チクフォー・アンハピネス 〜会社の敷地に枯れ葉をばらまかれて困っています〜

崇期

会社の敷地に枯れ葉をばらまかれて困っています

 世の中には、自宅の窓からピラミッドが見える、とか、会社から富士山が見える、とか、近所に砂丘がある、とかいう人もいるんだと思うと不思議である。


 私の会社はというと、窓から「石炭記念館」が見える。生まれ故郷であるチクフォーは石炭の産地でかつて有名だった。シンボル的なものと言えばそれであり、それしかないような田舎町だが、愛すべき古里と思わなきゃね。

 ここで特筆するほどでもないかもしれないが、私の会社の松下まつした社長の口癖は「ここはチクフォーじゃない、東京だと思え」である。どういう意識改革なんだか。こっちは窓から東京タワーが見えるようになったって、「愛すべき会社」「愛すべき仕事」と堂々宣言できない悲しさを抱えているのに。 

 でもまあ、そんなふうに日々意味不明に鼓舞されながら、私は事務員として働いている。



 ある日のこと、駐車場に車を停めて降りると、同じ部署の須藤すどう君がカラカラと笑っていた。

「どうしたの?」

「あ、ツムっち、グンモ!(グッドモーニング)見てみ、会社の車に枯れ葉が積もってるんだわ」

 言ったとおり、社用車のプロボックス(ステーションワゴンタイプの車)が木の葉隠れの術に挑戦して失敗したかのような有り様になっていた。枯れ葉も滴る良い車、だ。ここの駐車場はアスファルトで固められていて、隅にもちの木と肉桂にっけいが一本ずつ生えているだけである(いずれも常緑樹)。

「こいつはとんだ風来坊」と私は答えた。「枯れ葉くらいで車は傷つかないとは思うけど、片づけた方がいいわね。ゴミ袋もらってくるよ」

 ところが、こやつらはとんだ神出鬼没であることが発覚した。片づけたものとは別に、会社の裏口の前にも倉庫の前にも姿を現したのだ。ここで焚き火でもやって暖を取ってくださいよ、と自らリクエストしているかのようだった。


「会社の敷地に枯れ葉が積もってるなんてみっともないぞ、信用に関わる」

『枯れ葉が積もっているような会社は信用するな』というタイトルの本は見かけたことはなかったが、社長に言われ、私たちは朝礼の時間を削って枯れ葉集めを行った。

 そしたら、なんと! 翌日にも翌々日にも同じように枯れ葉の置き土産があちこちに現れ、社員たちは、やれポルターガイストだとかファフロツキーズだとか、「かさ地蔵」や「ごんぎつね」が持ってきたんじゃないか、などと騒ぎ立てるようになった。 


「寝つけなくて深夜にベランダで一服したんで憶えてますよ。風なんて一つも吹いてなかったね」営業課の深見ふかみ課長が言った。

「おれもですよ」と須藤君。「深夜にベランダで葉巻をくゆらせながら日本の将来について思い巡らせていました」

「私も深夜にラベンダーで燻製ハムを──」

「もうっ、そんなこと言い合っている場合?」私の三年先輩・矢野やのさん(女性)が皆を制した。「松下社長が謎の枯れ葉事件の犯人を突き止めるって、探偵に調査を依頼したらしいわ」

「探偵?」私は驚いた。そこまでやる?

 風もないのに侵入した枯れ葉に嫌がらせの可能性まで考えてのことらしい。すると今度はなんと、雇った探偵が行方不明になってしまう。

「なんでこんなことが起こるんだ?」

「枯れ葉に関わる者は消されるんじゃね?」

 社員たちはパニック。探偵さんは別の事件に巻き込まれたのでは?


 社長から新たな命令が下された。みんなで交代で会社の周辺を調査して、枯れ葉の出所を突き止めろ、ということだった。枯れ葉の侵入経路が発覚するかもしれないし、枯れ葉を溜めに溜めてほったらかしにしている家や組織がわかったら、「迷惑こうむってるんだが?」とひとこと言ってやるんだとか。それはそれでひと悶着もんちゃく起こりそうだ。

 調査隊は二人一組で活動することに決まった。社員は──これは驚きの事実だが──全員仕事を抱えていた。早い話が、誰も探偵が有料でやっていた仕事を無料でやりたくはないのである。なのでくじ引きが敢行される。事務員の私と矢野さんがくじを作って──これだけでもひと苦労──管理職は免除ということだったので、それ以外の全員で引く。

 最初に当たったのは営業課に所属の九十九つくも君。九十九君は協調性がないことで名を馳せていた。おまけにめんどくさがり。私たちはだいたい、めんどうなことに対しては「めんどくさっ」と言うのが習わしになっていたが、彼の場合──舌打ちする。まあ、そういう向こう見ずな二十歳の若者であった。


 彼とペアになったのは私だった。運の悪さは誰を恨めばいい? そして、いざ行こうという段になって、九十九君が「すんません。おれ、行けません」と言ってきた。早めに言わんかい。

「行けませんって、午前中、約束でもあるの?」私が訊いた。

「午前も午後もだめですよ。だって会社の外でしょう? しかも営業に関係ないこと。なんかあった場合、保険がおりませんよね? おれ、生涯現役を目標に掲げてますんで、できませんね」

 枯れ葉調査ごときで将来にヒビが? そういうこと、くじを引く前に言おうや。社長の命令なら業務になるんじゃないか、いや、ならない──大騒ぎ。たしかに探偵が行方不明になっているという事実もある。

津村つむらさん一人に行かせるわけにはいかないわ」と矢野さん。「それに保険がおりない云々は、ここにいる全員そうじゃない。一人だけ不幸になるシステムじゃないのよ」

 一人も何人も不幸はダメですけどね。だからといって、再びくじを引き直すのも「めんどくさっ」。

 すると、私と同じ課の山本やまもと君が「僕が行きます」と名乗りをあげてくれた。

「ほんと? 行ってくれる? 助かるわ」矢野さんが感動気味に言った。

「二人で愛の逃避行はご遠慮くださいよ、なにかあっても保険がおりませんからね」須藤君がニヤニヤして言う。

「私、夫がいますから」と私。

「旦那さんには慰謝料が支払われそうだな」

「だから、支払われるようなことにはならないって」

 とにかくさっさと終わらせようと、出発した。わかったことは、会社の周りは石炭記念館のほかは住宅や商店ばかりで、木が生えているところがほとんどない、ということだった。


 二人で歩道に立ち尽くし、あらゆる事件と無縁でありそうな平和な景色を眺めやる。

「こんなに木がないなんて」山本君が呆然として言った。「意外だったな」

「ほんとね。相変わらず風もほとんどないしね。あの枯れ葉、一体どこから運ばれてきたんだろう?」

「チクフォーって田舎って思ってたのに、こんなに木がないなんて」

「まあ、この辺、住宅街みたいなところだから……」

「木も風もない。自然は一体どこに行ってしまったんだ」

「山本君? 大丈夫?」


 山本君はどんより落ち込んでしまい、会社に戻ってからもしばらく仕事にならなかった。そんなに繊細な人だったとは。一人を行方不明にし、一人を戦闘不能に陥れる──恐るべし呪われの枯れ葉。

 早いとこ犯人を炙りださなければ……そう思っていたとき、社内のゴミ袋を外のゴミ置き場へせっせと運んでいた私の目の前で、パサッ、とまとまった枯れ葉が空から落下してきた。

 見上げると、そこには二羽のカラスが。そのうち一羽の嘴になにかが挟まっていて、そこからまたパラパラと茶色の欠片が舞い降りてくる。

「カラス! カー公だったのか、犯人は!」

 私は急いでゴミをボックスに放り込むと、衝撃の目撃内容を伝えるべく走った。これできっと解決する。


【津村の脳内メモ】

 ①カラスは何故、枯れ葉を大量に運んでいるのだろう。巣作り? そんなこと知ったこっちゃないけど。

 ②カラスは毎日うちの会社の上空を飛んでいるのだろうか。飛行経路が決まっている? 

 ③カラスが犯人だとして、どうやって苦情の申し立てをするのか。

 ④外に調査に出たの、まったくむだ足だったってことか。ところで探偵さんはどこに行ったのよ!


 なんとは言っても、犯人が判明したのだ。それに福岡は日本初の開閉式ドーム球場がある場所。松下社長なら初の開閉式屋根を持つ中小企業を作るかもしれないし、カラスの強靭な生き様に圧倒されてきた歴史を持つ人間社会に一石を投じるようななにかがここから生まれるかもしれない──。


 報告・連絡・相談! 


 そのとき、倉庫の辺りから騒ぎの声が立ち、バタバタと走る音が聞こえた。

「水道管が破裂だって? 水が飛びだしてるらしいぞ」

「元栓締めろー……って、元栓ってどこにあんだ?」

「カッパの仕業か?」

「テッポウウオの祟りだ!」

 枯れ葉どころじゃないようだわね。

 

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