057 案件No.004_荷物の一時預かり及びその配送(その9)

 教師にも、様々な種類の人間がいる。

 生徒想いで親身なタイプもいれば、気持ちが強すぎて教育に熱中し過ぎてしまうタイプもいる。逆に、仕事の一つとしか見ていない人間もいれば、生徒である未成年によこしまな気持ちを隠して近寄ろうとする人間も僅かばかり、存在する。

 しかし……くだんの教師は、『学校の先輩』の延長にあるような人物だった。

 たとえ問題トラブルが起きても原因を最後まで調べず、ただ『喧嘩両成敗』で済ませようとする、大人に・・・なりきれて・・・・・いない・・・教師だ。

 だからいじめ問題に対しても、適当に話の場を設けて謝罪し合わせ・・・・れば、簡単に解決できると考えてしまう。実際は加害者と被害者の関係にも関わらず、『子供の喧嘩』としか見れない、『いじめを知らない』者の意見を押し通してしまい……その結果、一人の少年が命を絶ってしまった。

 最後の結末に至るまで、考え切れなかったのだろう。生徒がいじめの証拠を外部・・に漏らしたことで、『感情的な衝動』か『悪足掻きの口止め』か、加害者の生徒やなあなあで揉み消そうとした教師達が、寄って集って被害者の少年を追い詰めたのは。

 後は全員で口裏を合わせれば、もしかしたら揉み消せたのかもしれない。けれども、彼等は運が悪かった。

 その当時者達も思わなかっただろう……


 ……それをきっかけにして、自らを裁く死神を生み出すことになってしまうとは。


「はぁ……はぁ…………」

 その教師とて、『過去の出来事』にはもう関わりたくないと、自分の人生から忘れ去りたいと考えていたかもしれない。

 しかし、皮肉にも彼は宝くじを当て、大金を手に入れてしまった。退職して人生が終わるまでは悠々自適に暮らせる程ではないが……殺し屋を雇い、『過去の出来事』を揉み消せるだけの金額を。

 そして、偶々連絡のついた『略奪者プレデター』という殺し屋に、ある少女を始末するように依頼した。報復か畏怖かすら、自らの考えを推し量れないままに。

 ただ、そこまでは良かったのだが……やはりそこは素人、どうしてもボロが出てしまう。


 ――トーン…………


「ひぃっ!?」

 成人男性よりもはるかに、下手をすれば自分の半分にも満たない重さから生まれる足音。にも関わらず、教師は足を止めることなく、むしろさらに力を込めて走り出した。

 一歩でも、一秒でも、たとえほんの刹那の距離や時間であろうとも……その脅威から逃げ切る為に。

「ゃっ、ゃ……嫌だぁ…………!?」

 運動部の顧問で、自らも指導の為に、普段から身体を動かしている。しかし肝心の肉体は軋み、その奥底から喉元を通して、強引に叫ばされてしまう。だがそれでも、背後から迫りくる死神の軽い足音が止む気配はない。

「なっ、なっ……」

 何故、こうなってしまったのかと、もつれかける足を動かしながら、教師は自問自答した。


 ……自分はただ、生徒間の問題を解決・・しただけなのに。


 たしかに、結果としては失敗した。だが、自分だって人間なのだ。失敗だってするし、全てに正しい選択を下せるわけではない。それで生徒が死んでしまっても、教師が責められる謂れはない……はずだった。

 だが結局は、人気のない……かつての職場である廃校にただ一人、追い込まれていた。

「やっ……止めろっ!」

 とうとう投げ出されてしまった身体を反転させ、未だに追い駆けてくる死神に対して、教師は叫んだ。

「何で……何で、俺がこんな目に…………っ!?」

『…………』

 ただ……その叫びに対しても、沈黙しか返ってこなかったが。

 電気も通らず、外への道には侵入者防止用の板が張り巡らされている。しかし、人の手で施されている以上、その閉鎖空間も完璧ではない。

 微かな隙間から外の明かりが差し込まれ……


 ……『狂気の象徴ペストマスク』だけが、暗闇より浮かび上がってきた。




 派手な爆発音と共に、廃校舎と化したかつての学び舎が崩れ落ちていく。その様を、凛とした和服姿の老婆が、煙管キセル片手に眺めていた。

 一人離れた場所でぽつんと立つ女性、和音は廃墟と化した校舎から出て来る小柄な人物に視線を移す。やがて、不気味なマスクを身に着けた小柄な人物が傍で立ち止まったのを見て、紫煙と共に言葉を吐き出した。

「終わったのかい?」

『…………』

 マスクをつけた小柄な人物、パーカーを羽織った少女、『爆弾魔ペスト』こと和音の孫――鳥塚弥生は黙って、自らの顔を晒した。

「うん、終わった……」

 懐から取り出した眼鏡を掛けながら、弥生は振り返った。祖母である和音の方ではなく、今も崩れゆく校舎の方を。

「……で、いいのかな? ボクの・・・件だけだけどね」

「ならここにもう、用はないね。さっさと帰るよ」

 携帯灰皿に煙管キセルの中身を落としてから、和音はさっさと歩き出していた。弥生もそれを追い掛けるようにして、ペストマスク片手に駆け出そうとした。

 ただ、動き出すその前に一度、口を開いてからだが。


「…………バイバイ」


 それが、かつて弥生と共に笑い合っていた少年に向けてか、崩落した校舎の下敷きになってしまった『自分勝手で無責任な』教師に対してか、それとも……過去の泣き虫な自分への完全な決別だったのか。

 もしかしたら、無意識に振り返って何となく、そう漏らしただけなのかもしれない。

 けれども、弥生はもう……後ろ・・を振り返ることはなかった。




 じゃり、と鳴った足音に振り返ってみると、そこには英治が立っていた。

「終わったのか?」

 奇しくも、和音が漏らしたのと同じタイミングで、睦月もそう問い掛けていた。それに英治は懐の回転式拳銃リボルバーを抜き、銃床を向けて差し出しながら答える。

「ああ……終わらせてきた」

「そうか……」

 英治から空薬莢が装填されたままの回転式拳銃リボルバーを受け取った後、睦月はそれで興味を無くしたとばかりに、眼前の惨状に視線を向けた。

「ぁ……かひゃっ…………」

 まだ……生きているのが、不思議な位だった。

 アクゼリュスは虫の息だったが、それももう限界に近い。

「殺してないのか?」

「俺にとっては、どっちでもいいからな……お好きにどうぞ」

 そもそも戦闘自体、睦月にとっては仕事中に発生した、突発的な問題トラブルだ。その相手をどうするかまでは、自分の身に危険が及ばない限りは決める必要がない。

 それだけ、実力の……いや、相性の差が開きすぎていた。

「弥生の婆さんに売る・・。ちょっと電話してくるから、一応生かしておいてくれ」

「……この状態で?」

 辛うじて身体は無事だが、手足の方はまともに動かせられるとは思えない。完全なだるま状態のアクゼリュスを生かすとなると、それこそ骨だ。

 だから英治は、昔馴染み・・・・に頼ることにした。

「これから有里を呼ぶ。ここからあいつの診療所は近いから、すぐに来るだろう」

「それでこの場所選んだのか……」

 そう言えば、と今の・・診療所からはあまり離れていないことに、いまさら気付く睦月。重機塗れのことといい、今回ばかりは英治の周到さ、いや執念深さには思わず舌を巻いてしまう。

「にしても……よりにもよって狂医学者あいつとか、哀れだなこいつも」

 同郷の『医者』へと英治が電話を掛けようとする中、手に持っていた回転式拳銃リボルバーを近くに置いた睦月は……静かに自動拳銃ストライカーを引き抜いた。

「……どうした?」

 取り出しかけたスマホを仕舞う英治に、

「バイクのエンジン音……」

 睦月は警戒するように目を細めながら、こう返した。


「……誰か来る」


 それからの行動は早かった。

 未だに呻くアクゼリュスを放置し、睦月と英治はそれぞれ、手近な物陰へと隠れた。

 一度弾倉マガジンを抜いて残弾を確認する睦月に、辛うじて残っていた.38口径の銃弾を再び抜いた回転式拳銃アンチノミーに装填していく英治。

 後は、銃口を向けて引き金を引けば鉛の塊を撃ち出せる状態にした二人は、じっと待った。

 やがて、突然の侵入者である大型自動二輪のバイクを乗りこなす者が、睦月達の視界に飛び込んできた。ヘルメットを被り、ライダースーツを着ているので誰かは分からないが、胸部の発育の良さから、女だということはすぐに分かった。

 やがて、警戒する二人と虫の息の一人、計三人の男達の前で、謎のライダースーツの女はヘルメットを外し、その顔を晒した。


「さて……さっさと出てきてくれない?」


 その、少し彫のある顔立ちは、睦月達のよく知る人物のものだった。何せ、つい直前まで……英治が電話を掛けようとしていた相手なのだから。

「あいつ……もしかしなくても有里か?」

「ああ、そうだ……」

 久し振りに対面する昔馴染みに戸惑う英治に返事をしてから、睦月は物陰から出て……自動拳銃ストライカーの銃口を向けたまま、有里に対峙した。

「……で、お前何でこんな所に?」

「弥生さんのお婆さんに依頼されたのよ」

 ヘルメットを停車させた大型自動二輪のバイクの座席に載せた有里は、睦月が向けてくる銃口を気にも止めないままサイドバックに手を伸ばし、中の荷物を引き出していた。その間にも口は開き、続いて出てくる英治共々、事情を話し聞かせてくる。

「と、言っても……『死んでるかもしれないが、生きていたら助けておやり』って半ば投げやりだったけどね。『ついでにの身柄も回収しといてくれ。できれば生きたまま』とも言ってたわね」

「これ……『手間が省けた』って喜んでいいのか、『未だに保護対象として見られている』って嘆いていいのかが、分からないな……」

「俺はさらに、『取り分横取りされた』って考えも浮かんでくるよ……」

「俺も……保険・・の対象でないことを祈るよ」

 馬鹿高い銃弾で散財し、かつては家賃の滞納をしかけた程に貯蓄の余裕がない。だから少しでも、手持ちの足しにしようとしていた英治だったが、弥生の祖母である和音は先手を打ち、有里を動かしてきたのだ。どう転ぶかは分からないが……別の金策に思いを馳せる方が現実的であることは、すぐに理解できた。

「それにしても……」

 美容師等が持つシザーケースを改造して作成した、専用の医療器具収納ポーチを腰に巻いた有里は鉄骨の隙間を潜り抜けて行き、アクゼリュスの傍にしゃがみ込んで脈拍や瞳孔をテキパキと確認していく。その間も口は閉ざさず、睦月達に声を発していた。

「……まさか、『セフィロト』の後継組織が存在してたなんてね」

壊滅・・できても、殲滅・・させられなかったからな……生き残り位は居るだろう?」

「その何割かは睦月お前のせいだけどな」

 バツが悪そうに唇を歪める睦月に対して、有里は近くに停まっている重機を指差して指示した。

「いいからあれで鉄骨退かして。後は私の方で回収しとくから」

 おそらくは麻酔の一種だろう。アクゼリュスの首筋に注射器を突き立て、中の液体を注ぎ込んでいく有里。睦月は一度溜息を吐いてから、指し示された重機の方へと、自動拳銃ストライカーを仕舞いながら歩き出した。

「にしても、不思議なんだけどさ……」

「何が?」

 アクゼリュスの昏睡状態を確認してから、有里は立ち上がって注射器をポーチの中に仕舞い込んでいる。その後、英治の方を振り返ってから、静かに耳を傾けていた。

「殲滅できなかったとはいえ、『セフィロトこいつ等』壊滅状態だったろ? どこで再起を図ってたんだろうな、って」

 時が経てば、程度にもよるが傷も癒える。それは人も、組織も変わらない。

 ただしそれは、『誰か何かに邪魔されず、可能な範囲で手段があれば』という条件が伴う。じっくりと腰を据えて、休めばたしかに組織を立て直す算段も立てられるだろう。しかし、それを世界のどこで行えるというのだろうか?

「一ヶ所あるぞ。都合の良い所が」

 英治の疑問に、すぐに答えを用意できたのは睦月だった。

「……ああ。もしかすると無関係じゃないのかも」

「私も同意見。時期も被ってるし、そんなもちらほら聞くこともあったから」

 医者であるだけに頭も回るらしく、有里もまた、睦月同様に答えを出していた。未だにちんぷんかんぷんで自らの髪を掻き乱しながら、英治は改めて問い掛けてくる。

「……で、どこなんだよ? そこは」

「あるだろうが……悪足掻きワンチャンでき狙えそうなが」

 これまでの二人の会話、そして睦月の『国』という発言に、英治はようやく回答を導き出せた。

「ああ! そうか、あそこか……」

 そこで、三人の声が揃う。


『……暁連邦共和国』


 そう、犯罪者の亡命すら受け入れようとするあの国であれば、組織ごと身を寄せることもできるかもしれない。もしくは、『セフィロト』時代の組織の一部を、建国時のどさくさを利用して紛れ込ませていたかもしれない。

 ……そもそも、『セフィロト』や『クリフォト』自体が、暁連邦共和国が秘密裏に組織した存在だという可能性もある。

 考え出してしまうとキリがない上に証拠は何もないが……少なくとも、ここまでくれば無関係である可能性は、皆無と言えるだろう。

「とはいえ……これ以上は考えるだけ、時間の無駄だな」

 運転席周りにある制御盤のカバーを剥がして直接エンジンを始動させた睦月は、足回りクローラ用のレバーを掴むことをきっかけにして、無理矢理意識を切り替えていく。

「詳しいことはアクゼリュスそいつから、有里か婆さんが聞き出すだろう。後は任せるよ」

「だったら、さっさとしてくれない? ……もうすぐ見たいドラマが始まるんだけど」

 へいへい、と数少ない・・・・年下の・・・昔馴染みにそう応えてから、睦月は重機を前進させた。





 ――Case No.004 has completed.

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