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「なぁなぁ、今日は何の動画をアップする予定なんだ?」


 ホームルームが終わり、各々の生徒が忙しく活動を始める放課後の時間。部活へ向かう生徒、そのまま帰宅する生徒……多くの人が行き交う中で、金子はまっすぐに僕の机まで駆け寄り、まるで玩具を欲しがる子どものようにはしゃいでいる。


「あぁいや、今回はアップしない方向だ。ネタがなさすぎるし、前回アップしたアレ……相当悲惨だったじゃないか。アレについての反省もしないと」

「あぁ、アレかぁ。傑作だと思ったんだけどなぁ……」


 はぁ、と小さく息を漏らす金子の肩を、立ち上がった僕は励ますように軽く叩く。


「ま、とりあえず行くか。ここで話すのも何だし」

「あぁ、そうだな……」


 僕と金子は、ある郊外活動を行なっている。郊外活動と言っても、アルバイトだとかボランティアのような社会貢献ではない。動画投稿サイト、『MeeTubeミーチューブ』に自作動画をアップする、いわゆる『ミーチューバー』としての活動だ。


 『MeeTube』は、アカウントさえ取得すれば誰でも、どのような動画でも投稿でき、また基本的に無料で閲覧できるサービスの一つだ。運営母体はアメリカに本社を置く『Googoolグーゴール』という巨大企業で、全世界のあらゆる人間がこのサービスを利用している。


 動画を投稿するだけならば、僕たちもこうして食い付きはしなかっただろう。ただの自己満足に過ぎないものを、大真面目に取り組む必要などない。いくら高校生とはいえ、そこまで暇ではない。


 このサービスの魅力は、投稿動画の視聴数に応じて利益が発生する、という点だ。再生回数の多い動画に広告を載せれば、必然的にその商品への注目も集まる。そしてその利益に応じて、広告主が動画提供者に報酬を与える、という仕組みだ。これをアフィリエイト・マーケティング、省略してアフィ、などと呼ばれている。


 『MeeTube』への動画投稿により収益を得て、それにより生計を立てる人間を『ミーチューバー』という。トップランカーともなれば、年間で数億ほどの大金を手にできる、まさに夢のある職業だ。


 僕たちは、そんなところに大きな魅力を感じたのだ。いい大学へ進学しても、果たして就職先が見つかるのかどうかは、全くの未知数だ。それに、両親がいつまでも健在であるという保証はない。そうであれば、手軽で、しかも夢のあるものに興味を示すことは自明の理、というものだ。


「何が傑作だよ。マイナンバーによって監視社会が始まる、って……オカルトにも程があるだろ。しかも全編にかけてノイズが酷かったし、あれじゃあ誰も見やしない」


 今までの活動で、僕たちは五つほど動画を投稿しているがいずれも再生回数は一桁であり、広告収入など夢のまた夢だった。先ほど話に出てきた動画も、投稿したのは四月十日、つまりすでに三週間は経過しているのだが、未だに再生回数は。それも全て、僕たち自身による再生回数だった。この衝撃は、僕の心に大きなトラウマとして根付いている。


「なんだよ、お前だって結構ノリノリだったじゃねぇか。それに、動画の編集はお前の担当だったはずだろ?」

「う……」


 痛いところを的確に突いてくる。企画自体は金子の独断によるものだったが……そうとは言え、ノイズが入ってしまったのは僕の編集能力に問題があったと言わざるを得ない。このまま話を進めてしまうと、こちらも旗色が悪くなる。


「と、とにかく。そうだ、アレを見せてくれよ。アレのせいで、授業に集中できなかったんだ」

「アレ? 何の話だ?」

「ほら、アレだよ。英語の授業前に見せてくれた、ニュースの」

「あ、ああ! 何だ、アレのことか。何で俺が見せなきゃいけないんだ? お前もスマホ持ってんだろ?」

「ちょっと今は、その……充電が残り少ないんだ。頼むよ、ずっと気になってるんだ」


 自分のスマートフォンで閲覧すればよい……そんな単純なことをすっかり失念していた僕は、慌てて言い訳を絞り出す。素直に忘れていた、などと言おうものなら、きっと色々な人に吹聴されるに違いない。


 納得のいった表情は浮かべていないが、渋々、金子はスマートフォンを僕に手渡す。


「言っとくが、そのニュース以外を見ようものなら、絶交だからな」

「分かってるよ。サンキューな」


 他人のスマートフォンなど、なるべく手にしておきたくない。情報の塊でもあるし、何よりちょっとした弾みで落としてしまう可能性があるからだ。出来る限り早く読んで、さっさと返そう。


「ま、俺も全部読んだから、内容は知ってんだけどな。でも、ちょっとおかしいんだよ、その事件」

「おかしい?」


 記事を読み進める僕の横で、金子は眉間に皺を寄せ、顎を小さく掻く。


「被害者の、大島ってさ……ほら、あの震災の時にちょっとモメてただろ? それに、あれ以外でも結構やらかしてたみたいだし。本当に自殺なのかな、って思って」


 確かに、大島 浩はその人間性に関しては話題に事欠かない人物であった。何度も、昼間のワイドショーなどで取り沙汰され、主婦層からは特に評判が悪かったという印象がある。逆にそれを売りにして、一時は毒舌キャラとしてバラエティ番組などでも見かけることがあった。


「でも、警察が自殺、と公表してるんだし、さすがに嘘は吐かないだろ。別に政府の要人とかじゃないんだからさ」

「それはそうなんだけど……もっと気になることがあるんだよ。ほら、その次のページだ。さっさとめくれよ」


 金子に急かされ、あまりじっくり読む暇もないまま次のページへと移動する。


「ええと……そう、これだこれ! ここ、ほら読んでみろよ!」

「何をそんな……ええと?」


 その記事には、こう書かれていた。


 被害者は、マンションの自室の浴槽で、手首を切り死亡していた――――


「……」

「な? おかしいだろ?」


 目を輝かせる金子に、憐れむような目を向ける。この一文で、どうしたら彼はこんなにも生き生きとできるのだろう。頭でも打ったのではないだろうか。


「あのな……浴室で手首を切って自殺、なんて普通じゃないか。それのどこが……」

「お前、よく見ろよ。なんて、どこにも書いてないじゃねぇか」

「は?」


 首を傾げつつ、もう一度記事を読み直す。


 被害者は、自室の————


「……あ」

「ほら、おかしいだろ?」


 なるほど、そういう意味だったのか。確かにとは書かれていない。遺体があったのは浴室であることに間違いないだろう。しかしその記事は、さらに場所を限局している。


、か。そうだな、この書き方だと『入浴中に手首を切って死んだ』か『手首を切って浴槽に浸かった』……そう取れるな」


 満足したように胸を張る金子に少しだけ苛立ちを覚えつつ、また少し思考を巡らせる。


 この表記が誤植である可能性については、考えにくいと言ってよいだろう。何故なら、このニュースサイトは大手企業の子会社である、『Yappyヤッピー!』の配信しているものなのだ。ちょっとした誤植でも、すぐさま報告が寄せられ、修正されるに違いない。


 では、仮に遺体が浴槽にあったとすれば、自殺の線は限りなく薄くなる。


 手首などの太い血管を傷つけ、その傷口をお湯に浸しておくと出血が止まらずに失血死する。血液の凝固反応を遅らせる方法として、比較的世間に知られているものであるが……それを利用した自殺であるなら、浴槽に入る意味はない。腕をお湯に浸けるだけでも効果はあるはずだ。


 それに、浴槽の中にいたということは、全裸か、もしくは水浸しの衣服を身に着けていた、ということになる。自殺をしよう、という人間が、わざわざそんな状態で発見されたいと思うだろうか。少なくとも、僕ならば全裸、もしくは濡れた状態で発見されたい、などと思わない。


 とすれば、考えられるのは、事故もしくは他殺だが、被害者の性質を考えるのであれば、きっと他殺の方が有力だろう。しかし、こうして警察が自殺と公表していることを加味すると、きな臭いものが漂ってくる。


 そう、それこそ国家ぐるみで隠匿されるような、重大な何かがある……そう思わざるを得ない。被害者の大島はノンフィクション作家、つまり、昔で言うところのルポライター、もしくはジャーナリストともいえる。そんな彼が、こうして不穏な死を遂げたのであれば……勘繰らない人間などいるだろうか。


「……金子、お前はどう考える? なぜ、警察は自殺と断定した?」


 あれだけこの記事を読ませたがっていた彼だ。少なくとも、この考えに行きついているだろう。だとすれば、彼なりの答えも当然、用意しているはずだ。

 それを期待して、僕は尋ねたつもりだった。しかし、僕の期待を真っ向から裏切るように、金子はキョトンとした表情を浮かべる。


「なぜって……さぁ?」

「はぁ?」


 思わず、手に持ったままの金子のスマートフォンを滑り落としそうになる。寸でのところで落下は回避されたが、その一方で僕の期待感は地の底まで叩きつけられていた。

 気を取り直し、もう一度彼の意見を確認しようと思ったのだが、そんな僕の気持ちをまるで汲もうとはせず、金子は呑気に話を続ける。


「自殺じゃないかもしれねぇけどさ、分かんないじゃん? ほら、事故とか、自殺のつもりがうっかり足を滑らせた、とか。だから警察は、よく分からないけど自殺にしたってことじゃね?」


 適当すぎる。それでは、真面目に陰謀論などを考察していた僕が馬鹿みたいじゃないか。そんなやっつけ仕事を、公務員である彼らが、しかも組織ぐるみで行うなど有り得ないだろう。


 はぁ、と僕は一つ大きなため息を吐く。そして金子にスマートフォンを返し、ゆっくりと歩を進めながら、僕の考えを一通り述べ始めた。それ僕の演説が終わるころには、僕たちはもう部室の目の前にまで近づいていた。


 僕の話を聞き終えた金子は、うーん、と少し唸りながら腕を組み、目を瞑る。


「確かに、それも一つの考えだよな。ノンフィクション作家が抱えた社会の闇、か。面白そうだが、ちょっと眉唾物だよな」

「まぁそうかもな。でも、筋は通っていると思う。ただ、現時点ではあまりにも情報が少ないからな……」


 まず何より、はっきりしている情報が少ない。被害者と、その現場くらいは分かるのだが……それが分かったところで、結局は妄想に留めておく程度にしかならない。浴槽、という単語の違和感に気付いた人間は数少ないだろうが、そこから先に踏み込むには、さすがに無理がある。


「ま、ここで話すのも何だよな。さっさと中に入ろうぜ、多分、出水でみずも待ってるはずだ」


 ドアノブに手を掛け部室へと入ろうとする僕に、金子はニヤリとした笑顔を見せる。何かを企んでいるかのような、その不吉な笑顔に少しだけ戦慄する。


「なぁ、水島。もしさ、これをMeeTubeに流したら、どうなると思う?」

「はぁ? どうなるって……」


 そんなこと、言うまでもない。ドラマのような現実感のない展開が、実際に起きているのだ。恐らく、視聴者に強烈なインパクトを残し、多くのコメントが寄せられるだろう。それに従い、視聴数も増加するはずだ。少なくとも三人以上は。


 待てよ、視聴数が増加するということは————


「お前、まさか……」

「気付いたか? そう、俺たちがその事件を暴いてやろうぜ! そんで、MeeTubeで真相を暴露するんだ! これは凄いぞ、俺たちは一躍、日本中の注目の的だ!」


 確かに、今までの投稿とは比較にならないほどの再生回数を得ることが出来るだろう。そして、それに応じて多額の利益も生じる。


 これは、意外にチャンスなのかもしれない。警察も、ただの高校生の陰謀論など、いちいち相手にしていられないだろう。それに、これ自体が何らかの罪に問われるかと聞かれれば、そうではないはずだ。


 今まで再生回数が僅か一桁だった僕たちが、世間をあっと言わせる……これは、非常に魅力的だ。


「お、落ち着けよ金子……まずは、何よりも情報収集だ。出水や高城たかしろたちにも手伝ってもらうことになるだろうし、一旦部室に入って考えようぜ」


 そう言いつつも、むしろ僕の方が興奮してしまっているようで、手汗によりドアノブが滑って上手く回らない。少し焦りつつも何とかドアを開けた僕は、込み上げる笑顔を抑えきれず、満面の笑みで部室へと入る。


 しかし、そこに待っていたのは無情なる現実であった。


「……え?」


 扉を開けた途端、目に映り込んだのは、一人の女子生徒だった。その女性は静かな笑みを浮かべているが、その目は全く笑っていない。むしろ、その気配からは殺気のような波動すら感じ取れた。


 そして、その女性は表情を崩すことなく、口を開く。


「あら、遅かったわね。水島みずしま 夏企なつきくん? 今度は一体、何をしでかそうというのかしら?」

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