Red Moon & Brue Bullet

@happy-us

第1話 日常

Side: Ruri


「おはようございます」

 そう声を掛けながらお嬢様が男をゆすり起こす。毎日の日課になりつつある。

 お嬢様は男をゆすり続けるが、男はなかなか目を開けない。

 本日は平日。そろそろ起きないと遅刻してしまう。

 仕方ない。手をお貸ししよう。


 ――――ペチンッ


 パンチ。

 男の頬を叩いてやった。

 起きない。

 パンチパンチパンチ。

「んっ、あ」

 10回ほど叩いてやっと意識が覚醒したのかうめき声を上げてきた。

 続けて叩いていると、やっと男が布団から起き上がった。

 まだ寝ぼけ眼で目をこすっている。

「おはようございます」

 お嬢様が再び男とに声をかける。この男には勿体ないと毎回思う。しかしお嬢様の意向もある。この程度のことで小言を言う必要もあるまい。

「……おはよう」

 男はやっと目がはっきりしてきたのかお嬢様の方を向いて朝の挨拶を返す。

 本日は晴れ。なかなかに良い日差しで、まさに春麗らかといったところだ。

「もう7時半を過ぎていますので直ぐに準備してください」

 お嬢様が男をせかす。お嬢様は焦りのない声は男に届くまで一瞬の間が開いた。

「……えっ」

 男は今度こそしっかりと覚醒したらしい。急いで布団を片付け始めた。

 畳敷きの部屋の隅に布団を片し、着替えを用意し始めた。

「朝食できています」

 お嬢様は台所に来るように男に簡潔に伝え、着替えが始まる前に部屋を出ていく。

 私もお嬢様に付いて出ていき、台所に向かう。

 今日の朝食は和食。白米に味噌汁、焼き魚、お新香、金平牛蒡。

 白米は昨夜の内に炊飯ジャーで予約しておき、今朝は味噌汁と焼き魚だけ準備した。お新香と金平牛蒡は常備菜のため盛り付けるだけ。朝の忙しい時間はあまり手間を掛けないで済ませている。

 数分もしないうちに男が台所に現れた。

 お嬢様は男と一緒に食事することにしているらしく先に食べてしまうことは殆どない。たまに男の方が休日で遅くまで寝ている場合は先に食べてしまうが。

 お嬢様と男は席に着き手を合わせる。

「いただきます」

「いただきます」

 そして二人そろって味噌汁から手を付け始め、そして無言で食べ続ける。

 そんな二人に、思わず私はため息を漏らしてしまう。

 別に険悪な雰囲気というわけではない。むしろ良い感じだ。

 だがなんだろう。この老夫婦のような落ち着いた雰囲気は。「お前たちまだ10代だろうっ」と突っ込んでやりたくなる。

 まだ出会って数ヶ月の二人がそんな雰囲気を醸し出すことに些かの苛立ちを感じる。

 分かっている。勝手な嫉妬だ。数年お嬢様に仕えてきた私と同じくらい落ち着いた雰囲気を作り出せる男に、軽い敵意を覚えている。

 だがお嬢様がお認めになった男。私が出しゃばることではない。男が善性であることも分かっている。これで悪性であったら問答無用でお嬢様の前から排除している。

「ごちそうさまでした」

 男が先に食べ終わったようだ。

 お嬢様は食が細く、食べるスピードもゆっくりだ。いつも男より後になる。

 男は食器を流しに片付け水に浸ける。

 そのまま台所を出ていき、出かける準備をするようだ。

 残ったお嬢様は食事を進め、食べ終わったころに男が戻ってきた。

「下げていい?」

「お願いします」

 男がお嬢様の食べ終わった食器を下げ、流しに持っていく。

 そのまま食器を洗う。

 いつもの光景。

 日常となりつつある風景。

 こんな穏やかな日々が続くことを私は心から願っている。

 お嬢様が心健やかに過ごされる日々を。ずっと、ずっと。


 男は気に入らないがな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る