028 案件No.003_長距離高速送迎(その1)

「……を取ってきます。ちょっと待ってて下さい」

「あ、睦月君ちょっと待って!」

 バーベキュー場まで向かうのに使ったワゴン車を自宅マンションの駐車場に停め、睦月は仕事用の国産スポーツカーを取りに向かおうとする。さすがに由希奈を隠れ家セーフハウスである整備工場まで連れていくわけにはいかないので、その場で待っててもらおうとしたのだが、それを彩未が呼び止めた。

 何事かと振り返ってくる睦月に、彩未は距離を詰めてスマホの画面を見せる。

「ちょっと調べてみたんだけどさ……向こうはどうも、護衛を雇ったみたい」

「護衛?」

 逃亡時に殿しんがりを務めさせることもできるので、護衛を雇うこと自体はよくある話だ。

 しかしこの場合、犯罪者に手を貸せば逃走援助罪、立派な犯罪行為に当たる。余程親しい間柄でも、一度法を破ったという事実は人間関係にたやすくひびを入れてしまう。

 自らも罪人となるのだ……たとえ元からそうであったとしても、損得勘定抜きで味方になる者は皆無と言っていいだろう。

 かといって、一山幾らで雇われた素人程度ならば、睦月であればものの数ではない。武装や状況にもよるが、事前に備えられる今ならば十分に対応できる。

 だが、彩未が告げたのは、相手が雇ったのが睦月達の同類……裏社会の住人だということだ。

「……当たり屋って、そこまで稼げたのか?」

「ううん、そうじゃないみたい」

 内容や依頼先の練度にもよるものの、危険性や犯罪への関与に応じて、報酬の相場は跳ね上がるのが世の常だ。

 しかし……何事にも例外がある。

ペスト弥生』のように手段の為に目的を選ばない者もいれば、偶々目的が一致するからと互いに利用し合う形で仕事を請ける者もいる。

 ……中には裏切ること前提で、報酬自体を誤魔化す者もいるのだ。

 だからこそ、睦月達は依頼を請ける前の事前調査には、一切の手を抜かないようにしている。個人で仕事を請け負うということは、自身の手で危険を減らす義務をも背負わなければならないからだ。

 最後まで自分を守れるのは自分だけというのは、ある意味この世の真理と言えるかもしれない。

「なるほど……よりにもよって、こいつか」

「大丈夫そう?」

「さすがに準備がいる。姫香っ!」

 睦月は後備えとして同乗していた姫香に声を掛け、近くに呼び寄せた。

「一緒に来てくれ。こっちの・・・・護衛は頼めるか?」

 コクン、と姫香は頷く。その顔に迷いはなかった。

 睦月は姫香に頷き返してから、彩未にも声を掛けてくる。

「すぐに準備してくる。二人で待っててくれ」

 準備に時間を掛けなければならない分を取り戻そうと、駆け出していく二人を見送った彩未の傍に、由希奈は杖を突きながら近寄って来た。

「何か、あったんですか……?」

「ちょっと面倒なことになっててね……」

 彩未はスマホを仕舞ってから、由希奈に向き合った。

「相手が護衛を雇ったみたいなんだけど……そこらにいるようなチンピラじゃないから、厄介なことになりそうで」

「そんな……」

(弥生ちゃんも呼べたら、まだ良かったんだけど……)

 せめて『ペスト弥生』にも声を掛けられれば良かったのだが、残念ながら今は別件で放浪中。すぐに駆けつけて貰えるかも分からず、連絡が付くかどうかすらも怪しかった。

「大丈夫、何ですか?」

「そこは大丈夫だと思うけど……一緒に行くの、やっぱり止めとく?」

「いえ……」

 結論として、由希奈の希望を叶える為依頼を達成するには、睦月の仕事用の車で向かうしか手はなかった。護衛として参加する姫香や、先導ナビとカメラ類の妨害役である彩未はともかく、彼女がついてくる義務はない。

 それでも、由希奈は睦月達に同行することを選んだ。

「……行きます。これは、私のですので」

 何もできなくとも、せめて見届けて、罪だけでも背負おう。

 自己満足な責任感ではあるものの、それが由希奈の同行する理由であり、覚悟の表れだった。

「でも……やっぱり、嫉妬してしまいますね」

「自分に力がないこと? それとも睦月君と姫香ちゃんの関係?」

 少し時間がある上に、軽く緊張を解そうと軽口を叩く彩未。しかし、ASDの影響かはたまた本人の気質か、言葉通りに捉えてしまう由希奈は、重い気持ちで答えてきた。


「…………どちらも、です」


 拳を握りしめながら、そう答えてきた。




 整備工場内では、滅多にない騒々しさが起きていた。

「俺はいつもの、姫香は暴徒鎮圧用の装備だ」

 短く指示を飛ばしてから、睦月は仕事用に『魔改造』されたスポーツカーの点検に入った。姫香も首肯を返すと、すぐに工場内の事務室へと入って行く。

 ただし、元は事務室として使われていた場所だが、今では内装が一新されて休憩室兼仮眠室……という名目の『ヤリ部屋』と化している。しかし今は仕事中なので、姫香の目的は別にあった。

「…………っ」

 部屋の中に置いてある仮眠用のシングルベッドを背中で押し動かしていく。二人分の重みでも壊れる程簡易的な物なので、姫香一人の力でも簡単に動かせた。

 仮眠室という名目で使っているので、ベッド自体に不審な点はない。しかし、世の犯罪者からエロ本(もしくはその類)を手に入れたばかりの未成年に至るまで、ベッドの下に物を隠すのは、ある意味文化とも言える。

 そしてこの場で姫香が晒したのは、ベッドを上に置いて隠していた、床下の隠し扉だった。

 ベッドに預けていた背を放し、睦月が自作した隠し扉を施錠している可変式南京錠にナンバーを入れて外した姫香は、デジタルロックの暗証番号を入力してハンドルを握った。

「っ…………」

 虚空に背中を預けるようにして、体重を掛けて引っ張る姫香。隠し扉の下には、睦月が所有する銃器類をはじめとした、武器が収納されてある。非常用の武装は自宅にも隠してあるが、仕事で使う物はあらかじめこちらに仕舞われていた。

 無論……弥生が改造し作り、睦月が愛用している銃も全て。

「…………」

 ホルスターや外で携帯する為の鞄も含めて取り出した後、姫香は自分用に擲弾発射器グレネードランチャーと専用のゴムスタン弾を準備していく。

 ゴムスタン弾は拳銃用やショットガン用も存在するが、前者では鎮圧用途にするには威力が低く、後者は発砲する為の銃器が大きすぎて取り回しが難しく、大柄ではない姫香には扱い辛い。なので単発式にはなるものの、彼女が擲弾発射器グレネードランチャーを選ぶのにはちゃんとした理由があった。

 しかしそれだけでは有事の際に捌ききれない為、小型の回転式拳銃リボルバーも二丁取り出し、袖の仕込みスリーブガンを用いて両手首にそれぞれ隠した。まだ肌寒いからと長袖のインナーを着ていたので隠せてはいるが、薄手な上に時計よりも大きな物体なので、膨らみがどうしても目立ってしまう。

「準備できたぞ! そっちはどうだ!?」

 余裕があれば着替えておきたいところだが、そこまでできる時間はもうないと、姫香はそのままの状態で諦めることに。

 睦月に呼ばれた姫香は急いで隠し扉とベッドを元に戻し、取り出した銃を持って元事務室から出た。

「まともに戦闘するやり合うのも久しぶりだな……」

 上着を脱ぎ、姫香から受け取ったホルスターを身に着ける睦月。銃も手早く動作確認し、問題ないと判断したところで弾倉マガジンも差し出される。

 自動拳銃オートマティック弾倉マガジンを利用することで、回転式拳銃リボルバーより手間が少なく装弾できるものの、事前に銃弾を込める必要がある。特に弾倉マガジンの方は、下手に銃弾を装填したままにしておくと装弾不良ジャムの原因になりかねない。

「……サンキュ」

 手短に礼を言い、受け取った弾倉マガジンの中身を確認した睦月は、姫香の目の前で自身の自動拳銃オートマティックに挿し込んだ。

「移動中に他の弾倉も頼む。鞄にある分だけでいい」

「…………」

 身に着けたばかりのホルスターに自動拳銃オートマティックを仕舞う睦月に、姫香は首を傾げつつ、左胸の前で指を揃えた右手を、右へと動かした。

「【大丈夫】?」

「相手の現在いまの実力次第だが……まあ、何とかするさ」

 幸いにも、相手が雇った護衛は睦月の顔見知りだ。さすがに素手では難しいが、事前に得物を用意できるのであれば、十分対応できる。

「だから……大丈夫だよ、姫香」

 上着を羽織り直した睦月は、空いた手を姫香の頭の上に載せて、軽く撫でてきた。




 実のところ、姫香一人で生きていく手段はすでに確立されている。それどころか、社会の裏側から抜け出したとしても、平均よりもかなり上の収入で生きていくことも難しくない。しかも睦月の手を借りずとも、頼りになる人脈は揃っていた。

 にも関わらず、姫香は睦月と共に運び屋家業に勤しんでいる。

 偶に、それに甘えているんじゃないかとも考えてしまう睦月だが、

「…………っ」

「ん…………」

 頭に載せていた手を取られ、身体を引き寄せられた睦月は、姫香にその唇を奪われてしまう。今回もまた、甘えがあるのではという悩みを解消する前に、思考を中断させられた。

「っ、……分かったよ。姫香」

 睦月はキスをしてきた姫香から顔を離し、彼女が持っていた鞄を取り上げてから車に乗り込んだ。

「いつも通りに仕事をこなすさ。それでいいんだろう?」

 コクン、と姫香は首を縦に振ってから、鞄の中身を確認している睦月をそのままにして、助手席に腰掛けてくる。

 そして準備を終えて、鞄を再び姫香に預けた睦月は、クラッチとブレーキのペダルを同時に踏み込んでエンジンを点火させた。

 ――ブォン!




(し、死んじゃう……)

 後部座席に腰掛けた由希奈は、杖を安心毛布ぬいぐるみ代わりに抱きしめて、どうにか不安を消そうと身体を竦めている。しかし、そんなことをしても、睦月の運転により生まれる衝撃が加減されることはない。

「次っ!」

「そのまま直進して、次右に曲がってっ!」

 格納式の後部座席を展開して4シーターにしたスポーツカーの中で、睦月は助手席に彩未を乗せた状態で走っていた。

 高速道路は警察の取り締まりの為に監視カメラの類が大量に存在する上、近年では交通事故での揉め事を無くそうと、ドライブレコーダーで運転する状況を記録する車も増えてきている。

 監視カメラに関しては何とかなるものの、さすがの『ブギーマン彩未』も、ネットに繋がっていないドライブレコーダーにまで干渉することは難しい。その為、人気のない裏道を高速で駆け抜ける必要があった。

 現在彩未が行っているのは、人工衛星を利用して交通情報を監視しているネットワークサーバにハッキングを掛け、監視や人の目が届かない道を選ぶ作業だった。

 その為、ナビゲーションを正確かつ素早く行わなければならないので、彩未が助手席に腰掛けることになったのだ。

「そのまま左で真っすぐっ! ……後姫香ちゃん、背中蹴らないでっ!」

「こら姫香っ!」

 そして車が直進し、多少はナビに意識を割かなくていい瞬間を狙っているらしく、その後ろの席に強引に座らされた姫香が彩未の背もたれを蹴飛ばしているのだ。さすがに睦月からの怒号が飛んでしまえば、大人しく弾倉マガジンの装弾作業に戻っていくのだが、運転中ずっと、この状態である。

 睦月の運転で車内が激しく揺れ動く中でも、姫香の手は緩むことなく、次々と弾倉マガジンの装弾を完了していくのは、ある意味すごい技術なのだが……隣に座っている由希奈は、気付けずにいた。

「ぁ、ぅ……」

 というよりも、余裕がなかった。

 元々乗り物酔いはし辛いどころか、幼少時より絶叫系には結構乗り込んでいる由希奈であっても、このスポーツカーの激しさは群を抜いていた。

 通常の三点式ではなく、公道では用途の問題で違法に当たる特注の四点式シートベルトで締められていても、身体に掛かる負荷は半端ではない。

「…………っ」

「ねえこれ終わったら姫香ちゃんに仕返ししていい!? これ以上は私もアングリーっ!」

「帰ったら絞めとくからそれで手打ちにしろっ! というかお前等仕事中に喧嘩すんなっ!」

 舌打ちする姫香に、とうとう我慢できなくなって怒り出す彩未と、運転しつつも二人を宥めようとする睦月。

(これが、裏社会……荻野さん達の生きている世界)

 等と勘違いした認識を持ちかけている由希奈に構うことなく、国産のスポーツカーは通常の最高速度をほぼ落とさずに前進していく。




「にしても……その加害者も、よく行く気になれるよな。実力行使ばかりで主張を伝える努力の欠けた、虚構フィクションなら面白いけど現実リアルで存在したら傍迷惑なだけの国なんて」

「単に類友なんじゃない?」

「密入国に誘拐、拉致監禁。被害者の中にはたしか子供もいたはずだから……未成年略取もか。政治目的で公人を狙うならまだしも、無差別なら完全に犯罪国家だな」

「それ言い出したら、私達も同類だけどね~……相手選んでるだけ、まだましな方だとは思うけどさ」

 という会話が流れたことすら、同乗しているだけになっている由希奈は気付くことができないまま、目的地へと向かっていくのであった。

「ところで、そんなこと言ってていいの? もし聞かれたら、今度は睦月君が拉致被害者になるかもよ? ……あ、次左ね」

「その程度で図星つかれたって思い込む連中でも国が回せるなら、世界はとっくに平和になってるよ、っと! ……公人通り越して適当な子供に手を出している時点で、思いっきりただの小児性愛者ペドフィリアだろうが」

「それもそうだけどさぁ~」

 赤の他人程、無責任な言葉が漏れ出てしまう。それもまた、世の心理なのかもしれない。

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