018 入学式及び始業式(その3)

「ああ、えらい目に遭った……」

 高校生活初日からとんでもない事態に陥った睦月だったが、どうにか初日が終了して下校しているところだった。しかし妙な一体感(睦月除く)が生まれたクラスの為に、今度親睦会をやろうという話になったのには、少し辟易していた。

「学校から関係者に至るまで、癖が強過ぎる……」

 特に用事もないので、睦月は真っすぐに帰宅していた。授業自体は今日から(録画のみ)受講可能ではあるものの、あんなに濃い初日を迎えた後では、元々なかったやる気がさらにマイナスへと振り切れてしまっている。それに午前帰りなのは姫香も同じなので、用事がない限りは一緒に昼食を摂ろうということになっていた。

 姫香が通う高校を選んだ基準の一つに、彼女の体質的に利用可能な飲食店が近場にあるかも含まれている。お弁当を作ることもあるが、そればかりでは飽きるからと通い付けにしている程だ。

 とはいえ、姫香にとって一番楽なのは『家で食べる』ことなので、予定通りであればもう帰って来ている頃合いだろう。

 そんなことを考えつつ、睦月がマンションの前に着いた時だった。懐に入れていたスマホが突然、着信を知らせてきたのは。

「誰だ……って、あれ?」

 振動が続いているので、電話だということが分かる。まず緘黙症の姫香ではないと考えた睦月は、近くの電柱で足を止めた。和音辺りから仕事の依頼かと思いつつスマホを確認すると、画面に浮かんでいたのは京子の名前だった。

「京子さんから? 何だろ……」

 不思議に思いつつ、睦月は画面をスライド操作スワイプして電話に出た。

「はい?」

『……あ、睦月君。ちょっといいかな?』

 そして京子からの用件に……睦月はすぐにスマホを切り、マンションの駐車場に停めてあるワゴン車へと走った。




 そして車で駆け付けた睦月は諸々の用事を片付けると、ぐたりとベンチの上に腰掛けた。

「何入学した時と同じことやってんだよ、お前は……」

 しかし目の前に立った彼女は、右手の親指と人差し指で摘まんだ形にして眉間に当ててから手刀を切り、頭を下げてくる。

「【ごめんなさい】」

「ったく……」

「まあまあ……」

 電話で呼び出してきた京子に宥められながら、睦月は姫香・・に対して盛大に溜息を吐いた。

 睦月も今朝、内心で思っていたことだが……美人と言うのは存在するだけで問題トラブルに巻き込まれやすい体質らしい。実際、入学したての時に同級生から先輩、果ては教師に至るまでが姫香に言い寄っていた。

 それだけならまだいいのだが……姫香の緘黙症に目を付けて、強引に関係を迫ろうとした人間も少なからず存在する。


 そして返り討ちにした姫香は、その度に正当防衛で警察に連行されているのだ。


「というか正当防衛とはいえ、同じ人間が身元引受人になるのは大丈夫でしたっけ?」

「その辺りはこっちで上手いことやっておくよ。ただ……」

 京子は軽く頬を掻いてからカウンターの方を、その上に載っている三本の特殊警棒バトンを指差した。

「さすがにあれは……たとえ護身用でも、凶器として没収することになりそうなんだが」

「というか……何で三本も?」

 姫香が護身用品を持っていること自体は別段不思議ではない。職業病的な理由で自衛手段を持ち歩くこと自体は睦月も行っている。今も懐にタクティカルペンを一本差している位だ。

 あの特殊警棒バトンも睦月が保管していたもので、護身用品の類は紛失でもしない限り、姫香が勝手に持って行くのを咎めることはしなかった。しかし三本も必要なのだろうか?

 その疑問に対して、姫香は親指を立てた状態で両手の拳を一度揃えてから、右手の方だけを左手より下に持って行った。

「【予備】」

「いや予備だとしても、三本もいらねえだろ……」

 何でそんなに必要なんだとぼやく睦月だったが、血みどろの伸縮部分シャフトを見てさらにげんなりとしてしまう。一本だけならまだしも、三本全部が染まっているのだ。相手の人数が多かったから逆に良かったものの、場合によっては過剰防衛に取られかねない。

 傍に立った京子は、気落ちしている睦月の肩に手を載せ、慰めるように囁いた。

「担当者には話をつけておくから、今日は帰ってゆっくりするといい。たしか今日が、高校の初日だったはずだろう?」

「すみません……」

 後で『ブギーマン』に依頼して、加害者(?)から余計な報復を受けないよう社会的に潰しておこう。内心でそんなことを考えながら、睦月は姫香達と共に警察署の正面口へと向かった。

「そういえば京子さん、配属先職場ここでしたっけ?」

「いや、ここには仕事で来ていたんだ。都合が付けばここの捜査本部に出向している旦那と昼食ランチでも、と思っていたんだけどな……」

「……偽装結婚も大変ですね」

「あまり大きな声で言わないように」

 京子の結婚相手は出世街道まっしぐらなエリート刑事だと以前聞いていたが、詳しいことは睦月達には分からない。というより、下手に関係等を勘繰られるわけにはいかないので、簡単に旦那と会う等というのは完全に論外なのだ。

 知っていることと言えば、周囲に偽装夫婦であることを印象付ける為に、仕事の合間に職場でよく会うようにしているとか位である。

「まあ、ただ……落ち着いたら遊びに来てくれると嬉しい。旦那にも紹介した方が、こっちとしては色々と都合がいいんだ」

「それならいいですけど……いっそ適当に人数集めて、宴会かなんかしますか?」

「それはいいね。ゴールデンウイーク辺りにバーベキューでも計画してみようか」

 宴会的な行事イベントでも開けば、人数を集めること自体は大して難しくない。旦那の相方バディとやらも周囲向けの理由をでっち上げて誘えばいいし、都合が付くならほっといても対人依存症構ってちゃんや腹を空かせた精神病質者サイコパス辺りが勝手に来ることも容易に想像できる。

 そんなことを話している内に、睦月達は正面口に辿り着いていた。

「仕事の都合もあるから、話が纏まったらまた連絡するよ」

「じゃあまた……この馬鹿がお世話になりました」

 姫香の頭を掴んで(抵抗されつつも)強引に下げさせてから、睦月達は京子と警察署に背を向けて後にした。向かう先は駐車場に停めた、普段使い用のワゴン車である。

「……というか何で、三本も持ち歩いてたんだよ?」

 すると姫香は一度睦月を右手で指差してから開き、反転させながらすぼめた指を自身のでこへとつけた。

「【真似】」

「そんなところ真似されてもな……」

 もし仕事で戦闘があると予想できた時点で、睦月は弥生が改造した自動拳銃オートマティックを携帯することにしている。肩掛けのショルダーホルスターに一丁と、腰のウエストホルスターに二丁の、計三丁だ。

 他にも武器は用意しているものの、睦月がよく装備しているのが自動拳銃オートマティック三丁というスタイルだった。

「というか、お前なら素手でも・・・・余裕だったんじゃないのか?」

 運転席に腰掛けた睦月は同じく助手席に着く姫香にそう問い掛けるものの、彼女は指を揃えた両手を視界に入れて来るだけだった。

「【目立つ】」

「警棒三本も振り回している時点で目立ってるっての……」

 警察署で諸々の手続きを行っていた為に完全に正午を回り、もう昼食という時間帯ではなくなっている。姫香が帰ってきたら食事にしようと考えていた睦月だったが、もう身体の方が空腹を堪えられなくなっていた。

「適当に飯食ってから帰るか……何にする?」

 姫香は右手の指を二本立てると、それを丸めた左手で挟み、軽く振った。

「【寿司】」

「アホか」

 体質的に回転寿司は難しい上に、食材や職人にすら拘るので、必然的に高くつく。だから睦月が寿司を食べたくなった時は大体他の人間と食べに行くか、姫香自身に握らせている。そうしないといくら掛かるか分からなくて、『道場破り』の悪癖よりも手持ちを失う恐れがあるからだ。

「食堂行くぞ食堂。ついでに生鮮スーパーに停めて、買い物して帰るふぁ」

 じゃあ聞くな、とばかりに頬を引っ張ってくる姫香の手を払ってから、睦月はワゴン車のエンジンを掛けた。




「う~む、困った……」

 その光景を見て、馬込菜水は思わず頭を抱えたくなった。

 妹である由希奈が今日、通信制高校の初日を迎える中、姉の菜水は休暇を取って彼氏とデートをしていた。相手も用事があるので夕方前に解散する予定だが、その前に近所の生鮮スーパーへと寄ったのがまずかった。

 助手席に彼氏を載せて愛用の軽自動車を駐車した後、車を降りる前に通り掛かった人物に、菜水は目を奪われてしまったのだ。

 歩いていたのは由希奈から紹介された、荻野睦月と言うクラスメイトだった。妹からの話を聞く限り、少し異性として見ている節があると菜水は考えている。

 しかし当の彼は、くせのあるミディアムヘアをした少女と並んで歩いていた。しかも単なる手伝いといった雰囲気ではなく、買い込んだ食材を片手に、親しげな雰囲気を醸し出している。おまけに二人の顔はまったくと言っていい程似通っていない。兄妹や親戚の線は限りなく薄かった。

「妹の彼氏に、とも思ってたんだけどな……こりゃ、脈なしかな」

「どうかされたんですか?」

 菜水が車から降りなかったので、助手席に腰掛けていた年下の彼氏もまた、車内に残っていた。事情を聞いてくる恋人に、妹が気になっている人物が女連れで歩いていることを簡潔に説明した。

「ほら、あそこでワゴン車に乗り込んでいる女連れの青年。妹が気になってるみたいなんだけど、このことどう伝えようかな、って……」

「へぇ、あそこの……」

 菜水が指差す先を彼氏も見た。丁度荷物を片付け終えたらしく、ワゴン車に乗り込んで、シートベルトを締めているところだった。

「……彼は、どういう人物なんですか?」

「この間、ガソリンスタンドで会った妹のクラスメイトなのよ。初対面での挨拶が好印象だったんだけどな~……」

 少し残念そうにする菜水に、その彼氏はポン、と慰めるように軽く肩を叩いた。

「まあ、仕方ないですよ。縁がなかったと思って、次に活かせばいいんですし」

「……ま、折を見て伝えて、慰めますか」

 発進するワゴン車を見送ってから、菜水達はようやく降車して、生鮮スーパーへと向かっていく。

「しかし彼、お金もあったんだなぁ……」

「どういうことです?」

 彼氏が持ってきてくれたカートにかごを載せながら、菜水はガソリンスタンドで会った時の話を続けた。

「この前会った時は、別の車に乗っていたのよ。国産のロゴはあったけど、格好良さげなスポーツカーに」

「なるほど……」

 この時点での菜水は睦月の仕事を知らなかったので、今のワゴン車が個人プライベート用だとしても、あの時のスポーツカーが仕事ビジネス用だとは思っていなかった。

 だから車を二台、もしかしたらそれ以上に所持できる程度にはお金を持っていると思い込んでいた。由希奈と同じ通信制高校に通うからには事情があるのだろうが、世間体重視の学歴主義が横行している社会なので、御曹司等周囲が金持ちであることはまず有り得ない。努力の成果か宝くじ等の高額当選かは分からないが、考え無しに外国車に乗っていないということは、少なくとも大金を荒使いしない精神力を持っていることになる。

 つまり変な贅沢さえ挟まなければ、荻野睦月という人物はかなりの優良物件だと菜水は考えていた。

「でも残念だな~……ナンバーも貸渡用車両の物『わ』や『れ』じゃなかったのに」

「まあまあ……」

 妹の恋人候補が外れだったことに落ち込む菜水をその彼氏は慰めながら、二人並んで生鮮スーパーの店内へと向かっていく。

「…………」

 その彼氏がほんの少しだけ、駐車場の出口の方に視線を向けていたことに気付くこともなく……




 そして彼氏と別れて帰宅した菜水は、睦月が『女を連れ込み放題している』と由希奈から聞き、やっぱり妹の彼氏候補から外して良かったと思った。

「まさか女好きだったとは……」

「さすがにもう諦めたわよ、もう……」

 それでも恋人らしき女性が居たことにショックだったのか、由希奈は顔を伏せて拗ねている。そんな妹を菜水はどうにか慰めようと、色々と手段を考えるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る