お笑いの人

福守りん

お笑いの人

 お笑いの人。いわゆる、芸人と呼ばれる人。

 亜姫のスマートフォンをのぞきこむと、そういう人たちからのメッセージを目にすることがある。

郁郎いくろう。見ないで」

「ごめん」

「心配してるの?」

「べつに」

 僕の彼女の伊藤亜姫あきは、アイドルだ。

 つきあってる途中からそうなってしまったので、亜姫がアイドルになるとわかった時には、ええっ……という感じだった。

 アイドルに告白したつもりはなかった。


「へんなメッセージとか、こないの。お笑いの人から」

「こないよ。仕事の話ばっかり。こっちから、おつかれさまでしたとか書くと、その返事がくるだけ」

「ふーん」

 意外だった。

「ナンパしてくる人とか、いないの」

「高校生を? いたら、大問題だよ」

 ばかにしたような返事だった。

 実は先日、亜姫は文秋砲に撃たれたばかりだった。ついでに言うと、僕も撃たれてる。匿名だったけど。

 誰が亜姫の彼氏なんだろうと、探されたりはしなかった。地元では、わりと知られてる話なので、僕の顔がそれぞれの人の頭に浮かんで、それで終わりになったみたいだった。

「郁郎。芸人の人とか、興味ある?」

「あるよ。バラエティーとか、見るし」

「あたしが出てる時って、どんな気分?」

「どんな? どんな……。ああ、いるなって感じ」

「妬いたりしない?」

「しない、かな。プライベートの亜姫は、僕のものだし」

「……」

「芸人より、地元の大学生とかの方が、こわいよ。亜姫のことを、珍獣かなにかと思ってそうだし」

「ああ。いるね」

 少し前にも、商店街の近くでからまれていた。

 亜姫はかわいいから、人目をひく。アイドルだから、なおさらだ。


「さっきの話だけど。亜姫といっしょにいる時に、テレビに亜姫が出てる時は、へんな気分になる」

「へんって?」

「ここにいる亜姫は、本物かなって」

「本物だよ。どっちも」

「わかってるけど。混乱するってこと」

 ふうんとつぶやいた亜姫が、僕に手をのばしてくる。

 キスをされて、それにこたえてるうちに、テレビのことも、お笑いの人のことも、ふざけた大学生たちのことも、どうでもよくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お笑いの人 福守りん @fuku_rin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ