笑いを拗らせた男
柳生潤兵衛
大喜利道場
とある地方の政令指定都市。大通りを少し入った場所にある住宅。
その敷地の道路側には、一坪ほどの物置と言っても差し障りの無い様なプレハブ小屋が置いてあった。
中には今日も男が一人、パイプ椅子に座っている。
***
「う~ん……暇だ」
俺は
三十代も半ばまで来た。
俺は、自分の名前の件もあって、幼い頃から“彼”のお笑いに育てられたと言っても過言ではない。
高校卒業後は、親の反対を押し切ってお笑い養成所へも行き、本気でお笑い芸人を目指していた。
“彼”と同じ養成所に行き、“彼”と同じ事務所からデビューしたかった。
バイトにバイトを重ね、遠くのお笑いライブにも自腹で移動して出て、芸人になるという夢を追いかけた。
でも、なかなか花は開かず、所属事務所も転々とした。
漫才をしたくてコンビを組んでも、すぐに相方に愛想を尽かされて解散を繰り返した。
俺はお笑いにストイック過ぎるのだろう。
ピン芸人としても活動したが、それも上手くいかない時期が続く。
いや、上手くいった時期など無い。
俺は三十歳半ばになった。
お笑い芸人になるという夢への諦めは付いた。
そんな俺は、『今度は自分でお笑いの事務所を作って、芸人を夢見る若者を世に送り出す』事を目標に定めた。
その為の第一歩として、俺は実家の敷地を借りて『大喜利道場』を開いた。
なけなしの十万円で、中古の一坪コンテナハウスを買った。
小さな窓とドアだけの狭い、物置と言われても仕方ないレベルのコンテナハウス。
自分で外装のペンキを塗り替えたし、拾ってきたべニア板で『お笑い芸人を目指すアナタの第一歩を応援します! 一志松本の大喜利道場』の看板も作った。
月謝制にして自分は細々と生活し、道場生には大きく羽ばたいてもらえばいいと思っていた。
コンコン!
おっ! 今日もお笑い芸人になると希望を膨らませた若者がやってきた。
「どうぞ」
「あの~、大喜利が上手くなりたいんですけど……」
「――不合格!」
「えっ?」
「残念でした」
「あ、ハイ……」
今回の子もダメかぁ。
お笑い芸人を目指すならば、何時如何なる時もお笑いの事を考えていなければならないハズ。
この道場のドアだって、ただ入って来ても面白くないっ!
ああ、一発で俺を笑わせてくれるような若者は来ないもんかなぁ?
***
松本一志。お笑いを拗らせた男。ストイックをはき違えた男。
これまでこの道場に入る事を許された若者はいない。
果たして、この男の道場に入れる若者はいるのだろうか?
もし入れたとして、これが本当にお笑い芸人の道に繋がっているのだろうか?
男は今日も小さな小屋でひとり、お笑い芸人を夢見る若者を待っている。
笑いを拗らせた男 柳生潤兵衛 @yagyuujunbee
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