059 案件No.004の裏側(その2)

 結論から言うと……姫香はを持っていた。


「ぁ、ぁ……」

 突如襲い掛かってきた、銃器で武装している男達数人を相手にしても、姫香は一歩も引くことはなかった。むしろ自ら歩を進め……後ろ腰に隠し持っていた特殊警棒バトンで次々と叩きのめしている。

「ぇ、ぁ……」

 その光景に、カリーナは一言も発せなかった。

「げふぇっ!?」

 相手が拳銃を構えるよりも早く接近しては、その手首を強打して掌を開かせ、返す勢いで首筋に叩き込む。

 まるで、何かの舞踏ダンスみたいだと、カリーナは思ってしまった。

 手慣れた動作で特殊警棒バトンを振り回し、相手が落とした拳銃凶器を手に取っては片手で分解バラして、ただの鉄塊へと変えていく。そんな姫香の行動を目にした後の、男達の対応は様々だった。

 素手でも取り押さえられると、力づくで抑え込もうとした者……頸動脈をはじめとした急所に連続して特殊警棒バトンを叩き込まれ、無力化された。

 銃器がないので、代わりに刃物ナイフを抜き放った者……突き刺す前に刀身の根元を叩き割られ、すぐさま脳天に特殊警棒バトンの先端を付き込まれた。

 それでもなお、分解された銃を組み立てて発砲しようと足掻く者……部品パーツを拾おうとする途中で手を踏まれ、もう片方の足で顎を蹴り抜かれた。

 それ以外にも大差はなく、しかも数えるには両手の指で事足りる程度の連中。

 はっきり言って……姫香の敵ではなかった。

「で、さっきまでの話だけど……」

 振り回していた特殊警棒バトンを掌で押し込むようにして畳みながら、カリーナの前へと姫香は移動してくる。

 その間に特殊警棒バトンを後ろ腰に仕舞った姫香は、カリーナに向けて右手を差し出した。

 握手ではない。


「……これ・・、使うまでもなかったでしょう?」


 右手首に隠した袖の仕込みスリーブガンを用いて、小型の回転式拳銃リボルバーを取り出す為だった。

「…………なっ、」

 小型の回転式拳銃リボルバーは、カリーナが一瞥してすぐに仕舞われてしまう。その後、半ば反射的に、姫香に対して疑問をぶつけた。

「なんで最初から使わなかったのよっ!?」

 実際、さっさと抜いて発砲すれば、すぐに解決しそうな問題だった。

 いくら反銃社会日本とはいえ、銃器で武装した相手が襲い掛かり、かつ姫香こちらもすぐに撃てる状態で隠し持っていた。

 なのに……姫香は一度も銃を抜くことなく、襲い来る刺客を次々と戦闘不能にしてのけたのだ。

 互いに武装しているのであれば、即座に発砲しなければやられる。

 カリーナから向けられる疑問に、銃社会の抱える公然の事実に対して、姫香は肩を竦めるだけだった。まるで、何事もなかったかのように。


「……無駄・・だから」


 未だに抵抗しようとする男の一人を踏み付けて動きを封じ、姫香は指折り数えながら答え出した。


「銃弾は高いし一度撃ったら残弾が減るだけ。材料も時間もないから再生弾リローディングはすぐに作れない。この銃自体が改造カスタム品で耐久性が低過ぎるからあまり使いたくない。かといってまともに整備してない連中の銃は危なっかしくて使えないし、弾だけ抜くにしても都合良く同じ口径を持っているとは限らない。それに銃声で人が寄ってくる上に、野次馬の中には他の敵が混じっている可能性だってなくもないし、それ以前に警察や赤の他人巻き込んじゃったら後始末が大変。何より……相手が銃を使わなくても勝てる位に、弱すぎる・・・・


「ぅ、ぁ…………」

 まさしく、正論で埋め尽くされた罵詈雑言だった。

 しかも英治から習った程度であまり詳しくない日本語ではなく、正確な発音や文法を用いて紡がれた母国ドイツ語で、だ。言語の違いで理解できない、なんて言い訳が使えない程に、完膚なきまでの意思表現。

 その為に、カリーナは銃を使う理由が……姫香に対してぶつけたい反論が、すぐに思い付くことはできなかった。英治よりも忖度なく、容赦ない現実の圧力に口を閉ざし、押し黙ってしまう。

 ただ、再び黙って見ていることしかできなくなる心境でも、状況の方は待っててはくれない。

「だからこそ……」

 肩に留めていたベルトを解いた姫香は、戦いながらも背負い続けていたジュラルミンのケースを地面へと降ろした。しゃがみ込んでジーンズの裾を捲り、足首に隠していた小物入れポーチからキーピックを取り出し、鍵穴に差し込んであっさりと解錠してしまう。

「……使うべき時には使うわよ」

 ケースの中には、カリーナが愛用している大小一丁ずつの自動拳銃オートマティックと……本来は英治の持ち物であるドイツ製の狙撃銃ライフルが一丁、納められていた。

 そして姫香は迷わず、狙撃銃ライフルの方を持ち上げて、動作確認を手早く済ませていく。

 次に姫香の口から発せられたのは、ドイツ語ではない。日本語で、おそらくは電話口の相手へと話し掛けているのだろう。

 だが、問題はそこではない。


「……で、狙撃手スナイパーはどこ?」


 自らの拙い日本語でも、辛うじて理解できたのは……姫香が使い慣れないはずの狙撃銃ライフル片手に、狙撃手スナイパーを敵に回そうとしていることだけだった。




 姫香が『ブギーマン彩未』と組んで、狙撃を行うのは初めてではない。互いに熟知している手順に従い、それぞれ必要な言葉をやり取りしていく。

『その路地から出ないで。出て左手にある、少し離れたビルの屋上に陣取ってる。距離は……高低差込みで800m前後、かな?』

「こっちが隠れながら狙える狙撃場所ポイントは?」

『拓けた場所なら来た道戻るしかないけど……ビルの隙間なら、もっと奥に進んだ場所に数ヶ所』

「スマホに地図情報マップデータ送って。射線の描き込みも忘れないでよ」

 姫香は両足に仕込んだ小物入れポーチの、今度は反対側から個別包装された銃弾を取り出した。いくつか用意してある物の中から選んだのは、英治の狙撃銃ライフルに用いられている.338(8.6mm)口径弾だった。

 狙撃用スコープを取り付け、空の状態で仕舞われていた箱型弾倉マガジンも取り出し、包装を破いて剥き出しにした銃弾を発込める姫香。込め終えてすぐさま、狙撃銃ライフルの銃身へと叩き込んだ。

『送ったよ~……ついでに言っとくけど、もう・・狙われてるからね』

「でしょうね……」

 囮として新入りルーキー達を送り付けたのであれば、スマホに細工なり事前に発信機を仕込むなりして、位置情報を探れるようにしないわけがない。おまけに、姫香が引き寄せたのは路地裏。人目を気にするのであれば、そこで行動を起こすと予想するのは容易だった。

「……で、相手の得物は?」

『軍隊上がりかな? 軍用狙撃銃ライフルそのまま使ってる、っぽい。他に人はいないから、観測手スポッター抜きで狙える自信があるみたい』

「もしくは、元々使わない部隊に居た時の癖か……単に、人望がないかね」

 軍人の狙撃手スナイパーに付きものの観測手スポッターだが、必ず二人組で行動しているわけではない。軍の運用方式によっては、狙撃手スナイパー単体で活動することも、よくある話だ。

 それぞれにメリットやデメリットはあるものの、『狙撃スナイプする』という目的を果たせるのであれば、どちらであっても、大して重要なことではない。

 問題なのは、相手の力量クオリティと銃を扱う時の癖。要するに……狙撃手をカウンター狙撃するスナイプの方法だけだった。

『で、どうするの姫香ちゃん?』

「決まってるでしょう」

 彩未から送られてきた地図情報マップデータを確認した姫香はスマホを仕舞い、一番近い狙撃場所ポイントの傍へと移動した。遊底をボルト手動で操作してアクションで弾倉マガジンに込めた銃弾を薬室チャンバーへと装填し、後は引き金を引くだけで発砲できるようにする。

「面倒事は、さっさと片付けるに限るわよ」

『ホント、過激だよね~』

 周囲には姫香とカリーナ、そして気を失った男達しかいない。誰にも邪魔されず、狙撃するには追加で人が来ない、今この瞬間しかなかった。

「……狙撃時の手順スナイプ・プロトコル、準備は?」

『いつでもオッケー』

 イヤホンマイク越しに聞こえてくる『ブギーマン彩未』の声を合図にして、姫香は身を翻した。

「ヒュッ――」




 あまりにも、手慣れた動作だった。

 沈黙を続けるしかなかったカリーナの瞳に映ったのは、両手で構えた狙撃銃ライフルを操る姫香のみ。彼女は身を翻しながら膝を曲げ、しゃがんだ状態で狙撃用スコープを覗き込み、引き金を引いていた。

(当たるわけがない……)

 ただ狙撃を行う上でも、考えるべき要素は無数にある。ただスコープを覗き、相手に銃口を向ければ当たるものではない。そもそも簡単に当たるのであれば、狙撃手スナイパーなんて要員は生まれてすらいないだろう。

 ただ撃つだけでも、銃器を丁重に扱って真っすぐ飛ぶように整備し、風をはじめとした、放たれた銃弾に影響を与える環境情報の全てを計算し尽くした上で、標的ターゲットに命中させなければならない。

 いくら専用のケースに保管しようとも、銃身が曲がっている可能性は万が一にも存在する。それでなくとも、スコープは取り付けるべき狙撃銃ライフルよりも繊細だ。何かの拍子に壊れる可能性は高く……狙撃する上で最も厄介な、調整の作業を常に行わなければならないのだから。

調整作業ゼロインが済んでいないスコープで、当たるわけがない……)

 狙撃銃ライフルが狙撃用スコープの照準通りに着弾するよう、中に映る十字線レティクルを調整することは、怠ってはならない狙撃手スナイパーの義務だった。

 だが、カリーナの目の前に居る姫香は違う。

 ケースの中身については、事前に聞いていたのだろう。だから姫香は、必要な銃弾を事前に用意できていた。でも彼女は、ただ銃身にスコープを取り付け、一発撃っただけに過ぎない。

 どうせ外れている。カリーナがそう考えるのも不思議ではないし、姫香もその結果を得たからこそ、発砲後にすぐさま、相手の射線から身を隠したのだろう。

 けれども、カリーナの口からは、過信に対しての罵倒が出てこなかった。

 地面が弾ける音に怯んだからではない。手早く取り出したスマホを地面に置き、指だけで画面を操作しながら出て来た姫香の声に、思わず口を閉ざしてしまったからだ。

「着弾時と即時リアルの環境情報。それから、さっき撃った弾の着弾位置・・・・も」

 膝と胴体を用いて狙撃銃ライフルを抱えたまま、姫香はスマホをスライド操作スワイプして情報を確認しつつ……狙撃用スコープのつまみノブを操作している少女に圧倒されてしまった為に。

(…………当てようと、しているの?)

 そうとしか、思えなかった。

 英治ですら、使い慣れているはずのあの狙撃銃ライフルでも、スコープの調整に最低数発は、撃たなければならなかった。

 それ以前に、狙撃スナイプする機会がほとんどない英治が、狙撃銃ライフルを常に整備する理由はない。精々が定期点検位だろう。

 幸か不幸か、狙撃銃ライフル自体は出国前、カリーナの両親が召される前に終えている。銃身そのものに大きな影響がないのはたしかだが……スコープ等それ以外の付属品には、一切手を加えていない。

 にも関わらず、姫香はスマホの画面に映る情報だけでスコープを調整し、再び遊底ボルトを引き、銃弾を薬室チャンバーへと送り込んでいた。

「ヒュッ――」

 身を翻し、再度狙撃銃ライフルを構えた姫香が銃弾を放った。

 再び響く銃声。今度は身体を隠したりせず、膝を伸ばして銃口を地面に向けたまま、カリーナの方へと向き直ってきていた。

「……終わったわよ」

 それだけ零すと歩きながら、手早く狙撃銃ライフルを分解して片付け始めていた。

 たった一発、箱型弾倉マガジンに残った剥き出しの銃弾を除き、全てをケースへと戻していく。

「当て、たの…………?」

 カリーナにとっては、信じられない出来事だった。

 たった一発の銃弾とスマホで把握した環境情報のみでスコープの調整を済ませ、二発目の銃弾で長距離狙撃を敢行してのけた少女。たとえ三発目が予備だとしても……使ってないのであれば、必要としたのは実質二発だけだった。

 言葉だけなら、何とでも言える。けれども……敵狙撃手スナイパーの前に無防備に身を晒しても撃たれていない姫香や、狙撃によって再び地面が弾けていない状況が、それを証明していた。

「嘘、でしょう……」

 ケースを閉じ、再び背負ってから近寄ってくる姫香を、カリーナは異質な存在として見つめてしまっていた。

 元が市販品とはいえ、自らが調整した狙撃銃ライフルを過信する気はない。けれども、本来であれば何発も撃たなければならない調整作業ゼロインを一発で済ませ、かつ次弾で当てる感覚センスは、個人の資質だけでどうにかなる問題ではなかった。

 それこそ……何丁もの銃をただ撃ち続けるだけで壊してでも、研鑽を積まなければならない程に。

「あなた…………一体何なの?」

「…………」

 その言葉に、姫香は一度首を傾げてから戻し、こう言い放ってきた。


「『運び屋』、荻野睦月の女。はただ……それだけよ」


 急いでこの場を立ち去ろうとする姫香に手を引かれながら、カリーナはただ足を動かして、追い駆けるしかなかった。

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