第21話 当時から手をつなぎたかったね




 横浜のパスポートセンターで新しいパスポートを受け取り、その後は都内に向かう。


 彼女の場合、アメリカに居住して仕事もしているから、パスポートだけではなく就労ビザも必要だ。


 もっとも、こちらに来る前に申請などは済ませていたようで、昼過ぎには大使館でのビザ発給の用事も済んだ。


「由実、この後どうしたい?」


「そうだね、ねぇ、デートしない? 学生の頃そういうの全然できなかったし」


 結局、彼女の提案で湾岸のテーマパークに向かった。


「どっちに行く? 由実の好きな方にしていいぞ」


「そうだねぇ、ランドはオーランドにあるから、こっちに行ってみたいな」


 平日ということもあり園内は空いていた。学校の遠足と思しき制服姿の学生も目立つ。


 ステージショーを見ながら軽い昼食をとって、園内を散歩しながら気になったアトラクションに乗った。もちろん彼女の体調を考慮してのチョイスだ。


「あぁ、なんか久しぶりに笑えたなぁ」


 途中で軽くかかってしまった水しぶきをハンカチで拭きながら笑っている由実を見て、俺は急に思い出したものを鞄から取り出した。


「そうだ由実、ずっと借りっぱなしになってた。こんなに長い時間、ごめんな」


 封筒に入っていたものを彼女は取り出して目を見張った。


「祐樹君が持っていてくれたんだね。どこに行っちゃったか分からなかったんだ」


 もう10年前の話だ。1枚のハンカチは青空と白い雲の写真が淡くプリントしてある。


 当時一時帰国した由実が気に入って購入し、あの補習校に持ってきたものを借りたまではいいが、その後返しそびれてしまい、俺の荷物の中で眠っていた。


 今回、彼女に再会できることが分かってから、もう一度クリーニングに出して封筒に入れておいた。


「ごめん、由実が気に入って買ってきたって知っていたのに。俺なんかがずっと持ってて」


「ううん。ありがとう。大事に持っていてくれたんだ。やっぱり祐樹君だよ」


 由実は怒るどころか目を細めて顔を歪めた。


「これのおかげで、祐樹君のところに戻ってこられたのかな?」


「どうやって返せるか、どうやって会えるかってずっと考えていた気がするな」


 夕暮れが近づき、園内が徐々に暗くなっていく。


「ねぇ祐樹君……。私たちもあんなふうに堂々とデートしたかったね。中学生の頃に……」


 昼間はグループ行動で遊び回っていた制服姿の団体も、集合時間を決めて少人数に分かれていく。


 そのうち、二人きりになってくるところが出始めたらしい。


 こんな夢の王国に学校が連れてきてくれて、堂々と時間を作ることができるならば、当然それを利用しない手はないだろう。


 薄暮の雰囲気に浸り、手をつないで二人だけの世界に入っていく組もいる。


「俺たちには、それこそ夢だったな。補習校でしか縁のない由実と1日遊びたいなんて言えなかった……」


 中には偶然にも家が近い者同士では可能だったケースもある。多少遠くても同性ではハードルも低かったようだ。


 同級生でありながら、移動手段を自分で持てない片道数百マイルの距離。さらに異性でもある中学当時の俺たちに、それ以上の関係は望めなかったから……。

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