自身喪失
7n'
君はきっと。
ボクはアンドロイド。
高度な技術を持った工場で作られ、今は人間と同じように社会に出て働いている。
「佐倉くん、おはよう。」
「おはよう、三島さん。」
ボクは人間と同じように苗字を持っている。
型番はF-0119zp。これは定期健診の時にしか使われない。
「明日課長の送迎会があるんだけど、来るよね?」
「行くよ。」
明日は送迎会。19時に居酒屋たんぽぽ。
右手の中指をこめかみのボタンに当ててそう記録する。
これで遅刻することも忘れることもない。
なんて言ったって、ボクはアンドロイドなのだから。
「かんぱーい!!!」
翌日、もちろん予定通りに居酒屋たんぽぽに到着し、送迎会が開かれた。
沢山の部下に囲まれ、課長は時折下を向きハンカチで目元を抑えている。
「課長泣かないで下さいよー」
「そうっすよ。いつも怒ってるくせになんで今日は泣くんすか」
いつもは従順な部下たちが何故か今日はみんなして課長に言いたい放題だ。
「…なんだ、お前たち。目にゴミが入っただけだぞ。」
鼻をすすりながら顔をあげた課長の目は確かに赤くなっている。
ゴミが入ったのなら水で洗うのが一番いい。
「水で洗ってきたほうがいいんじゃないですか?」
そう言うと、皆口を半開きにしてにボクを見た。
そういうことはよくある。
ボクが何か言うと、皆硬い笑みを浮かべるのだ。
これがアンドロイド差別というものなのだろうか。
胸ポケットに入れた携帯電話が鳴る。
振動するそれを持って頭を下げながら外に出る。
それが社会のルールなのだ。
「もしもし。」
「もしもし、じゃないわよ。今何時か分かってんの?」
「20時12分だね。」
「そういうことじゃないのよ。」
電話に出たボクに向かっていきなり大きな声をだす彼女。
付き合って3か月になる。
「どうかしたの?」
「どうかしたのって…今日何の日だか分かる?」
「世界消費者権利の日だね。」
「…もういいわ。」
そう言われると電話は切れた。
一体何だったのだろうか。
ボクには、そういう人間の感情を先読みする能力はない。
仕方がない。アンドロイドなのだから。
今日は定期健診の日だ。
ボクが作られた工場直系のアンドロイド専用病院に行く。
そこは他の病院よりも頑丈な作りになっていて、警備員も多い。
「こんにちは」
「こんにちは、相田先生。」
銀色のメガネをかけている男性はボクの先生。
定期健診の時にはいつも先生が検査してくれている。
「なにか悪いところはないかい?」
「特にないです。」
悪い所と言ってもそれは病気ではない。
外部の破損や内部の不具合。それがアンドロイドなのだ。
聴診器がボクの胸に当てられる。
アンドロイドには心臓なんてないのに、いつも先生は無駄なことをする。
結局、異常は見当たないと先生に言われて病室を出た。
ドアの向こうに消えていく背中を見送り、彼の担当医―相田克之は眉間を押さえながら小さくため息を零した。
見かねたように仲の良い看護師が、デスクの脇に紅茶の入ったお気に入りのティーカップを置いてくれる。
「大変ですね、先生。」
「…ああ。」
全くだ。あの―佐倉亮太がここに来る度に頭痛薬の消費が激しくなる。
「まいったなぁ。」
「そろそろ言った方がいいんじゃないですか?」
「…言ってしまったら彼はきっと混乱する。」
「そうですね…。元々あの状態ですから、今混乱させると自暴自棄になる可能性が高いです。」
きっと今の状況にこの病院中の先生やら看護師やら全員が同情してくれるだろう。
けれどもいつか、彼に伝えなければならない。
「それにしても、なんで彼はああなってしまったのでしょうか。」
夕日に染まった窓に寄りかかり、腕を組む看護師に向かってぽつりと答える。
「逃げたんだよ。」
「え?」
「彼は、自分から、人間という生物から逃げたんだ。
彼はすごく不器用で、他の人よりも空気や人の感情を読み取るのが少し苦手なんだ。
だからあんまり学校や社会に馴染むことが出来なくて。
それから何もできない自分に嫌悪を抱いて、それが溜まりに溜まって。」
「そして、自分をアンドロイドだと思い込んだんだよ。」
アンドロイドだったら、周囲の人間と違っても許されるからね。
思わず背中に体重をかけると年季の入った椅子がぎぎぎ、と音を立てた。
沈黙の中で、コト、とティーカップを置く音だけが鮮明に響く。
「じゃあ助けて欲しくてここに来たんですね、彼は。」
そうだな、と息を吐く。
彼は何の異常もないのに三か月に一回は必ずこの病院へ来る。
本人はれっきとした定期健診のつもりだが、そもそもここではアンドロイドの健診はやっていない。そして人間のも。
だってここは、小さな小さな精神病院なのだから。
自身喪失 7n' @7naaa
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