052 案件No.004_荷物の一時預かり及びその配送(その4)

 ……すでに、家は焼け跡と化していた。


『あ、あ……』

『カリーナ落ち着けっ!』

 帰宅途中から、嫌な予感はしていた。

 二人が住んでいる田舎町の方で黒い煙が上がっているのを見て、どこかで火事が起きたのかと思った。その考えは正しかったが……結果は最悪だった。

『まだ中に残っているかは……爺さんっ!』

『英治! お前達、帰ってたのか……』

 英治達を見つけたハンスが、急いで駆け寄って来る。近くに商売道具であるはずの料理屋台はない。煙を見て、同様に駆け付けたのかもしれなかった。

『こいつの両親は!?』

『すまん! 儂も今、駆け付けたばかりで状況が……』

 しかし、家の近くだったことが幸いしてか、何人かの知り合いが三人に近寄って来ている。中には英治が世話になっている、バイアー夫妻も居た。

『爺ちゃんに婆ちゃん! 中に居た二人はっ!?』

『こっちも探しているところだ! 後は……』

 その一言で、英治はカリーナの方を見た。今はぺトラの胸の中で、嗚咽を漏らしている。少なくとも、今すぐに無茶をすることはないだろう。

『爺ちゃん……カリーナと荷物を頼む』

 返事を待たずに英治は焼け跡へと、かつてはカリーナの家があった場所へと踏み込んでいった。余計な荷物を置いてきたので、手元にあるのはレッグホルスターの愛銃だけ。

『……酷いな』

 火事が、ではない。英治の鼻孔を擽る……血の匂いが、だ。

『血が焦げた匂いが強すぎる……火事の前に、何かあったのか?』

 だとしても、もう人の気配はない。今この場に、生者は英治だけだった。

『薬莢が散らばっていない……じゃあ、火元は?』

 銃器工房での火事であれば、真っ先に浮かぶのは銃弾の暴発だ。

 暴発した銃弾が運悪くガスや燃料等に引火し、火事になったとすれば説明が付く。だが、英治が落ちてきた天井板を払いつつ、足元を探りながら歩いていても、空薬莢の類は転がっていない。

 入り口のすぐ近くにあるカウンターの裏で、銃弾の保管庫があるにも拘らず、だ。

(小火騒ぎがでかくなっただけ? それにしては、血の匂いが……)

 火事の前に、大量の血液がばら撒かれていた。

 そうとしか思えない程の、血塗れの焦げ臭さに眉を潜めながら、英治は右手を愛銃の銃床へと置いた。

(頼むから、外れててくれよ……)

 英治の脳裏に浮かんでいたのは、最悪の予想だった。

 何者かが、カリーナの両親を惨殺し、あちこちに血飛沫を撒いてから家に火を点けたという、最悪の予想が。

 外れて欲しいと思いつつも、英治はもう役割を果たせない扉を開けて行き……


『……クソッ』


 床一面に撒かれた空薬莢の中に二つの、無残に散った焼死体を見て……膝から崩れ落ちていった。




 カリーナの元へと戻った英治は、一度皆を連れてバイアー夫妻のパン屋へと向かった。

 カリーナをゲルト達に任せ、居住区に入って行くのを見送った英治は一度外に出て、ハンスが来るのを待つ。

 パン屋へと向かう前、英治はハンスにある頼みごとをしていた。

 やがて、用事を済ませたハンスが、少し早足で駆け寄って来た。

『……爺さん、どうだった?』

『お前の言う通りだったぞ、英治』

 二人は店に入らず、建物の陰に移動してから話し始めた。

『焼死体の周囲に空薬莢が散らばっていた。だが、発砲は一方向・・・からしか行われていない』

『やっぱり、か……』

 しゃがみ込んだ際、焼死体の周囲に散らばる空薬莢を見た英治は、ふと違和感を抱いた。

 空薬莢がばら撒かれた床を見て、おそらくカリーナの両親は襲撃され、反撃したのは分かる。けれども、その空薬莢の中には放たれたはずの銃弾が含まれていなかった。いや、あるにはあったが、それは英治がしゃがみ込んでいた方、店の入り口側にしか転がっているようには見えなかったのだ。

 だから英治は、焼け跡に残された惨状を見て、こう推測した。


 襲撃者に抵抗しようと発砲したものの……相手は意に介さないまま、カリーナの両親を惨殺したのだと。


『片側だけの発砲に、大量の血が焼ける匂い。銃撃を防ぐか避けるかしてから惨殺。骨が砕けた様子もなかったから、おそらくは斬撃。得物が刃物か鋼線ワイヤーかまでは分からないが……』

『……それだけ特徴があれば、特定はできるな』

 殺し屋には、三種類の人間がいる。カリーナの両親を惨殺した後に放火した手口。襲撃者はまず間違いなく、『手段の為に目的を選ばない』人間だ。

 その手の人間の特徴として、それぞれが確立した手段を用いている、いや、その手段に拘っていることが多い。過程や結果、そして狙う獲物や殺し方の手順ルールに至るまで。

『正体が知りたい。頼めるか? 爺さん』

『別に構わんが……どうする気だ?』

『決まってるだろう……』

 英治は店の方を、店内に入るはずのカリーナの方を一瞥してから、ハンスに告げる。

『依頼の内容次第じゃ、次の狙いはまず間違いなくカリーナだ。それでなくとも、目的によってはあっさり見逃されるとは思えない。何より……』

『許せない……か』

 英治は無意識に、ホルスターに納めたままの愛銃に触れた。

『……撃てる・・・のか?』

 英治の答えはシンプルだった。


撃つ・・さ……相手が、誰であろうともな』




 ハンスの調査の結果、殺し屋は特定された。

 名前はリーヌス・ゼルゲ。日系のドイツ人で、浅黒い肌と切れ長の目を持つ男。そして、『略奪者プレデター』の通り名を持つ殺し屋だった。

「爺さんの調べた特徴は……スーツ型の特注防弾ベストと、仕込み鉤爪付きのアームガードだったな」

 相手は、リーヌスはすでにいた。

 今は誰かを待っているかのように、適当な資材の山に腰掛けている。

(さて、どうするかな……)

 まだ睦月は来ていない。英治の手元にあるのは、ここに来るまでに拾い集めた部品ナットのみ。相手の装備から考えて、今挑みかかるのは圧倒的に不利だった。




 リーヌスの請けた依頼はあくまで、カリーナの両親を殺害することだった。理由は『銃器職人ガンスミス』として、仕事を頼んだのに断られたから、らしい。

 最初こそ、ただの逆恨みとも考えたが、実際は違う。


『味方にならぬならば殺せ』


 ただそれだけの為に殺されたのだ、カリーナの両親は。

彼女の方は、今のところは大丈夫そうだ』

 カリーナから少し離れた場所に、英治とハンスは居た。

 今は、葬儀の最中だった。カトリックの神父か、プロテスタントの牧師かまでは分からない。だが敬虔なキリスト教徒として、両親が静かに埋葬されていく様子を、カリーナはじっと見つめていた。

 本来であれば、英治達も参列して祈祷の言葉に耳を傾けるべきなのだろうが、『後程、個人的に礼拝する』と二人は辞退していた。

 ……故人を偲んで見送るには、二人の手は血に塗れ過ぎていたから。

『どっかの犯罪組織に、勧誘されてたらしい。だが二人は断った。『金』よりも『信念』を取ったんだ。そこは素直に称賛したいところだが……』

『……それが駄目なら殺してしまえ、ってか』

 他の者に、自分達よりも優れた武器を持たせたくない。ただ、それだけの……自分勝手な理由で、二人は殺されたのだ。

 だが、二人は無駄な抵抗の果てに、死んだわけではない。

『『カリーナは破門にした』。少なくとも、向こうはこれ以上手を出さないだろう……あの娘が、『銃器職人ガンスミス』を目指さない限りは』

『そればかりはカリーナあいつ次第だが……その後の足取りは?』

『様子見も兼ねて、今はこの地を離れて、別の仕事に掛かるらしい。まあ、当然だろうな……』

 英治の太腿、レッグホルスターに納められた特注品カスタムメイド回転式拳銃リボルバーを見つめながら、ハンスは言った。

『……あの娘の作品は、実質その一丁だけだからな』

『そして、俺があまり愛銃こいつを使わないから……腕前が分からない、ってことか』

 それだけ聞くと、妙な話でもある。

 たしかに腕前は分からないものの、『疑わしきは罰せよ』とも考える人間は一定数存在する。ましてや、相手は手段殺しに魅入られた殺し屋だ。さっさと殺してしまえば、話が早いというのに……

『まるで……何かを誘っているみたいだな』

『誘いに乗らなくとも、いずれ殺しに来るから一緒とも考えられるな』

『狙いは一体……その殺し屋を雇った、っていう組織のことは?』

 ハンスの方を見て、英治がそう問いかけるものの、その首は横に振られてしまう。

『分かったのは、その組織が『略奪者プレデター』を勧誘する一環で仕事を依頼したことと……次に請け負った仕事が、別の個人からのものだということだけだ』

『そう、か……』

『……だが、悪いことばかりでもない』

 その言葉に、英治は眉を揺らした。

『どういう意味だ?』

儂が・・調べられたのはここまでだったが……お前なら・・・・、この先を調べることが可能かもしれない、ということだ』

 英治の目の前に、一封の封筒が差し出された。ハンスがすでに内容を確認したのか、その封はすでに開けられている。

『奴の目的地は日本で……ある日本人女性の殺害を依頼されている』

 封筒を受け取り、中身に目を通した。

 そこには、『略奪者プレデター』が請け負った殺しの依頼の標的ターゲットと、日本の居住地を含めた大まかな人物紹介プロフィールが記されている。

『英治、そこから先を調べられるか?』

 ハンスはそう、静かに問い掛けた。

 日本人であり、かつ日本で育ち、またそこで『傭兵』として育てられた英治であれば、調べられるかもしれない。そう期待を込めての問い掛けだったが……ある意味最高の形で、ハンスは裏切られてしまう。

『……もう・・ついた・・・

 その女性のことを、英治はよく知っていた。何せ下手をすれば、カリーナよりも付き合いの長い相手のなのだから。


『この女は…………俺の昔馴染みだ』


 標的ターゲットの名前は鳥塚弥生、英治とは同じ国出身というだけでなく……同郷の幼馴染でもあった。




 その時点で、ある程度の予想は付いていた。

 確信に至ったのは日本に密入国し、弥生の祖母であり情報屋でもある和音に調査を依頼し、その結果を受け取ってからだったが。

(……今は、リーヌスあいつしか居ないのか?)

 殺し屋、『略奪者プレデター』自体は今回初めて関わる。睦月を通して改めて確認しても、今回の弥生殺しは完全に偶然だった。


 ただし……『略奪者プレデター』を勧誘しようとしている、犯罪組織だけは別だった。


 ――キィィィ……

(ん? ……やべっ!?」

 思わず声を出しながらも、英治は様子を窺っていた物陰から素早く飛び出し、襲撃してきた人間に対して油断なく身構えた。

「ようやく出て来たか……子鼠共の・・・・一人・・が」

「っ!」

 鼓膜を揺らす金切り音に聴覚を塞がれていることもあるが、襲撃に対処する為に、返事をする間も惜しい。

 英治は手早く三発、握っていた部品ナットを指で弾いた。

 素人が、コイントスで硬貨を弾くのとはわけが違う。小さな鉄の塊が、英治を襲った白い長髪で長身痩躯の男の、そのサングラスを掛けた顔面へと突き刺さろうとする。

 しかし、英治が弾いた部品ナットは三発共、その悉くか逆に弾き返されてしまう。

「おいおい、アクゼリュスさんよ……」

 今度は『略奪者プレデター』、リーヌスの方が英治に視線を向けてくる。

 英治が居ることについては、特に驚いた様子がない。来ていること自体には、すでに気付いていたのだろう。

 今は依頼人らしき、アクゼリュスと呼ばれた白い長髪の男の横に移動している。

指弾はまあまあだったが……こんな若造ガキだなんて、聞いていないぞ?」

「ただの子鼠ガキじゃない……」

 横に立ったリーヌスに、アクゼリュスは吐き捨てるように言い放った。

「蠱毒、というものを知っているか?」

「あれだろ? 蟲だか動物だかを一緒くたに閉じ込めて、一番強い毒を作ったり、最強の生物を決めたりとかする……」

「……それを犯罪技術・・・・で、行った奴等が居たんだ」

 話せば話す程に忌々しげな瞳を向けてくるアクゼリュスだが、当の英治はむしろ、リーヌスが居なければ気持ちが萎えかけていた。

(……ガキ大将あの女の実家だよな、分かります。本当、傍迷惑な一族だよな)

『最後の世代』、と呼ばれる子供達が居た。


 より正確に言うのであれば……『最の世代』、だが。


「あらゆる犯罪技術の結晶、現代にしてようやく結晶化できた最強の犯罪者集団の一人。それがこいつだ」

「……マジか」

 もし、相手がカリーナの両親の仇でなければ、思わず『嘘だよ』と軽口を叩きたくなるような、頭の痛くなる話だった。少なくとも、英治にとっては。

(下らねぇ……リーヌスあいつのことがなきゃ、さっさと帰りてえのに)

 しかし、それも致し方ないのかもしれない。

 アクゼリュスが所属している犯罪組織、通称『クリフォト』には、その前身となる組織が存在していた。

 名前自体に意味はないが……その犯罪組織の名前は『セフィロト』。


 かつて……英治達『最期の世代』の十二人によって、壊滅させられた組織だった。

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