050 案件No.004_荷物の一時預かり及びその配送(その2)
――カチャ、カチャ……
「後、少しか……」
姫香を送り届けた睦月は、その後車を走らせ……指定された場所の近くに駐車させていた。
予定通りであれば、『目立たないように入国する』という名目で、英治が一人で入国してくる手筈になっている。
もう一人の連れの方は姫香に任せておけばいいとして……問題は英治の
「……それにしても、」
その殺し屋は少なからず、睦月にも縁のある相手だった。しかし、今回弥生が狙われたのは、単なる偶然だろう。
「本当、殺し屋ってのは……傍迷惑な存在だよな」
睦月は事前に、英治が和音に依頼した調査結果を受け取っていた。その内容を見て、思わず溜息が零れそうになるのを、どうにか堪えようとする。
その煩わしさを少しでも払拭せんとばかりに、睦月は
かつて、睦月は秀吉に言われたことがある。
『殺し屋には、三種類の人間がいるって知ってたか?』
『三種類?』
『まあ……正確には一種類の後に、二種類に分かれるのか? 少なくとも、その一種類のまま終わる奴もいるから、三種類でいいだろう』
ある程度分別がついた頃だったので、いまさら人殺しについてはとやかく言うつもりはない。だから睦月が気になったのは、むしろ殺し屋の種類についてだった。
『最初の一つは、衝動的な人殺しの派生だ。一人を殺したら後は一緒だとばかりに、何人も殺そうとする。そのついでに人殺しを生業にしようとするが……後の二種類のどれかに変わらない限りは、大体は捕まるか死んでる。そういう連中は、特に気にしなくていい』
『……免許取りたての奴が、才能を開花する前に事故
『そんなところだ。だから問題は、残りの二つ……『目的の為に手段を選ばない』奴と、『手段の為に目的を選ばない』奴だ』
まあ、これは
『『目的の為に手段を選ばない』奴は、殺し屋としては一番合理的だ。どちらかと言えば、軍人や傭兵に近いかもな』
秀吉は込め終えた
『命令や依頼がない限りは、自分から人を殺すことはまずない。殺人自体はあくまで手段でしかないから……場合によっては殺さないこともあるし、その選択もできる』
『それって……本当に
『少なくとも、自分からそう名乗る奴はあまりいねぇよ。英治君とこみたいに、『傭兵』ってのが一番しっくりくるかもな』
その『傭兵』も、ただ兵士として戦うだけの職業だ。戦場で人を殺すこともあれば、護衛として依頼人を守ることもある。俗に言う『軍人』もまた、国が組織的に雇う『傭兵』に過ぎない。
そして、『傭兵』と呼ばれる者全員が……進んで人殺しをしているわけではなかった。
依頼人からの指示に従いこそすれ、その過程で必要ならば、相手を殺すだけだ。殺さずに無力化できるのであれば、それに越したことはない。
……人間を殺すということは、それだけ厄介な話なのだ。
現に、睦月の昔馴染みである英治もまた、戦場によって埋め込まれた
だが……その全員が、殺人に苦しむわけではないのもまた、この世の真理だった。
『問題は、『手段の為に目的を選ばない』奴だ。覚えておけ、睦月。世の中にはな……
一歩下がる睦月の横に秀吉は立ち、正面に配置してある
『そういう連中は
睦月が、
引き金は、すぐには引かれなかった。まるで
『そいつ等は食欲だの性欲だのに興味はない。いや、それ以上に……殺しに魅入られちまってる』
その一人が、今……秀吉の目の前にいる。
『そいつ等にはきっと、同じ生物であるはずの人間自体が、ただの狩りの獲物なんだろうさ……中には自分自身すら、獲物だって考えている奴が居てもおかしくはない』
『そりゃ、たしかに……
未だに呻いている男は、フリーの殺し屋だった。いや……殺し屋はまず滅多に、組織立って動くことはない。
自分以外の、いや自分ですら
実際、睦月達の地元でも、英治の家のような『傭兵』や『喧嘩屋』、『剣客』等は居ても……肝心の殺し屋はいなかった。
『だから大抵は、一般人を装っている。俺が昔遭遇しただけでも、普段はしがないサラリーマンが、実は裏では凄腕の
――ダンッ……!
『グフッ!?』
別に、相手が殺し屋だからと言って、睦月達はただ甚振っているわけではない。実際、二人が発砲しているのは、訓練用のゴムスタン弾だ。余程の急所を突かなければ、相手を殺傷することはまず困難。
『それにしても……』
ではなぜ、睦月達は殺し屋に対して、非殺傷の銃弾で責め立てているのか。
『……なかなか吐かないな、こいつ』
『もう婆さんに引き渡したらどうだ? こいつの金掠めようなんて、せこいことしないでさ』
『馬鹿、お前が誕生日プレゼントに『自分用の
だが吐かなければ、答えがずっと『全部使っちまった』から変わらなければ、意味がない。
ここは息子の言う通りに諦めるべきか、と秀吉は考えながら、再度引き金を引いた。
――ダンッ……!
『ガッ!?』
『まあ、雑魚っぽいし……金持ってなくても、仕方ないか』
脳天に当て、殺し屋の意識を飛ばした秀吉は、そのまま銃弾を引き抜き、
『それで、どこまで話したかな……』
『しがないサラリーマンが実は殺し屋だった、ってところまでだよ』
『ああ、そうそう……で、その手の連中は大概厄介だって、話を続けようとしていたんだ』
睦月もまた、自身の
『自分が世間とずれているって気付かない奴は、ほっといても自滅するからまだいい。問題は……気付いてしまった奴が『一般人の振り』をして、世間に溶け込んでしまってる、ってことだ』
『だから不意討ち、騙し討ちがしやすいと?』
『いや……実力どころか、殺しの手口すら曖昧になっちまうんだよ』
その言葉に、睦月は首を傾げてしまう。
殺しの手口が曖昧だということは、睦月にとっては不意討ち、騙し討ちの
バン、とケースを閉じ、カチカチと
『その手の連中が厄介なのはな……そのほとんどが、独自の『殺し方』を持っているってことだ』
ケース片手に、親子二人はその場を後にした。的にされた、殺し屋の男はそのままにして。
『銃やナイフなら分かりやすい分、まだいい。だが中には、とんでもない手段を用いて、相手を殺すこともある。たとえ、元は
『まあ、人なんて尖らせた爪でも殺せるからな……』
空いた手の指を擦り合わせながら、睦月は秀吉の話に同調する。その言葉通り、人間の殺し方をいくつか、瞬時に脳裏に思い浮かべることができたからだ。
『まあ大抵は、人間の想像の範疇を越えないさ。昔のどっかの偉人も言ってたろ? 『人間が想像できることは、大体実現可能だ』って』
『……絶対にうろ覚えだろ、それ』
呆れる睦月に、秀吉はスマホ片手に振り返ってから、こう言った。
『ま、お前には関係ない話さ。なにせ――』
そう言い残した秀吉の言葉を、睦月は今でも覚えている。
……その後、まんまと殺し屋の隠し財産を和音が徴集したと聞いたので、無暗に印象付けられたのだ。
『なんで俺の時はさっさと吐かなかったんだよっ!?』
主に、父親が負け犬の遠吠えを上げているのを、目の当たりにしたせいで。
「……あの親父も、本当気楽に言ってくれるよな」
詰め終えた
その場その場の間に合わせで生き残れる程、裏社会どころか、世界というものは甘くない。だから睦月も油断せず、準備や保険に余念がないのだ。
特に……殺し屋なんてものが関わってくるような案件であれば、なおさらだ。
「にしても、銃弾の値上げはきついな……」
市場への流通量が減少した為に武器の、特に銃弾の値段が高騰している。英治が睦月に銃弾の調達も依頼してきたのは、それが理由だった。
辛うじて、普段使いの購入先に在庫があったので調達はできたものの、経費が嵩んだのは否めない。
「後で絶対に請求してやる……というか、何考えてんだあいつ?」
調達した銃弾の中には、睦月が普段使わない代物も混じっていた。
「こんな
全ての
「一体どんな
とはいえ、貫通特化の5.7mm小口径高速弾を使う睦月もまた、英治のことは言えないのだが。
そんなことをぼんやり考えながら銃弾を戻した睦月は、代わりに『
睦月達が住む地方都市に程近い国際空港から、英治は日本への入国を果たした。
「とりあえずは……タクシーだな」
合衆国や
(
時間的に余裕があるので、売店で適当に何かを買って来ても良かったのだが、英治は迷わずタクシー乗り場の列に並んだ。
(わりと……緊張しているみたいだな)
銃はれっきとした凶器だが、所詮はただの道具でしかない。武器なら代わりの物を用意すればいいし、何より素手でも、相手を殺そうと思えばできる。
……相手が、ただの素人であるならばだが。
「どちらまで?」
「一先ずはこのメモの住所まで。後は着いてから」
睦月と再会した時もだが、久し振りの日本語は問題なく、意思の疎通を図ることができていた。小型のスーツケースを横に置き、メモを見せ終えて後部座席に腰掛けた英治は、何ともなしに窓の外を眺め出す。
「お客さん、旅行帰りか何かですか?」
「いや……
「ああ、移住されてるんですか。良いですね……」
移り変わる景色を眺めながら、英治はタクシーの運転手ととりとめもない会話を続けた。
「私も昔、アメリカで暮らしたいと英語を頑張ったんですけどね……結局は女房子供の為に、タクシードライバーやってまして」
「別に、今からでもできるんじゃねえの?」
「いやいや、まだ子供が小さいですからね。将来の楽しみにとってるんですよ」
第二種運転免許を持っていて、かつ英語も堪能だと自負しているからこそ、外国人観光客の多い国際空港で客を取っている運転手だ。だから収入も通常よりも多いと考えていた英治だが、別の理由で断念していることを聞き、思わず口元を綻ばせた。
「じゃあ、今は頑張らないとな。人間、
「ええ、もちろん。ちなみにお客さんは?」
「とっくに一人立ちしてるから、今頃は何をやっているのやら……」
いくら外国人と関わることの多い相手とはいえ、『傭兵』稼業のことまでは話す理由にはならない。だから英治は、適当に暈してから会話を打ち切ることにした。
「じゃ、安全運転よろしく。ふぁ……俺はちょっと寝るから」
「はい、分かりました。到着したらお声掛けしますので、ごゆっくりお休み下さい」
とはいえ、英治は目を閉じただけで、思考にまでは睡眠を取らせていないが。
(
しかし人生、なかなかにままならないものである。
指定した場所に、最後に到着したのが……当の英治本人なのだから。
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