映絵師の極印~えしのしるし~

櫻木 柳水

第一話・壱 -予感- 

――――――映絵町(うつしえちょう)

とある国のとある町。そこには、犬や猫、鳥や狼といった動物たちが人間のように暮らす街があった。その中でも一番大きな『呟焼町(つぶやきまち)』でのお話。


呟焼町の一角にある『万事屋 村前』

万事屋、と言っても、何を置くかは主人である辺 銀(あたり ぎん)次第である。

週末ともなると、大勢の客がお気に入りの逸品を求め、大賑わいとなる。

ある客は気品あふれるカップやソーサーを吟味し、ある客は古から伝わると言われる古いカードゲームを血眼になってかき集めたりしている。

骨董品やリサイクル品だけにとどまらず、珍品奇品をはじめ、古今東西あらゆる品を取り揃えているから、ここに来る客も様々だ。

それに加え、店主である辺銀の面倒見がいいことと、気風の良さで、街では知らない者はいない人気の店だ。しかし、客の目当ては、数ある逸品だけではなく、もうひとつあった。ある意味、これが『本業』と言ってもいいかもしれない。そろそろその『本業』の客が増える時間だ。


「はぁ...はぁ...銀さん!」

一人の客が店に入ってくるやいなやカウンター横に並べられた映絵(うつしえ)売り場に飛んできた。そう、もうひとつの目当てはこの街の文化でもある『映絵』だ。


映絵、それは様々な景色や肖像画、抽象画や動物絵、果てはホラーなものやコミックスまで多種多様にある。そして今日は呟焼町の金曜日は犬族の映絵工房「D-HANDS-FACTORY」の描く新作映絵が並べられる日なのだ。


まだ息の整わない客に、銀はおどけてみせる。

「お客さぁん…残念だけどさ…ハァ…実はな…」

「え、うそだろぉ…?」

驚きうなだれた客に、銀はいたずらっ子のように笑い

「ククク…新作は二枚あるんだが、どうするね?」

「よかったぁー!娘に頼まれてたんだよ。もうなんだよ、銀さん、びっくりさせないでよ!」

カッカッカ!と大声で笑い、客の反応を確かめ、銀はカウンターに二枚の映絵を置いた。

「おお、これは可愛いな。こっちはなんというか、芸術的な…【しゅうまいれあちーず】ってったっけ?うーん、どっちがいいんだ?」

「シュールレアリズムってんだ、バカタレ…っとによ…よくそんな難しい言葉勉強したもんだな」

「へへへ、ちったぁね...映絵好きの端くれだからな。いやぁ...どっちも捨てがたいねぇ...」

気にせず悩む客をしり目に、銀はカウンターの奥に掲げられた、初代犬剣の映絵を拝むのだ。そして、思いを馳せる。

「はぁ...あいつらはどうするのかねぇ...」

「よし、こっちにするぜ!」

客は、<<可愛いキャラクターの映絵>>に決めたようだ。

「そうだ、銀さん、D-HANDSさんの話」

「ん?襲名式なら明日だろ?」

「いや、そうなんだけどよ…ちょっとでけぇ声では…」

一瞬表情の険しくなる銀に、耳打ちする客。

「なんでもよ、猫手会が動くって噂なんでさぁ」

「なんだと?詳しく聞かせろ」

「いや、噂ではね…」

よからぬ噂が耳に入り、銀は客から事の詳細を聞いた。何やらD-HANDSの襲名式近辺で何かしでかすのではないかというものだった。

猫手会は呟焼町にある、猫族のドン・初代猫友が仕切る映絵師組合『猫手会映絵師協同組合』のことである。D-HANDSと双璧をなすライバルである。

「なんだってまぁ…ほんと、なんでこんなことになっちまったのかねぇ…」

銀はしみじみと、初代犬剣と猫手会の初代猫友の映し絵を見ながら、大きなため息をついていた。


その頃、街はずれではこんなやり取りがされていた。

「襲名式は無事、明日執り行われることになっている。」

頭巾をかぶった男が今にも朽ち果てそうな廃屋で数名に語っていた。ひとり、ふたり…五人ばかりいるだろうか。全員、姿が見えぬよう、薄暗い室内で静かに聞いていた。

「おそらく、あのバカ息子は襲名式前から出かけるやろう。あのバカ息子は酒に目がない…なんたって昼夜問わず飲んどるからな。襲名式用の酒を目の前にして、我慢できるわけなかろうて」

「にゃっふっふ…あなたも人が悪いですねぇ…」

虎の仮面を被った大柄な男が白いひげを撫でながら笑っている。すると衝立の影から小柄で扇子で顔を隠した男が一言。

「じゃあネ、うちのお抱え料理人の知り合いで人のいい女将が店を出すそうでネ。そこ、今日オープンなのよネ…」

なるほど、と全員が思った。そこで、仮面の男は隣にいるもう一人の仮面の男に観察にいくよう指示した。

「ではぁ、ちょっと僕見てきまぁ~す」

「えぇ、いってらっしゃい…そうだ、これを使いなさい」そういうと仮面の男は、懐から包みに入った『青い粉』を出し、手渡した。

「大丈夫なんやろか。奴はなんだかんだ鼻はえぇぞ」

「ご心配なく。うまくやりますよ、にゃふふふ…」

そこに大きな荷物を背負った男が入ってきた。

「ただいま戻りました…手筈通り、辺 銀へ噂をつたえて参りました。」

先ほど、辺 銀の店へ映絵を買いに来ていた客であった。

「ご苦労様ネ、下がってよろしい。これがうまくいけばネ、我々の一人勝ちとなるのネ」

「えぇ…この中の誰も裏切らず、手筈通りに向かえば、ですがねぇ…にゃふふふ…」

仮面の男は笑いながら裏口から出て行った。

「ほんま気持ち悪いやっちゃ…ほなわしも、『明日』がありますさかいなぁ…」

「えぇ、こちらもいろいろ準備があるからネ、失礼するよ。」

頭巾の男、扇子の男もそれぞれ廃屋を出て行った。

ぱらぱらと降る雨の中、しめやかに執り行われた初代犬剣・宝治(ほうじ)の引退式から数日。宝治が代表を務めていた「D-HANDS FACTORY」では、『二代目犬剣』の襲名式の準備が不穏な空気などいざ知らず、着々と進められていた。

「…ん?炎さん!あかんで!その酒飲んだら!」

「わかっとるわ!!」

二代目襲名式が間近に迫ったこの日、銀から届いた祝酒を前にして、ぶっきらぼうに答える炎(えん)。この炎こそが、二代目を襲名する、宝治の息子であり若き天才であった。

しかし、その目は酒を前にして、子供のように爛々と輝いている。

「俺も男や、大事な席に必要なら飲まん!さっすがに頭はるんや、礼儀も礼節もわきまえなあかん...せやから、式の前に飲み干すような事はせえへん!な、な、ちびっとだけ、な?」

「…あ、ちびっともあかんし、飲み干されても困りますけどね…」

普段から酒の量が多い炎。少々焦り顔の使用人に炎は続ける。

「大丈夫や!式には陸もみんなもおるからな。まぁ安心せいや!がははは!」

そう言いながら炎は酒から目を離さない。

「あんた止められんのが陸さん以外いてへんからやないか!しかし、村前の銀さんも凄いですね。高いお酒をこんなに沢山くれるなんて」

「ん?銀じぃ来とったんかいな…銀じぃは顔は怖いが気は良い奴や。ただ親父…いや先代からの付き合いやからな。それにこの酒の名前がまたええやんか、剣聖武蔵…まさに俺らん為にあるんやないか?」


髪をかきあげ興奮する炎の後ろ姿は、背中にある炎のように見える毛並みと相まって、まさしく燃えているように見える。

丁度、玄関先の看板の差し替えが終わり、陸が戻ってきた。

「炎兄ぃ、嬉しそうやな!外まで聞こえてたで」

燃え盛る「ほのお」をみた陸は背中から話しかけた。

「陸ぅ、お前は男前やし、絵も上手い。ただひとつ残念なんは…そう、酒の良さがわからん事やな!」

「親父に似たんや…別に全然飲めへんってわけちゃうけど、飲まんでもえぇやんけ」

「あん?親父も飲んどったやろ?」

「こういう大事な席ん時には、ぺろって舐めてただけやで、確か」

「そうやったか?」

仲の良い兄弟の会話に使用人は思わず微笑む。

すると、そこに幹部である芝(しば)が通りかかった。

「あら、なんや炎坊ちゃん、まだ準備してはりませんの?式近いんでっから、ほんとにもう」

「あ!芝さん…あ、やばっ、まだ玄関前片付けしとらんかった!じゃまた!」

陸は玄関前の片付けに戻った。

「あぁ!芝おじ!銀じぃ来てたんなら、なんで言うてくれへんかったんや?」

「あぁ、裏口に来て用事があるとすぐ行かはったんですわ」

「ふーん、さよけ…うぅ、酒飲みたいぃ…」

芝は何か思い出したかのように、懐から紙を取り出した。

「お前の肝臓どないなってんねん…しゃあないのう!1杯やで!気がすむならそれでえぇやろ。ほれ、なんでも1杯無料券、あっちの裏通りを抜けた先に飲み屋できたみたいでな、タダやで、タダ」

芝は炎に耳打ちで伝えた。

「……あかん!もう我慢でけへん!」

「お?行くかい?」

「ちょっとひっかけてくるわ、すまんな芝おじ!」

そういうと、いつも着ている作業着に着替え、飛び出していった。それを見届けた芝はため息をひとつついた。

「……これだから馬鹿は扱いやすいんや……やっぱあいつは二代目の器ちゃうわ」


どたどたと足音を響かせ玄関から飛び出した炎は、すかさず玄関前にいた陸に捕まった。

「どこ行くんや、炎にぃ!」

「芝おじからのう、あっちの商店街の酒のタダ券、貰ろたんや!行ってくる!」

「あのなぁ、夜には襲名式やぞ!何言ってんねん!」

陸はあきれながら、炎の懇願を延々と聞かされた。あまりにしつこい懇願に陸も折れて、すぐ帰ってくるのと、遅くなったら総出で迎えに行くということを了承させたうえで、飲みに行かせた。。

一言あまり酒を飲み過ぎないようにと釘を刺そうとした陸。その言葉を遮るように炎は陸に耳打ちをした。

「...実はな、陸。最近、妙な気配がする。街も見て回りたかったんや。」

「気配? 気配って?また適当なこと言うとるんちゃうやろな」

炎は陸に「しっ!」と抑え続けた。

「いやな、式が近づいとるせいか…猫共が何しよるかわからへんからのう…周りにも、あんまり気を使わせとうない…なんか変なことないか点検や、て・ん・け・ん。な、俺らの町やないか。お前も周辺には用心せえよ」

兄の真剣な言葉に陸は答える。

「俺の心配よりも、今飲みに出ようとしとる炎兄が一番危ないやろ、二代目なるってわかってるんやから、何してくるか分かれへんで。」

「へっ、俺の心配するやなんて、お前も少しは強なったんやないか?」

炎は自分の姿を隠すように上着を羽織りながら陸を茶化していた。

「茶化すな…俺も大真面目にいうてんや……」

このとき、陸は胸騒ぎを覚えた。そして、このことがすべての引き金になるとは、誰しもが思いもしなかった。


ーーーーー次回 第一話・弐 -油断-


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