056 案件No.004_荷物の一時預かり及びその配送(その8)

 ――ドガッ!


(これで…….500口径はラストか)

 硝煙が立ち込める回転式拳銃アンチノミーの銃口を下げながら、英治は一歩下がった。

「ってぇ、なぁ……」

 しかし、.500口径の強力な銃弾を腹部で・・・全て受けきったリーヌスからは、未だに膝を付く気配が出てこない。

「一体どうなってんだよ……」

 思わず呟きたくなってしまうが、言っていても仕方がない。英治は懐に手を入れると、自動拳銃オートマティック弾倉マガジンに見える物を取り出した。

「……ん?」

 一瞬、『略奪者プレデター』の眉が顰められる。英治が使っていた得物が回転式拳銃リボルバーであり、かつ口径も仕様も違う自動拳銃弾では装填ができない。それにわざわざ、使えもしない弾倉マガジンに詰めて携帯する意味もなかった。

 だからこそリーヌスは訝しみ、


 ――カチン……


 ……反応が遅れてしまった。


 ――バシュゥゥゥ……!


 英治がリーヌスとの間に投げ捨てた自動拳銃オートマティック弾倉マガジンから、大量の煙幕スモークが吐き出されたのだ。本来であれば有り得ない現象に、さしもの『略奪者プレデター』も、反応できずにされるがままとなってしまう。

「ちっ!?」

 思わず舌打ちするリーヌスを背に、英治は構わず撤退した。

「本当、用意がいいよな。睦月の奴……」

 銃弾の詰められていた紙袋の中には、回転式拳銃リボルバーには不要なはずの、自動拳銃オートマティック用の弾倉マガジンが入れられていた。だがそれは、睦月が銃弾と一緒に紙袋に入れていた……弾倉マガジン型の煙幕スモーク手榴弾グレネードだった。

 付箋の貼られていた弾倉マガジンを見て、最初こそ何かと思っていたのだが、記載されたメモの内容を読み、念の為にと懐に入れていたのが功を奏した。リーヌスの視界から消えることができた英治は煙幕スモークを盾にすることで、脱出を図れたのだから。

(にしても……何で弾倉マガジン型?)

 もっとも、何故弾倉マガジン型なのかまでは、英治にとっては謎でしかなかったが。

 しかし、優先順位はそこまで高くないからと、英治は弾倉マガジン型云々については意識の外に追いやってしまう。そしてリーヌスから少し離れた場所に隠れて、そのまましゃがみ込んだ。

 適当な資材置き場の陰なので、時間を掛けて探されてしまえばそれまでだが……英治の目的を考えれば、一時的でも問題なかった。

(今の内に……)

 と、英治は回転式拳銃アンチノミー回転式弾倉シリンダースイングアウト振り出した。

 撃ち尽くして焦げ付いた空薬莢を全て排莢した後……英治は.500口径の五連装回転式弾倉シリンダー取り・・外した・・・

 今度は.500口径よりも小さな穴が開いた、六連装の回転式弾倉シリンダーを取り付け、睦月から受け取ったもう一種類の方の銃弾を使えるようにする。

(これで駄目なら……)

 確信があるわけではない。けれども、手持ちの.500口径弾を全て叩き込んだのだ。最悪の場合は多少の不利に目を瞑り、頭を狙えばいい。何せ今度は、普段から使い慣れているの銃口を使うのだ。先程までの大口径よりも扱い易かった。

(……ま、そん時考えるか)

 回転式弾倉シリンダー全ての穴を銃弾で塞ぎ終えた英治は右手を振り、回転式拳銃アンチノミーの銃身に叩き付けるようにして押し込み、レバーを切り替える。

 これで……全ての・・・準備は整った。


「……『全部撃ち抜いてやる』」


 誰にともなく呟かれた言葉を言い終えた瞬間、英治は立ち上がって身を乗り出し、回転式拳銃アンチノミーを構えた。




煙幕スモーク手榴弾グレネードか……まさか弾倉マガジンに似せて作ってるとはな)

 煙幕スモークが晴れるのを待ち、視界を確保したリーヌスは、先程英治が投げ捨ててきた弾倉マガジン型の煙幕スモーク手榴弾グレネードを爪先で軽く蹴った。

 余裕があれば、後で拾い上げて回収するのも一手だが、今はそれどころではない。

 用途は様々あれど、戦闘中に煙幕スモーク手榴弾グレネードを使う理由は限られてくる。そして、主な理由の一つは『相手の視界を奪う』ことだ。現に、先程までいたはずの英治は、その場から姿を消している。

 そのまま逃げるのか、それとも単なる時間稼ぎか、までは分からないが……少なくとも、『略奪者プレデター』の方に撤退する理由はない。

(にしても、まさか.500口径とはな……)

 特注の防弾ベストでなければ、銃弾を防げずに貫通していたかもしれない。多少は・・・衝撃も吸収できていたが、まだ装備は不完全だということだろう。耐えられる程とはいえ、リーヌスの身体内はかなり揺さぶられていた。

(……もっと改良が必要だな)

 元々、『略奪者プレデター』が『クリフォト』からの依頼を請けた理由は、そのお零れを得ようとしていたからだった。


 リーヌス自身も、探していたのだ。腕の良い……『武器職人』を。


 彼が殺し屋になったのは、傭兵時代に殺人の快楽を覚えてしまったのが理由だった。

 特に、一方的に相手を追い詰めてから、その眼前で殺意の刃を振るうことに、言いようのない悦びを感じていた。その快楽を得る為だけに、リーヌスは特注の防弾ベストを製作した。より正確に言えば、あらゆる『武器職人』に作らせたり改造させたりを繰り返し、今の装備に仕上げてきた。

 そんな折に、『武器職人』を勧誘している『クリフォト』と接触したのだ。

 同時に、『傭兵』として『クリフォト組織』に誘われてはいたものの、現状では依頼を請ける程度に留めている。無論、それは自分の目的である『完璧な防弾装備』を作成する為であり、必要であればその限りではなかったが。

 そんな中で行われた今回の依頼の皮を被った復讐劇だが……リーヌスは自らの勝利を確信していた。

(まだ、あいつは防弾ベストこいつの絡繰りに気付いてない。今回も余裕だな……)

 顔を隠さないのは、頭だけなら長年の経験で回避することが可能だからでもあるが……それ以上に、視界を相手の絶望しきった顔で埋め尽くしたいという、歪んだ欲望の為だった。

(にしても……あのタイミングでの煙幕スモーク、もしかして弾切れか?)

 だったら逃げている可能性もあるが、リーヌスは足を止めて、むしろ身構えた。

(逃げ切れなくて観念した……じゃ、ねえな!」

 途中から本能で声を発し、気配のした方へと身体を向けて構えるリーヌス。

 同時に、先程まで戦っていた青年の声が聞こえてきた。

「……『全部撃ち抜いてやる』」

 身を乗り出し、両手で構えた上下二連銃身付の回転式拳銃リボルバーの銃口をこちらへと向けてくる。しかし、視線と銃身の角度から、リーヌスは相手の狙いを一瞬にして看破した。

「懲りねえ奴だなっ!」

 いつかは撃ち抜けるかもしれないが、それは今ではない。

 本当はまだ銃弾が残っていて、それを取り出す為に一度下がったと考えたリーヌスに対して、


 ――ダァ! ン……


「……ぁ、がふぉっ!」

 の銃口から放たれた銃弾が予想に反し、その肉体を貫いていた。




「ふぅ…………」

 小さいが、防弾ベストに9mm・・・口径程の穴が開いた。腹部から血を流しながら、『略奪者プレデター』は前のめりに倒れていく。

「ギリギリ足りたか……」

 スイングアウト振り出した回転式拳銃アンチノミー回転式弾倉シリンダーから.38・・・口径のマグナム高威力の弾の空薬莢を排莢した。撃ち尽くされた全弾・・を新しいものへと再装填してから、英治はゆっくりとリーヌスの元へと歩き出す。

 なんてことはない、よくある話だ。少なくとも……物語の世界フィクションや英治にとっては、だが。

 たしかに、『略奪者プレデター』相手に.500口径弾では効果を得られなかった。そうとしか捉えられない程、銃弾を防がれていたと言っても過言ではない。だが、英治は敢えて、腹部を狙い続けた。

 腹部の一点・・を狙い、損壊させる為に。

 全弾同じ場所を狙えたわけではなく、桁違いの威力で腹部全体・・にダメージが行き届いてしまう。だからリーヌスも、英治の狙いには最後まで気付けなかったのだ。


 上段の銃口から放たれる.500口径で十分にダメージを与えてから、下段の.38口径から銃弾を連続して放ち、撃ち貫くという狙いに。


 それが、英治の愛銃である上下二連銃身付回転式拳銃リボルバー、『ANTINOMIE』の特性だった。

 弾倉を交換して銃身のレバーを切り替えれば、五連装の.500口径上の銃口でも、六連装の.38口径下の銃口でも、自在に発砲できる上下切り替え式の回転式拳銃リボルバー。それこそが英治の愛銃、回転式拳銃アンチノミーの正体だった。

「が、ぁ……」

「……特注の防弾が仇になったな」

 .500口径弾で脆くなった一点を.38口径のマグナム高威力の弾で撃ち抜く。それも一発ではなく、一発の銃声に聞こえる程の連射で、だ。だからこそ貫けはしたものの、放たれた銃弾は、未だにリーヌスの身体内に残っている。

 背中側の防弾部分に防がれて、身体の外へと飛び出せなかったのだ。

 未だに内臓を削いでくる銃弾に悶えるリーヌスから数歩離れた場所で立ち止まった英治は、その様子を静かに見下ろした。

「ご自慢の装備を撃ち抜かれた気分はどうだよ、『略奪者プレデター』」

「ぁ、はは……はははは…………!」

 身体内に残っている銃弾が暴れているにも関わらず、リーヌスは、殺し屋『略奪者プレデター』は笑っていた。

 もはや、笑うことしかできない状況になってしまったかのように。




「はははは…………はぁ」

 一頻り笑い終えてから、リーヌスは膝立ちになって、英治の方を向いた。

 英治の手には今でも回転式拳銃リボルバーが握られているものの、銃口は二つとも、地面へと向けられている。

「ここまでか……」

 すでに、『略奪者プレデター』は覚悟を決めていた。

 この状況ではもう助からない。命乞いをしても無駄だろう。後の問題はただ一つ、


「……殺すのか?」


 英治の、次の行動だけだった。

 普通であれば、このまま止めを刺されるか、そのまま放置されるだけだ。万が一にも治療を受けられる可能性もなくはないが、どう考えても現実的ではない。

 それに……『略奪者プレデター』には、味方が一人もいなかった。この場での連れであるアクゼリュスも、今は別の場所に居る上に状況も分からないので、期待もできない。だから助っ人なんて、都合の良いことが起きるわけがなかった。

「いいや……そのまま野垂れ死ね」

 だから英治の行動も、想定の・・・範疇・・だった。

 英治は回転式拳銃リボルバーをレッグホルスターに仕舞うと、そのまま背を向けて歩き出していた。ただ相手に無様な死を与えたいのか、それとも誰かが助けに来ても一向に構わないのか。

 どちらにせよ、英治はリーヌスに背を向けて、立ち去っていく。


 ……その背中に、『略奪者プレデター』は素早く立ち上がって、アームガードに仕込んだ鉤爪を構えて振りかぶった。


 膝立ちだった上に、身体の中には銃弾が残留して激痛に苛まれている。普通なら完全に油断しきっているところへと、リーヌスは強引に身体を動かし、飛び込んでいた。

 それが、生命いのちの価値も知らずに『殺す』と宣うそこらのチンピラと、自らも含めて価値がない・・・・・ものと覚悟し、最期まで楽しもうとする殺し屋サイコパスの違いかもしれない。

 最期の瞬間まで、『略奪者プレデター』は己が欲望に忠実であろうとし、英治へと飛び掛かっていく。


 ――キィン……!


 ……だが、その鉤爪は届かなかった。

「っ!」

 鉤爪に、何かの金属が当たった。そのせいで、刃は英治から逸れ、虚空を切ってしまう。

「俺は、は殺さない主義だ。だけどな……」

 そして次の瞬間、リーヌスの視界に飛び込んできたのは、


「……人じゃない・・・・・なら、話は別だ」


 先程まで使っていたものとは別の……市場に出回っているような、ありふれた回転式拳銃リボルバーが、英治の右手に握られている光景だった。




 ――キンッ! キキン……


 左手で弾き、『略奪者プレデター』の鉤爪へとぶつけた空薬莢が、地面を転がっていく。

「…………」

 銃口から未だに燻っている硝煙を振り払った英治は、睦月から借りていた回転式拳銃リボルバーを懐へと戻した。

 銃弾を全弾・・頭部に浴び、脳漿を撒き散らした『略奪者プレデター』は、リーヌス・ゼルゲはそのままこと切れていた。頭蓋そのものを破壊されたのだ。すでに物言わぬ死体と化している。

(……ようやく、終わったな)

 精神的に・・・・ふらつく足を強引に動かし、英治は死体に背を向けて立ち去った。

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