054 案件No.004_荷物の一時預かり及びその配送(その6)
元々、睦月は周囲の目を気にする
だから町の外に出て、秀吉の仕事に付き添う時はいつも人見知りで、内心オドオドとしていた。実際、人とは違う行動を取る度に、『本当にこれでいいのか?』と後悔することが多く、今でもその傾向が少なからず残っている。
これが
さらに、問題なのは……その『後悔しやすい』思考回路が、睦月の冷静さを今でも奪っていることだった。
『本当……もう少し、冷静になれよな』
『分かっ、てるよ……たく、』
いつもの
その日の舞台は山の中で、味方は隣にいる姉貴分の少女一人。他は全滅している上に、相手のリーダーは自分達のガキ大将。状況は明らかに不利だった。
『まさか……戦闘職ほとんど取られるとはな。おまけに相棒は
『当たり前だろうが……』
たかだか
『今日は負け、でいいだろう? もうさっさと降参しないか?』
『あ~……断る』
木々に囲まれた森の中。
子供二人を隠せる程の太い幹を持つ一本にもたれながら、少女は睦月の戯言を切り捨てた。
『今日
『いや、これもう無理だろ。
半ば叩かれる勢いで、睦月の口に何かが突っ込まれた。
食べ物なのかも分からないので、咀嚼しながらその正体を探ろうと舌を動かす。口内の味覚と触覚、そして口腔から鼻腔へと漂ってくる匂いを嗅覚で探ることで、ようやくそれが、ただのキャラメルだと判断できた。
『何、常識に囚われてんだよ……アホかお前は』
無論、勉学に不要な駄菓子類を持ち込んではならないという校則は、こんな田舎町という閉鎖された環境下にある学校でも、普通に適用されていた。しかも今、睦月達は授業の一環で山の中に来ている。
明らかに校則違反にも関わらず、少女は自分の口にもキャラメルを一つ入れながら、吐き捨てるように告げてきた。
『大事なのは
『……じゃあ、お前の言うことも無視していいことにならないか?』
『だから今、説得してるんだよ。面倒臭ぇのに……』
全体の人数は十二人。六人ずつ分かれてて、向こうは一人、こちらは四人がやられていた。単純な数でも向こうが上、おまけに『喧嘩屋』や『傭兵』、『剣客』まで揃っている。
そんな状況でも諦めない少女に、睦月は思わず溜息を吐いた。
『せめて、相手を選ぼうぜ。別に
『
単なる負けず嫌いだとは、睦月にも理解できている。それでも少女は、何故か説得を諦めようとしてこない。
『少なくとも、
『……自分が先に諦めるのは良いのかよ?』
『諦めたのは、『自分で考える』ことだけだ。だから、』
睦月の身体が揺れる。少女に肩を叩かれたからだ。
『お前に
『…………』
一方的な期待に、睦月は思わず顔を顰めてしまう。
『どうせ負けは確定なんだろう?』
しかし少女は、気にすることなく後頭部を両掌で覆ってから、もたれている木に頭も預けだした。
『だったら……最後に、好きなように暴れたっていいんじゃないのか?』
『簡単に言ってくれるよ……』
『……でも、できるんだろう?』
そう言って見つめられるのが、ただ期待されるのが……その期待に応えられないんじゃないかと不安になるのが、睦月にはどうしても耐えられなかった。
だが少女は、別に構わないとばかりに立ち上がり、頭上から睦月のことを見下ろしてくる。
『『今日は負け』でいいんだろう? だったら次の為に、ちょっと無茶してみないか?』
『……俺に何を期待してんだよ?』
『ふざけた発想』
こればかりは、睦月も思わず鼻を鳴らしてしまった。
『たく……分かったよ』
だが唇は歪み、どこか嘲笑うような笑みを浮かべてしまう。
『何か、頭も冷えてきたしな……別に、失敗してもいいんだろう? だったらやってやるよ』
『おう。やれやれ』
睦月の脳裏に浮かぶのは以前、図書室の本を読んでいた時に偶々見つけた記述。そこに記された内容を、なんとなく気に入ったのか、すぐに思い出せた。
内容こそ実用的だったものの、その思考の仕方が、当時の睦月にはどこか格好良く思えてしまっていた。
そんな中二的な
それ以来、睦月はその考え方に沿って、
『…………状況を整理しよう』
冷静に、冷徹に……冷酷に。
ただ、物事の解決を図るようになった。
――
(
英治とリーヌスについては、考えなくてもいいだろう。結局は二人の問題だ。
――
(
状況によっては二対一でも問題ないだろうが、態々自分から不利な状況に飛び込む理由もない。手段にもよるが、無理して全員を相手取る必要性は、まったくなかった。
――自分は今、
(
今回はまだ、楽な方だった。少なくとも、投擲以外の飛び道具や手段は見られないのだから。
――自分の手元には、今
(
英治が必ず勝つとは限らない。ましてや、ただ逃げ回って時間を稼ぎ、駆け付けてくれるのを待つのも現実的じゃなかった。そもそも、二人掛かりで挑む
だったら最初から、居ないものとして扱った方がまだ確実だ。
――自分が今、
(
思わず思考が空回りしかけるが、睦月はどうにか思い留まった。今考えるべきは、そこではない。なので一度保留にし、次の項目に思案を巡らせていく。
――自分が取れる
(
手元に
――そして結論を、自分の
(以上を踏まえて、依頼を達成させる為の絶対条件――
思考は纏まった。後は、実行に移すのみ。
――小細工を弄し、悪辣に相手を追い込む。
睦月は立ち上がり、
「あいつは、俺とは違うからな……放っといても、勝手に何とかするさ」
英治が囮の位置情報で打ち捨てられた工事現場を選んだのも、人目を避ける為だけではない。ここならば少なくとも、場所だけで言えば……『
「随分な信用だな……」
「ああ……怖い位にな」
総合的に言えば、十二人の中で最強なのはガキ大将の少女一人。おまけに、睦月自身戦えないこともないが、英治達『本職』には到底及ばない。
だが……それは戦闘に限った話だ。
世間的に、ASDをはじめとした発達障害を持つ人間は、人としての
過去の人物なので定かではないが……たとえば、幼少時は『大うつけ』と呼ばれていたにも関わらず、後に『第六天魔王』と自らを称した英傑とか。
「あいつの容赦のなさは本物だ。止めたかったら、方法はただ一つ……意識を切り替えさせる前に、殺すしかない」
だからこそ英治は、睦月を敵に回したくなかった。
心情的にも……現実的にも、だ。
(普通いるかよ……訓練だってのに、ガチで殺しに掛かってくる奴なんて)
鳥獣保護法に守られている上、殺せば悪臭や病原菌をばら撒く哺乳綱翼手目。
――蝙蝠には手を出すな。一度手を出してしまえば、必ず厄災を撒き散らす。
……気配が消えた。
(どこに行った……?)
人が何かの気配を感じ取る時、それは微弱な静電気の変化を無意識下で感知しているという話がある。しかし、それは所詮意識できない感覚でしかない。
だからこそ、人が誰か何かの気配を探る時は、大抵の場合は五感の一部を頼ることになる。
目で探り、耳を澄ませ、匂いを辿る。アクゼリュスは角錐型の得物の持ち手を掴み直した。
傍から見れば、パイプフレームを武器に見立てて構える間抜けな構図だが、その実態は攻防一体の組み立て刃だ。畳んで持ち手を振れば剣にも
ドーム状態で振り回せば、全面防御も図れる。本来であれば円形が望ましいのだが、反銃社会で武器の所持に厳しい日本に合わせて今回、アクゼリュスは携帯時の利便性を優先した組み立て式の角錐型を選択していた。
(銃声がすれば、すぐに
たとえ全面防御が可能だとしても、不意の攻撃というのは不気味なものだ。
特に……姿を見せない敵に対しては。
(ああ、疲れる……)
よけいな手間を増やしてくれたと、睦月は手元のワイヤーを巻き付けながら、音を立てないよう、心の中だけで溜息を吐く。
似たような武器を装備した
(……よし、こんなもんか)
貫通力の高い5.7mm小口径高速弾とて、理屈で言えば、物質を貫く力が強いだけの話だ。勢いを削がれるように弾かれてしまえば、その長所は簡単に殺されてしまう。しかも小口径の為に着弾面も狭いので、あの細長い骨組み刃を狙い砕くのは難しい。
攻撃手段が銃器だけであれば、睦月はあっさりと殺されてしまっていただろう。
――……
(小細工は済んだ……)
昔使った手の流用だ。その手段を実行する為に必要な物は揃っている。
大方、それで
(後は、悪辣さをもって……)
アクゼリュスの位置情報は常に掴んでいる。念の為、多方面に動かせるよう
だが、何事も運転と一緒だ。『だろう』と相手を軽く見るよりも、『かもしれない』と多少の過大評価を加味しておけば、見縊らずに油断せず……勝利を掴める。
だから睦月は、『銃弾以上の威力』を『確実にぶつける』手段を用意した。
とはいえ、それは
(……仕事を片付けるだけだ)
――現実的に可能であれば、どんな手を使おうとも、だ。
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