スプーキーナイトメア・ぷうけえ!

中靍 水雲

スプーキーナイトメア・ぷうけえ! 1

 この世界は、薄暗くて、じめじめしてる。

 夕方ってわけでもないようなのに、なんでこんなに空が真っ赤なのかな。

 灰色の雲がどろどろと染み出すように、赤い空を流れているのを見上げ、あたしはますます不安になる。

「ほんとに……なにが起きてんの……」

 真っ青な顔で地面に尻もちをついたまま、あたしはぼそりとつぶやいた。

 ぼうっとした黒い影は、まだいる。

 ホラー映画に出てくるような、幽霊みたいなやつ……っていいたいけれど、あたしはホラー映画なんて見たことがないから、ただの勘だ。

 黒い服に、裸足という、おかしなかっこう。そのうえ、すがたは透けて見えている。

 男なのか、女なのかは、存在が薄すぎて、わからない。

 髪はばさばさで、あんぐりと開けられた口が気味悪い。

 あたしはさっき、こいつに襲われた。

 怖くて、怖くてたまらなかった。「なんで、こんなことに」って目をつむった瞬間。

 見知らぬ男の子が、助けてくれたんだ。

 短い黒髪に、きつねみたいな細い目。雪のような白い肌に、へんなつなぎを着ている。

 あたしをかばうようにして、影から守ろうとしてくれているけれど、ヒーローというには、変な武器をかまえてるなあ。

 あたしが武器だと思っている細い棒みたいなものを、彼は空にかかげた。

 すると、先っちょから、細い紙の束がぶわっとあふれる。

 とたん、白い光があふれ出した……うわ、すごい、魔法?

 続けて、ぶつぶつと何かを唱えだす。

「名前ある呪いから生まれしものよ。今こそ白き光に清められ、空に還らん!」

 じゅ、呪文だっ。

 本来のあたしなら、「やばっ、かっこいい〜!」なんて叫んでるところなんだろうけど、でも……今はとてもそんな気分になれない。

 気味の悪い影が、白い光に照らされ、ゆらゆらとゆれだす。

 ふいに、ゴオオオという機械音が、あたりに響きわたる。

 あの棒みたいなものから聞こえてきているみたい。

 彼は黒い影に向かって、それを一気に振り下ろした!

 影が「ぐおおお」という奇声をあげながら、シュワアアアア、と蒸発するように消え、天にのぼっていく。

 真っ赤な、真っ赤な、今にも何かが起こりそうな、空へ。

「はいっ、清掃完了ー」

 ひと仕事おえてスッキリ、といわんばかりに、ひたいをぬぐう、彼。

「大丈夫?」

 彼があたしにむかって手を差しのべてくれる。

 でも、その手を取ることはできなかった。

 それよりも、聞きたいことが山ほどあって、今にも口から飛び出しそうだったから。

「はあ……ゲームを拾っただけなのに……」

 疲れきった声で、あたしはつぶやいた。


 ——あれは、つい数時間前のことだった。


 *


「なあなあ。昨日のパブリカの配信みた?」

「みたみた! ヤバかった! やっぱ『ティオティワカン』はガチ! 怖すぎ!」

 今、巷で大人気のホラーゲーム『ティオティワカン』。

 あたしのクラスである六年一組の教室でも、毎日話題に出るほどの人気っぷりだ。

 クオリティの高い映像世界に、ハラハラするシナリオ。

 どこまでも自由に探索できて、自分の行きたいところにいける。

 海のなかでも、崖の上でも、ゲーム世界なのに果てがないところが、わくわくポイント。

 そのクオリティの高さで、ティオティワカンはSNSを中心に大流行していた。

 大もりあがりの教室。

 あたしは、くちびるをとがらせた。

 ショートの黒髪を耳にかきあげ、憧れのゲームキャラクター「魔王さま」のファッションをマネて、全身黒コーディネート。

 あきらかに、教室から浮いている。

 でも、あたしにはそんなことは関係ないのだ。

 今、あたしが考えていることは、ひとつだけなのだから。

「ティオティワカン、いいなあ。やりた~……」

 あたしは、ぼそっとつぶやく。誰にも聞こえないように。

 なのに、超絶地獄耳の昼馬がニヤニヤしながら近づいてきた。ああ、もう。

「まーた、ゲーム得意自慢かあ。叶?」

「今のつぶやきのどこが? あんた耳ついてる?」

 つまらなさそうに返すあたしに、昼馬は見くだすようにいった。

「どーせ、ゲームの買いすぎでこづかいなくなったんだろ」

「ぐう」

 ご名答、といいたいところだけど、それは昼馬が調子に乗るだけ。

 あたしはなんとか、なまいきなやつをにらみつけてやった。

 全然、効果はなさそうだけど。

「話題のティオティワカンがやれないなんて、ゲーマー失格なんじゃないのかー」

「前もいったけど、私、ゲーマーなんてたいそうなもんじゃないから」

「おれに対戦で勝ったとき、自慢してたろ!」

「勝ったんだから、喜んだっていいでしょ。ねえ、この話何回すんの? 百万回は聞かされてるんだけど」

 はっきりいってやると、昼馬は目の前の机をバンッと叩いた。

 その席のクラスメイトが、びっくりして顔をあげたけれど、昼馬はムシ。

 あいかわらず、周りが見えてないんだから。ちょっとは空気読んでほしい。

「あー! ムカつく! 次こそ、お前に勝つ! 首洗って待ってろ!」

 ええ~。いつの時代の捨てゼリフ?

 めちゃくちゃワルモノみたいなこといって、昼馬はどこかへと走っていった。

 あたしはどっと疲れてしまって、くしゃくしゃと髪をかき混ぜた。

「はあ……」

 昼馬とのこんなからみは、日常茶飯事。

 クラスのみんながあたしを心配そうに見ているけれど、もう誰とも話す気分になれない。

 女子が男子にゲームに勝っちゃいけないわけ?

 あたしはただ、ゲームがしたいだけ。クリアしたいだけ。達成感を味わいたいだけ、

 空気を読んで、ゲームに負けるなんてつまらないこと、したくないだけ。

 昼馬なんかといっしょにしないでよね。

 あたしはただ純粋に、ゲームを楽しみたいだけ。

 人づきあいって、大変。はやく家に帰ってゲームがしたいよ。

 休み時間終了のチャイムが鳴る。

 あたしはだるそうにしながら、次の授業の教科書を出した。


 やっと、下校の時間。

 通学団と別れたら、あたしはいつも早足になる。

 帰ったらソッコーで宿題をして、ゲームをするため。

 なのに……しまった。すっかり忘れてた。

「もう家に、クリア済みのゲームしかない!」

 ちょうど昨日の夜、プレイしていたゲームをクリアしちゃったんだった。

 あー、いいゲームだったな。

 あれは最近やったソフトのなかでも、いちばんの傑作……って、そんな場合じゃない。

 今日あたし、何で遊べばいいの!

「あーあ。ティオティワカンじゃなくてもいいから、新しいゲームがやりたいなー。おこづかいさえあれば……」

 その時、トン、とスニーカーのつま先に何かが当たった。

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