060 案件No.004の裏側(その3)

『『掃除屋』の手配はしておいたから、後はホテルに引き籠っててくれる?』

「了解……あいつ・・・の居るとこじゃないでしょうね?」

絶対に・・・揉めるから止めといた。睦月君もだけどさ~……いいかげん、仲直りしたら?』

「『『運び屋こっち』からは仕事の依頼をしない』……それで手打ちにしているだけ、ありがたいと思って欲しいわ」

 手短に電話を終わらせた姫香は、イヤホンマイクを耳から外した。

 今は二人して、現場から一番近い駅のホームに居る。姫香はどこか怯えている様子を見せるカリーナと共に、スマホを弄りながら電車を待っていた。

「…………ん?」

 カリーナについては逃げ出さず、銃器の仕舞われているジュラルミンのケースに手を出してこなければ、特に構う必要はない。

『手の空いた時に状況報告よろしく』

「終わったみたいね……」

 だから姫香はメッセージアプリを起動し、睦月からの連絡にすぐ返した。

『今終わった。楽勝過ぎて退屈……もうそっち帰っていい?』

 丁度来た電車に二人で乗り、座席に腰掛けた頃にはもう、メッセージアプリからの着信通知が来ていた。

『こっちはまだ終わりそうにない。どっちにしろ、予定通り泊まり掛けでよろしく』

『ヽ(`Д´)ノ』

「ふん……」

 確認してすぐに顔文字だけで返信を送る姫香。

 スマホ画面から目を離し、少しだけ遠くを見てから顔を降ろす。するとすでに、睦月からの返事があった。

『帰ったら一緒に、美味い飯食いに行こう。俺も、楽しみにしてるからさ』

「……バーカ」

 誰に聞かせるでもない独り言を漏らしてから、姫香は文字だけを手短に送り付けた。

『……b』

 後はメッセージアプリを閉じ、睦月とのデートに行く店を探すことした。

 相手に探させるのもいいが……体質的な問題もある上に、おかしな店を選ばれたら堪ったものじゃない。何より、変なところで優柔不断になることもあるのだ。あちこちうろつく羽目になる前に対策として、候補を上げておくべきだろう。

 そう考えて、今度はアプリ版のWEBブラウザを立ち上げた時だった。

「……そんな顔、するんだ」

 ドイツ語で・・・・・、そう声を掛けられたのは。




 電車に乗せられ、座席に着いた後のことだった。隣に座る彼女の表情にどこか、柔らかい何かが混じって見えたのは。

「……そんな顔、するんだ」

 今まで見た中で一番綺麗だと思えてしまう表情に、思わずそう呟いていた。そんなカリーナの声を聞いてか、姫香はスマホから顔を上げ、じっと見つめ返してくる。

何がWas?」

 その時点で顔は戻り、人形めいた無表情を浮かべているものの……カリーナはもう、姫香を怖がることはなかった。

「最初に会った時は、『融通の利かなそうな人間』だと思ってた」

 だからカリーナもまた、正直に返していく。

「ドイツ料理の店で『自分の為に怒れる人間』だと分かっても、『誰かの為に感情を揺さぶられる』場面が、思い浮かばなかった」

「…………」

 内容はあまり聞かれない方がいいかもしれないが、ドイツ語で話している為か、姫香の方から静止してくる気配はない。

「そして、さっきの戦闘で……『どんな人生を送ったら、そんなに怖く・・なれるんだろう』ってことを考えてた」

「……失礼な。こんなに可愛いのに」

「事実なだけに、『自信過剰Narzisst』って言い辛い……」

「もう言ってるわよ」

 目が細くなりかけた姫香だが、その前に、カリーナが言葉を発する方が早かった。


「でも、さっきの顔を見て…………普通に『恋するverliebtes少女Madchen』なんだって、分かっちゃった」


「…………フン」

 軽く鼻を鳴らしてから、姫香はカリーナから視線を外した。しかし完全に拒絶しているわけではなく、画面消灯スリープしたスマホを再点灯することはなかった。

「別に、恋しては・・・・いない・・・わよ……」

 手放す気になれないでいるスマホを指先で弄びながら、姫香は漏らすようにそう呟いてくる。


「単に……愛してる・・・・だけよ。自分の人生全てを懸けてでも、絶対に後悔しないレベルで」


 軽く身体を傾け、膝に肘を載せて頬杖を突く彼女を見ていると、どこか人間臭く感じてしまう。

 日本人にも関わらず他国ドイツ語を日常会話級に話せる程に堪能で、英治以上の狙撃技術を有する少女。どんな過去があったのかは分からないものの、これだけははっきりと言えた。

「ちょっと、羨ましいかも……」

「……何がよ?」

 ギロリ、と音が出そうな視線移動でカリーナを見つめてくる姫香。その視線に怯むことなく、何が羨ましいのかを、はっきりと口にした。

「重い過去がありそうなのに、そんなことを気にせず人生を謳歌できているところが、よ」

「…………あっそ」

 また視線が外される。今度はもう構う気がないのか、姫香はスマホの画面を立ち上げていた。それでもカリーナは、異国の地の風景でも、電車内にいる人達でもない……隣に腰掛けている少女の方を見続けていた。

(私も……そろそろ決着ケリ、着けないとなぁ)

 両親が殺された過去は変わらない。将来がどうなるのかも分からない。

 それでも……今はただ、英治に会いたくなってしまっていた。

(英治と合流したら、ちゃんと話そう。仇のことも……『銃器職人』のことも)

 目的の駅に到着するまで、後数駅。カリーナは視線を姫香に……彼女の持つスマホ画面で流れるテレビ動画に向けて(ウザがられて)いた。


 その仕返しなのか、電車を降りて目的地のホテルに向かう途中、姫香はカリーナにある事実を告げてきた。

「……あ、睦月達向こうはもう片付いたみたい。そっちの仇も、あんたの連れが『殺した』って」

 道中睦月から送られてきたメッセージを読み上げた姫香に、カリーナは思わず叫んでしまう。

「Scheise!」

 と。ちなみに上記の言葉は誰もいない空間に向けられて放たれた。対象が居ないということもあるが……ドイツだと場合によっては、侮辱罪で逮捕される恐れもあるので。




 観光用ホテルのツインルームで、姫香は寛いでいた。先程まではカリーナに狙撃銃ライフルを、整備を理由に持たせていたが、今はジュラルミンのケースに戻されている。そして今、彼女はバスルームでシャワーを浴びていた。

「……ま、さすがに自殺はしないか」

 仇討ちを連れに取られてしまい、多少は気持ちが荒んでいたみたいだったものの……今はようやく折り合いが付いたのか、何かを叫んでいる様子はない。ようやく触れた銃器の整備で、幾分か落ち着きを取り戻しているようだった。

「また女、増やしてなきゃいいけど……」

 少し目を離すと、すぐに女を囲んでしまう好色漢女たらしが睦月なのだ。だから『お守り』は絶対に止められない。油断するといつか、自らの立場が危うくなることも十分に有り得るからだ。

 そんなことを思いつつ、姫香もまた、今日使用した特殊警棒バトン備え付けの適当なタオルで拭っていた。だがその時、充電中のスマホが急に鳴り出した。

「ん?」

 姫香は布ごと特殊警棒バトンを置き、代わりに取り上げたスマホを操作して、通話状態にした。バスルームとはいえ、カリーナは同じ部屋にいるのでスピーカーモードにはせず、そのまま耳元に近付けていく。

「……何?」

『一応、現状報告にね』

 相手は彩未だった。だから姫香も迷わず操作し、声を出して・・・・・応答していた。

『本命の狙撃手スナイパーがやられたからか、向こうはもう撤収したみたい。まあ、睦月君達が勝った時点で、脱出も視野に入れてたっぽいけど』

「でしょうね……」

 目的を見誤ること程、愚かなことはない。実際、かつての睦月もそこを間違えて、父である秀吉に説き伏せられていた過去がある。

 だから何もできないと判断すれば、これ以上全員が危害を被ることはないだろう。

『でも、まだ終わってないみたい』

 ……今のところは、だが。

『睦月君達の方もまだ精査中みたいだから、あんまりはっきりしたことは言えないけどさ~……カリーナちゃんのご両親が殺されたのって、まだ裏があるっぽいよ』

「そう……詳しいことは、睦月から聞くわ」

 今知るべきは、奇襲される恐れがあるかどうかだけ。彩未の声が落ち着いているのを聞く限り、睦月達は当然無事なのだろう。ならそれ以上は、再び合流した時に話し合えばいい。

『……ところで姫香ちゃん、聞いてもいい?』

「あんまり無駄話は好きじゃないんだけど……」

『まあいいじゃん、ちょっとだけ』

 難色を示す姫香の口調にいつものことと取り合われることなく、彩未からの質問が一つ。


狙撃手スナイパーまだ・・生きてるみたいだけど……もしかして、わざと急所外した?』


 そのあまりの内容に、姫香は……

「…………ハア」

 ……盛大な溜息を持って返した。

「偶々でしょう? 私はただ当てた・・・だけなんだから」

『いや、姫香ちゃんならできかねないと思って……』

「さすがに無理よ」

 ただ、当てればいい。

 少なくとも、相手の生死を・・・問わずに・・・・無力化さえできれば、こちらの『護衛』という目的は果たされる。だから姫香も、あの時は銃弾を的中させることに注力していた。

 実際、抵抗さえされなければ、姫香にとってはどちらでも・・・・・良かったのだから。

「せめてもう少し、倍率の高いスコープじゃないと無理ね」

『ああ、そうなんだ……ちなみに狙えてたら、殺してた?』

「状況にもよる。どっちがかなんて、その時にならないと分からないし」

 するとスマホ越しに、苦虫を噛み潰したような呻き声が耳に届いてくる。

『姫香ちゃん……段々睦月君に似てきたね』

「何? 褒めてるの?」

『う~ん……そんなところ、かな?』

 人に似てきた、というのは果たして褒め言葉足りえるのだろうか?

 そんな疑問でも抱えているのか、難色を示している彩未に対して姫香は特に気にせず、気分を害していないからと軽く流した。

 むしろ、気分が良かったとも言えるが。

「でも、睦月なら多分生かすんじゃない? 『人殺しの罪背負って生きていける程、神経図太くない』からって」

『ああ、言いそう……』

 睦月に抱かれた女同士竿姉妹だからか、同じ男の話題になると、理解できる点も多くなってくるのだから、ある意味始末に負えない。

『じゃあお土産待ってるから、姫香ちゃん達も気を付けて帰って来てね』

「はいはい……何かあったら連絡よろしく」

 姫香は通話を切り、スマホの充電を再開させた。

 磨いていた特殊警棒バトンを片付け終える頃には、ようやく気持ちの整理がついたのか、カリーナがバスルームから姿を現してきた。今は備え付けのバスローブに身を包んでいる。

「……で、気持ちの整理はついた?」

「一応……」

 思考言語を日本語からドイツ語に手早く切り替え、寝そべっていたベッドの上から身を起こしながら、姫香はそう問い掛けた。カリーナは少し気を張りながらも、一度だけ、静かに頷いた。

「英治に会ったら、もしかしたら手が出るかもしれないけど……もう大丈夫、だと思う」

「銃は返さないわよ」

 面倒事の火種は、少ないに越したことはない。旅の道中は姫香が銃を管理するという提案に、カリーナは即座に否定することはなかった。

 立ち上がり、頷いた彼女の横を通って、姫香はバスルームへと向かおうとする。いいかげん、汗を流したいと思っていると、カリーナの声が背中越しに飛んできた。

「ねえ……」

「ん?」

 それでも一応と、自分のスマホと得物やジュラルミンのケースも持って行こうとする姫香に、カリーナは問い掛けた。

「あなたにとって……『銃』って何?」

「道具」

 即答し、姫香は両手に荷物を抱えた状態でバスルームへと入って行った。




「『道具』、か……」

 英治もまた、銃のことを『飛び道具』と表していた。

 ここまで共通点が多くなると、さすがのカリーナも、認めざるを得なかった。

「ただ、銃を持つだけ・・じゃ、駄目なんだ……」

 手にした銃で、一体何をする・・・・のか。

 これから『銃器職人ガンスミス』を目指すのかも含めて、ちゃんと見つめ直そう。

 銃を取り上げられた状態では、いや今は疲労感で何もできなくなってしまい、カリーナは自分の方のベッドに身を投げ出した。そして姫香が出てくるまでの間に睡魔に押し負け、少しして寝息を立てていく。




『そして、私の頑張りを肯定してくれる人は、いるのかな……いいかげん、彼氏欲しい』

「何度も電話掛けてくるな。面倒臭い……」

 軽く身体を洗ってから湯船に湯を張り、のんびり寛いでいるとまた、スマホが鳴り出した。入浴中は気分で映画や海外ドラマを見ている為か、急な通話が入ってくると気分も悪くなる。

 若干苛立ち交じりに彩未の声を聞きながら、姫香は反響するバスルームの中で声を掛けた。

「……で、何の用よ?」

『一つ言い忘れててさ……』

 他に何か、問題があっただろうか。脳裏に疑問符を浮かべる姫香に、彩未は問い掛けた。

『……お兄さん愼治君も今、首都そっちに居るみたいだよ』

「ふ~ん……どうでもいいから切っていい?」

『少しは相手してあげなよ、姫香ちゃん……』

 温度差の激しい兄妹だな……と彩未は思っているのかもしれない。しかし姫香は気にせずスマホの通話を切り、入浴を続けるのであった。

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