第三話・弐 ー襲撃ー
宝治たちから連絡がないまま夜になってしまった。陸は猫手会にも連絡を取るが、弾もまだ帰らないらしい。
「親父…なんかあったんやろうか…」
「万事屋村前も明かりが消えたままでしたね…ささ陸様、寒うございますから、一度中へ」
お付きの者に促され、部屋に戻り、帰りを待つことにした。すると、陸の電話に炎の入院する病院から連絡が入った。
「もしもし?炎にぃに何か?」
『陸さん、違います!宝治様と弾様が重篤な状態で運ばれて来はりました!!』
その言葉で周りの音が無くなった。
炎に続いて、宝治までもが。そのあとの電話も周りの声も何も聞こえず、ただひたすらに走って病院へ向かった。
「親父!!」
病院に着いた陸は、集中治療室のベッドに横たわる宝治と弾の姿を見た。先に車いすで炎が来ていた。
「どういうこっちゃ、炎にぃ!」
「落ち着かんかい!俺もびっくりしとんねん…警察の話によるとや、真風山の登山道で二人とも倒れとったらしい…息はあるが、意識もないみたいでな…それに…」
炎は周りを気にして、陸に耳打ちした。
「俺に盛られたクスリが高濃度で検出されたらしい…しかも初代はんは継続的に少量づつ盛られてたらしい」
陸は確信した。陸のいう不味いこと、が的中してしまったのだ。
「炎にぃ…これは確実に鳳一家の仕業やと思う…」「なんでや、ただの元やくざやん」
待合室のドアが開く。そこには、武市がいた。
弾のしらせを聞き、駆けつけて来たのだ。
「その話、聞かせてもらおうか」
「武市さん!」
「犬の弟…頼む、聞かせてくれ…」
険しい表情で陸へ歩み寄った。
待合室のソファに座り、ゆっくりとお茶を飲んだ陸は一言。
「親父たちをこんな目に合わせたんは、鳳一家やと睨んでます。」
「その心は?」
用意されたお茶を飲みながら武市は問うた。
「その前に…炎にぃ、飲みに行った店は何処や?」
「あぁ…『居酒屋のんだくれ』って店やったな。ペンギンの女将がやっとる店でな。芝じぃから貰ろたサービス券はそこのオープニング記念のもんやったんや」
はぁ、と陸はため息を付き、
「炎にぃ、その女将か店の中で、途中からなんか様子がおかしなかったか?」
陸に問われた炎は首を傾げながら、考えていた。
「そういえば…女将が酒を取りに引っ込んでから、横で賄い食うてた店員の男がポン酒用のチェイサーの水を持ってきたんや。」
炎は思い出しながら続けた。
「で、女将が酒を持ってきて、少ししたらおらんくなってたな…あと、そうやな、女将は鳥族やん?でも、同族を…家畜の鳥をジャンジャン持ってくるし…今思えば舌も鼻も麻痺させるような香辛料オンパレードやったな。」
武市は持っていた手帳を確認していた。
「居酒屋のんだくれ…俺も調べてみたリストにある…やはりか…」
「どうしたんです?」陸は尋ねた。
「あの店には店員はいない。女将1人で切り盛りする予定の小料理屋だ。それにまだちゃんとオープンしていない。だからこちらとしても調査が遅れた…」
はぁ!?と炎が叫ぶ。そして、ここまで聞いていた武市も苦い表情で頭を抱えた。
「そのチェイサーを運んできた男、小柄ですこしにやついた顔で……三毛猫種じゃなかったか…?」
「…そうや、そうやったわ!」
炎のその言葉に武市は天を仰ぐ。
「え、武市にいさん、まさかとは思うんやけど…」
武市は座っていたソファから降り、炎と陸の前で土下座した。
「すまん、俺が謝って償いになるかわからんが…それはうちの三毛の可能性が高い…恐らく、その店も虎も関わっている…」
炎は完全に思い出した。陸と違い、跡目ということでよく宝治に帯同し、猫手会へ出入りしていた。
そのとき、三毛とは少しだけ面識があった。だから、見覚えがあったのだ。
「実はな、虎と三毛は別件で怪しい動きをしてるって情報で内偵してたところなんだ...鳥族、いや鳳一家ともつながってる。ここまではわかってたんだが…」
武市の気苦労も、炎への申し訳ないという気持ちもひしひしと感じ取れた。しかし、ことは重大だ。なにせ炎の体を壊してしまったのだから。
「武市さん、それともう1つ。」
「なんだ…」
青い粉末の付いた紙を見せ、武市に問う陸。
「これは、初代様が飲んでいた薬でありませんか?」
「あ、あぁ、でもそれが?」
「僕が調べた結果ですが……ここから微量の『ミミズ』の匂いがします。そして、あの時僕と親父が猫手会に行った時も同じ匂いがした。それと……鳳 鶯からも。最初は処方されたものかなとも思ったんですが…あの時初代様に飲ませていた薬は、どこから?」
武市は、ハッと気がついて手帳を開いた。
「いつも親父の病院には虎が行っていた…えーと…猫医師協会…シロヤマネコデンタルクリニック…あった…絹羽呼吸器科…」
絹羽…つまり、ケツァール種…鳥族の病院に行っていた。
「なぜ気が付かなかった!」と、手帳を投げ捨て頭を抱えた。
「あ?え、陸…どういうこっちゃ?」
「つまりは、その鳥族の病院で…薬の中に微量の『ミミズ』が入れられていた…ヒ素みたいなものや…継続して少量づつ飲ませ、初代様を徐々に弱らせて…」
三人は言葉を失ってしまった。
「やはり、虎も三毛ももう後戻りできんとこまで…こうなったら、どんな手段でも捕らえる…バカか、俺は…もう猫手会は俺の代で終いに…」
炎が武市の肩に手を置く。
「あんま武市にいさんの口から、そんな言葉聞きたなかったけど…それだけは言わんとき…わしをこんなんにしたんは…さよけさよけ、ほんだら虎おじと三毛、今すぐふん縛って、俺の前に連れてきてもらおうか!」
武市は徐々に怒る炎に顔を向けることができず、さらに頭を下げた。
「俺が何を言っても始まらねぇ...必ず、虎と三毛には償いをさせる!だからもう少しだけ待ってくれ!俺たちで必ず見つけ出す!」
陸は武市の言葉に違和感を感じた。
『俺たちで必ず見つけ出す』ということ、つまり…
「虎さんも三毛さんも、今は猫手会にはおらへんってことですか?」
「あぁ、その通りだ。虎と一緒に、一向に姿が見えん。」
落ち着きを取り戻した炎がどこかに連絡を入れた。
「炎にぃ、どこに電話しとん?」
「ウチやウチ…おう、俺や…おめぇら、今から猫手会に手を貸せ。人探しや。頼むで。」
手を貸すといわれた武市は思わず泣きそうな顔で炎の手を握った。
「いいのか…」
「あぁ、いっつも強面の武市にいさんがそんな顔しとるんや。それに、なってしまったもんはしゃーない、俺はリハビリでもなんでもどうにでもなるわ。俺は俺、代わりはおれへんからな。」
「すまねぇ、恩に着る...代わりにはなれねぇもんな…代わり…?」
炎の言葉を聞き、なにか思い出すかのように武市は考え込んだ。
「あの、武市さん。この前、この件で聞きたいことがあって猫手会に行ったんです。そしたら、虎さんが対応してくれたんですが…様子がおかしかったんです。妙に喋り方がふにゃふにゃしてるような…」
「それは…もしかしたら変装した三毛かもしれん!」
陸の言葉で確信を得たのか、ちょっとまて、と猫手会へ連絡を入れた。
「……出ない…嫌な予感がする…」
何度目かのコールで、ようやく電話に誰かが出た。
「もしもし、俺だ!」
「お電話ありがとうございます。鳳一家の木慈、と申します。」
「…なんだと…?」
「ですから、鳳一家の…」
「なんで鳳一家がそこにいるんだって聞いてんだ!!!」
炎も陸も、え!という表情で武市を見た。武市はスピーカーホンにして二人にも聞かせた。
「多分、そちらにD-HANDSの陸氏、炎氏もいらっしゃいますね。もうそろそろ逃げたほうがいいですよ。病院はすでに我々が包囲しております。まぁ、燕坊ちゃんから逃げられたら、ですが。あ、そうそう、私電話ではおしゃべりになるようで、もう一つだけ。猫手会もD-HANDSも、早く戻らないと皆殺しですよ?」
武市は慌てて、待合室を出た。しかし、病院内はすでに静かに魔の手が迫っていた。
通路には得体のしれないモヤが立ち込めていた。看護師が数名、倒れていた。
「ゴホッ!やばいな、もう来てやがるな、これは…」
「炎にぃはここで待っててくれ…え、何してんねん!」
陸に促された炎は、怒りに身を震わせていた。するとどうだ、麻痺しているはずの体が動き始め、炎は立ち上がろうとしていた。
「俺だけやなく、猫手会が襲撃されて...確実にうちにも来てる!どんだけ俺らをコケにしてくれてんねん!クソボケがぁ!」
壁に手をつきながら立ち上がったが、さすがに無理があったのか、倒れてしまった。
「炎にぃ…!」
「くそ…なんでこんな時に立たれへんのや!!」
二人が立ち上がろうとすると、モヤが襲いかかろうと近づいてきていた。
「あかん!」
「ふぅ…下がってろ…『猫手絵師ノ技 疾風迅雷・豹』!」
二人の前に立った武市は、空中に豹の絵を描くやいなや、通路の空気を切り裂くような突風を巻き上げた。
「いけ!ここは俺がなんとかする!陸は自分のところに走れ!」
「わ、わかりました...炎にぃをお願いします!」
陸は炎を武市に任せ、D-HANDSへと急いだ。
次回、第三話・参 ー対峙ー
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