070 運び屋達の休日(その5)
過去の積み重ねが生きる道筋を作り出し、未来の
そして、人が千差万別の生き方をしているということは、それだけの数の過去も未来も……
「人っていうのはね、切っ掛け一つで簡単に変わるのよ。睦月の場合は
一番分かりやすいのは、睦月が持つ銃の変転だ。
最初は睦月のいた学校の
そもそも、睦月が5.7mm口径の
また、
(全部女絡みなのが、ちょっと腹立つけどね……)
しかし、その出会いと経験の積み重ねが、今の『荻野睦月』を作り出したのは事実だ。
問題なのは……これからも、その『荻野睦月』が続くとは限らないということだった。
「逆に聞くけど……私が、今の睦月との関係に
答えは否、だ。
今でこそ自我が芽生え、スマホを通して自身の欲望が湧き出し、自立も自律もできている。だが当時の……光に当てられたばかりで視野が狭くなっていた姫香は違う。
望まれれば恋人でも相棒でも部下でも道具でも……性を含めた奴隷状態に堕ちることも受け入れられた。けれども、睦月は最初、そのどれもを拒絶した。
姫香の為を想っても、自身の欲望を叶えたいからでもない。
自分を貶めないよう……戒めの為に、だ。
「あんたには前にも話したっけ? ……睦月ってね、自分が考えている以上に、堕落しやすい人間だと思っているのよ」
ゆえに、睦月は時に、自ら道化を演じることもある。
「だから私や他の女が甘やかすと……十中八九、『
「っ!?」
言葉の出ない由希奈、彩未もまたその点は理解しているのか、話を聞きながら食事の残りを片付けていた。
「分かりやすく言うと……睦月に限らず、人間っていうのは『ハーレム
日本をはじめとして、多くの国々が
理由は色々と言われているものの、姫香や睦月達はこう考えていた。
――人は、
何故なら……一人の人間として真っ当に生きる上では、それが限界だからだ。
歴史や地域によっては、重婚を認める風習もあるにはある。だが、その理由の大半は『必要だから』に他ならない。自身の欲望や合理的な理由を優先するあまり、他者の心情を推し量っていないからだ。
ゆえに、たとえ神であろうとも……滅びの
「もし
それ以前に、人は『生きて死ぬ』一点を除いて、不平等な生き物である。
男が複数の女に懸想をしても、その全員に対して、平等に接することはできない。
逆に、複数の女性が一人の男性を慕っても、男を含めて全員が仲良くできるとは限らなかった。
また、たとえ資産や権力で従えても、圧倒的な暴力で威圧しても、仮に相手の心を操れる能力があったとしても……その
すでに不平等な生物が、平等を求めること自体不可能なのだ。本来であれば、
…………ありえないのだ。
「それ以前に……睦月って、単に女癖が悪い
それこそが、姫香があえて、睦月の女癖を直さない理由でもあった。
望む生き方をさせてかつ、目標に達成する手前を維持する。その状況を続けることでしか、
それに、睦月は『運び屋』として生涯を終えることを、最優先にしていた。ハーレムどころか資産運用の勉強すら、まともに行っている様子はない。
要するに……睦月は複数の女性と関係を持っている
「その証拠に……そこの
「え、その時姫香さんはっ!?」
「ぶっ!? ……いや私の扱いっ!?」
突然名前が出て、思わず食事中に噴き出してしまった彩未に不愉快な眼差しをぶつけてから、姫香は由希奈の質問に答えた。
無論、彩未が咳き込んでいるのは無視した上で。
「その時は、たしか…………当時嵌ってた海外ドラマ観てたわね」
「嘘だ。またどこかのレストラン相手に『道場破り』して、罰代わりに『謹慎してろ』って言われたとかだ。きっと」
「彩未うるさい」
完全に図星だったが、姫香は彩未を一睨みして黙らせた。
「はぁ……もう言うけど、別に監禁されてたわけじゃないわよ。だから当時は、従う理由も義理もなかったし」
「それでも、睦月さんの言うことを……?」
「……大人しく聞いてたわよ。
もう、溜息を吐く他なかった。
「これも前に言ったと思うけど……『人を愛すること』と『人生を捧げること』は、完全に別物。それでも自分から、睦月の指示に従っていた。納得いかなければ、従わなければいいだけだしね」
「……無人島に一つしか持って行けないなら、『睦月君』と『スマホ』のどっち?」
「圏外かつ充電手段がないなら睦月。それ以外ならスマホ選んで、睦月に迎えに来て貰う」
まさしく、欲望のままに生きている姫香ならではの回答だった。
「というかそれ以前に……睦月君が言い寄ってきた女の子連れ込もうとした時に、女子力マウント取って追っ払ってなかった?」
「余計なこと言ってると、
「……すみませんでした」
もう茶々を入れられないと思ってか、彩未の顔は立てられたメニューに隠れてしまう。それでもまだ、声だけは飛んで来ていたが。
「でも姫香ちゃん、睦月君に言い寄る女の子全員にマウント取ってきてるじゃん」
「当たり前でしょう? 睦月に言い寄る時点で全員
実に自分勝手な言い分が並べられたが……由希奈はなんとなく、姫香の言いたいことが理解できてきた。
「姫香さん、すごい自信ですね……」
「当然でしょう」
要するに、睦月の周囲に何人女がいても、姫香には関係がないのだ。
その全員を(女として)打倒し、睦月の傍に立ち続ける。それこそ、姫香が
「私が
『言い過ぎじゃない(ですか)?』
姫香があまりに睦月を扱き下ろすので、思わずツッコむ二人だったが、言葉は止まない。
「それでも……何があっても、自分の
久芳姫香の、
一方、姫香曰く『最高の男』は今……
「……ちょっと待て。何で俺、
「え? 親が子供のペットの世話を渋々やるようなものじゃないの?」
……自分が『ペットの世話』を
「別にいいんじゃない? 多分睦月も
「それはそうかもしれないけどさ……」
そして食べられる運命であるはずの『
「それに……終わってから言うこと? それ」
「それは言うな」
一度中身を抜いた水槽内に新しい餌を盛り付けながら、睦月はそう返すしかなかった。
――ブーッ、ブーッ……
『…………ん?』
そんな時に、睦月のスマホが突如、着信を知らせて来たのだった。
レストランを後にした由希奈は彩未と共に、近くにある木陰の中に鎮座しているベンチに、並んで腰掛けた。
「まあ……
そして姫香は、食事の後にそんな捨て台詞を吐いてから、公園内の奥へと歩いて行った。すぐに帰らなかったのはおそらく、食休めも兼ねて、軽く身体を動かそうとしてのことだろう。
「由希奈ちゃん……大丈夫?」
「はい……何か別の意味で、姫香さんに挑みたくなりましたけど」
「気持ちはものすごくよく分かるけど……ちゃんと、自分の気持ちに向き合ってからにした方がいいよ。半端に挑んで返り討ちに遭った
そう言う彼女もまた、同じように返り討ちに遭ったのかと思い、由希奈は彩未の方を向いた。しかし目の前に挙げられた手は、勢いよく横に振られている。
「私は違うからね! まあ……返り討ちに遭った
どちらにせよ、姫香に酷い目に遭わされたのはたしかなはずだ。前に聞いた話を思い出し、由希奈は若干顔を歪めていく。それに気遣ってか、また彩未から話を振られてきた。
「もう……諦める?」
「……いいえ」
それでも、自分自身の気持ちははっきりさせたい。でなければ、その想いをずっと引き摺ることになる。
「ちゃんと、気持ちをはっきりさせてから決めます」
だから……由希奈はまだ、『諦める』という選択肢を取ることはなかった。
「後……本当にちょっと、
「『友達との喧嘩』程度なら、私も参加ね。姫香ちゃんにはいっつも泣かされてるし……」
ふと、由希奈は姫香と彩未の関係について考えてしまう。
「……何で姫香さんと、友達やってるんですか?」
由希奈と違って、彩未はもうはっきりと、答えを出していた。
しかも、一度は本気で殺されかけたこともあったはずだ。直接聞いたわけではないものの、彩未はおそらく、そのことに気付いている。それでも何故、姫香と交友を持てているのか?
そう思い、由希奈は疑問を口にしたのだった。
「う~ん……」
由希奈の問い掛けに彩未は少し考え、そして答えてきた。
「…………
彩未はベンチに体重を預け、空を見上げながら話してくる。
「でも結局は、それが一番だと思うよ」
彩未は右手を持ち上げ、目元に翳しだした。
「利害もなく相手と付き合うって、相応の信頼関係がないと難しいんだよ。簡単に信じ過ぎると相手に利用されちゃうし、逆に信じられないと、かえって縁が切れちゃう」
「…………」
姉が『
「それでも……由希奈ちゃんが今日、私に声を掛けてくれたのと同じかそれ以上に、私は姫香ちゃんのことを信じているの。まあ……『無駄な争いはしない』って分かりきってるからだけどね」
そう、『
――でなければ、相手からの『
『用事ができた。今日は仕事用の車で迎えに行く。時間までに終わらせるから、後で場所だけ教えてくれ』
メッセージアプリで姫香にそう連絡してから、睦月は弥生を伴ってエレベーターに乗り、一階へと降りていく。
「弥生、今日の
「
「なら、それに乗ってついて来てくれ」
停止し、開かれた扉から降りた二人は、一度別れることになる。
睦月は仕事用の国産スポーツカーが置いてある整備工場に。弥生は駐輪場に停めてある
「……いいかげん、許してあげたら?」
「無茶言うな……」
二人は別れ際に、そう言い残していった。
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