けた後、ツァーカブは今回のレースの内容を告げた。
「
「レースの邪魔もなしだ。入れば
「……いいだろう、
交渉は済み、後はレースを始めるだけだが……まだ、時間がある。
「ところで……お前、アクゼリュスとかいう奴を知っているか?」
特に無視する理由もなく、時間も余っているので、ツァーカブは
「一応は、先輩に当たる。とは言っても……私と違って、『
正直なところ、ツァーカブ自身は当時組織にいなかったので、『
「つまり……ただの
「そういうことだ。『最期の世代』の一人、『掃除屋』の鵜飼勇太」
話しているにも関わらず、観衆が徐々に騒めき出している。こちらに注目しているわけではないので、どうやら
「私はただ、仕事にもなるからレースをしにきただけだ……で、今回は楽しませてくれるんだろうな?」
「……その点は保証するよ」
人混みが割け、間をスポーツカーとトラックの計二台が、入り込んでくる。そのヘッドライトに晒されながら、勇太は告げた。
「あいつは伝説の『走り屋』で……最狂の『運び屋』だ」
レース開始まで、後少し。
チームを解散した後のことだ。皆を代表して、勇太は睦月にある提案をした。
『せっかくだし……お前、今日から『
『何でだよ』
チームを解散するからと、メンバーが
『そもそも『
『いや……その時は
元々ビルの持ち主なので、別に回収する必要がないものの……一応管理者としてか、カウンター席に創が腰掛けていた。テーブルに背中を預けながら、睦月の方を向いて勇太の話に乗ってくる。
『どんな
それがレーシングチームの名前の由来だったが、解散した今では意味がない。それに……ある一団からは何故か、睦月
ならばついでにと、勇太は提案したのだ。
『いまさら訂正するのも手間だろ? だったら代表して、お前がその名前を持ってけよ。記念だ記念』
『何が記念だよ。下らねぇ……』
あまり興味がないのか、睦月は話に乗ってこない。細かい私物を鞄に纏め終えてから、そのままソファに腰掛けている。
『別にいいだろ? お前……異名どころかチーム名すら、どうでもいいと思ってた節あるし』
『いや、さすがに異名は格好良いのがいいよ。あまりやり過ぎると
『そもそも異名って、自分から名乗るものじゃないしな……』
恥ずかしくない異名の付け方その1――他の誰かに付けて貰ったものを受け入れる。
綽名等と同じく、余程気に入らない限りは、特段気にならないものだ。むしろ自分から名乗る時点で、痛い人間確定である。自他共に認められる状況の方が、自然と馴染み易いのだ。
『それに……わざわざ『勘違いです』って、訂正する方が手間じゃないか?』
『…………』
『走り屋』として最後に、臨もうとしたレースは中止となってしまった。
――証人保護プログラム
偶然、アメリカから避難させられてきた証人が、被告発者から襲撃を受けて逃げ込んできたのだ。その為にレースは開始前に中断、睦月は『運び屋』として、ある人物を保護して届ける事態へと陥ってしまった。
睦月は無事依頼を完遂させたのだが……その際に、チームのユニフォームを見られてしまったのがまずかった。背中に刻まれた『NO BORDER』の文字を相手に見られ、その通り名を持つ
『着替えときゃ良かった……』
『まあ、あれは仕方ないって』
緊急事態での案件だったのだ。咄嗟に着替えを用意し、服を簡単に替えられるものではない。せめて上着だけならまだ誤魔化せたかもしれないが、残念なことにインナーのTシャツもまた、ロゴ入りのユニフォームだった。どう足掻いても、もう名前を隠すことは不可能だと見るべきだろう。
『さすがに『
『…………』
ソファの上で、睦月は静かに、両手の指を重ね合わせていた。どうやら
やがて……結論が出たのか、解かれていく手と共に、睦月の口から言葉が吐き出された。
『…………俺は知らない。
『いいんじゃね? それで』
勇太も創も、睦月の判断をあっさりと受け入れた。
『そもそも通り名なんて、基本周囲が勝手に呼んでるうちに、定着するもんだしな』
『そうそう。気にするだけ、損だって』
それに、何だかんだ受け入れるんだろうな……と、付き合いの長い二人は顔を見合わせて、共に肩を竦めるのだった。
『今日、伝説が再び復活する!』
高まる歓声の中、実況役の男の叫びが、画面越しから店内へと飛び込んでくる。
それと同時に、ツァーカブと向かい合っていた勇太の後ろに、スポーツカーとトラックが停車した。
『本来であればすでに引退し、解散したはずだった! しかぁし! 俺達の無念を聞き届け……今日、再び集結してくれたぁ!』
「結局……
ジャンケンに負け、二丁一対型
「それで、女性陣は知り合いのキャバ嬢に頼んで集めて貰ったらしいが……あの様子を見ると、全員
理沙の言は聞こえているはずだが、姫香は気にせず、水筒の中身を口に含んでいた。元カノよりはキャバ嬢の方がましだと思っているのか、今は
『向かい来る敵は全て蹴散らし、数多のコースを総なめした最強の『走り屋』チーム……目ん玉かっぽじって見やがれ! チィィィム――『NO BORDER』!』
一際高くなる歓声を受け、再びユニフォームに袖を通した睦月が、仕事用のスポーツカーから降りて来る場面が映った。
「そろそろ……って、何してるの?」
今の内に、手持ちのグラスを飲み干した人間が居ないか確認しようと、見渡していたらしい抽冬。しかし、いつの間にか『NO BORDER』の応援団扇を両手に握った姫香を見つけた為か、思わず目を止めてしまっている。
「貴様……もしかして、わざわざ作ったのか?」
「…………」
理沙が懐疑的な目を向ける中、姫香は一度団扇を手放して膝上に乗せた。そして両手を開けてから、左手に載せたものを右手で掬い取るような仕草をしてくる。
「【残り物】」
「『
「こんな下らないこと……
無言で再び握った団扇を揺らす姫香に対してか、はたまた応援グッズなんて作っていたかつての『走り屋』達に対してか。レース場の熱狂とは裏腹に、理沙達は冷め切った空気の中、溜息を吐いていた。
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