違いのわからない国

つかさ

第1話

 ある夜、とある繁華街近くの駅。家路へ急ぐサラリーマンやこれから夜の街へ繰り出そうとする若者が無数に交差している。あの同じような人たちの中に入り込むのに毎度のことながら嫌気が差しつつも今日もそこに紛れ込もうとすると、道を挟んだ向かい側から明るい声が二つ、聞こえてきた。


「ショートコント。洞窟」

「なぁ。こんな暗くて不気味な洞窟、入って大丈夫なのか?」

「何言ってんねん。俺はお前と一緒なら安心やって信じとるで」

「そんなに僕のこと……」

「なんせそんなに光り輝いとるからな。あー、眩し!」

「なに僕の頭見て言ってんだよ!俺の頭は懐中電灯じゃねー!」


 そして、沈黙。

 誰も二人に目をかけることなく、人々は駅を行き交っていく。


「おっ?兄ちゃんウチらのコント気に入ってくれたん?」


 訂正。うっかり俺が目をかけてしまっていた。


「いや、全く」

「否定早っ!?」


 俺は気を取り直し、振り返って駅へ向かおうとする。


「なぁ。せっかくやし、もいっこくらい見ていかへん?」


 テンションが高いボケ担当が絡んできた。


「いや、だからいいって」

「そんなカンニンなこと言わんで。かっこいい兄ちゃん。もうちびっとだけ付き合って、な?」


 これっぽっちも嬉しくない言葉をかけられ、いつの間にか服の裾まで掴まれている。これはしっかり言わないとしつこくされるな……、


「あのさ。そのコントやめたほうがいいよ」

「えぇ〜。それってウチらのネタがつまらんってこと?」

 バサリと切り捨てるような俺の言い方に、ボケ担当は悲哀の表情を浮かべる。


「アンタたち、わかってるだろ。今はそういうことしても誰も笑ってくれないって。それに二人にとっても良くない」


 再び、沈黙。二人とも俺の言葉に対して、くるりと表情を真顔に変える。


「ふふっ……ですよね」


 頭頂部の毛髪が全く無いツッコミ担当が自嘲を込めた笑みで静かに答えた。


 ずいぶんと昔に、他人の容姿・人種・趣味・性別・思想・性的趣向・出生などで差別をすることが全面的に禁止となり、厳罰化された。漫才・コントといった分野にも厳しく、それよりも前から世間の風潮から非難を浴びていた“ハゲ・デブ・ブス”などの体型を指して笑いをとったり、ツッコミと称して頭や体を叩く行為も完全に禁止とされた。それだけじゃない。読み間違い、すれ違い、考え方の違いをネタにする笑いすらも、知識や行動が異なることを差別していると言われ、廃れていってしまった。

無論、お笑いに限らず、その他のエンターテイメントや、それこそ公での発言、ネット上での書き込みでも差別に値するようなことは片っ端から取り締られた。人々は日常会話でも自然と注意するようになり、現在では人種差別だ男女差別だといった言葉はすっかり過去の忌まわしき遺物と成り果てた。

だから、この二人がここでこんなことをしているのはかなり問題だ。誰かが通報でもすれば非常にまずいことになる。


「どうせ、ウチらのことなんて誰も見ようともせぇへんし、別にええやろって思ってたんやけど、兄ちゃんみたいな変わりもんがいてくれたってことを励みにして、今日は退散しますわ。ハゲだけに」

「いや、ハゲてるのは僕のほう!」


 上手いこと言ってやったみたいな顔で二人がこちらを見ているが、盛大な間違いなので無視しておく。


「そういえば、変な喋り方してるんだな」


 俺は会った時から思っていた疑問をツッコミ担当に聞いてみる。


「前にな。ずーっと昔のお笑いの映像見てたら、こういう言葉を使ってる人たちがいて、真似してみた。どこかの言葉らしいんだけど、付け焼き刃やさかい、うまく使えてるかはわからへん!でも、面白い喋り方やろ?」

「言葉の違いで笑わせるのもダメだぞ」

「へいへい」


 たぶん、この二人はまたここでこんなことをするかもしれない。そんな気がした俺は最後にもう一つだけたずねてみた。


「なんでこんなことしてるんだ?」

「違うって良いことやと思うからやね。きっとそれは強みになる。ここでは劣っていると扱われてもどこか別の世界では優れていると思われることもある。違うからこそ変えられるものがあるんやって」

「僕らはそれを見せたいんです」


 でも、きっとその思いに対しても『お前だから言えるんだ。その言葉はそう思えている人とそう思えない人を差別している』とでも言われてしまうのだろう。

 俺は「そっか」とだけ返事をして、二人の足元に置かれた空っぽの缶に五百円玉を放り投げて、家路に急いだ。


――


「さて、と。そろそろ帰ろうか。これもう脱ぐよ。蒸れて嫌だし」

「ホンマ、ハゲのかつら似合わないなぁ」

「その言葉はそのまま、自分に返ってくるからね」

「あっ、そうだ。新ネタでこれなんてどや?仰向けのお前の上に俺が同じように重なって、起き上がって『幽体離脱』ってやつ」

「面白くないと思う……。だって、誰でも出来るよ、それ」

「せやな。みんな、同じ顔やし」



 これは違いを無くすために国民全員を同じ容姿に整形してしまった国の、とある夜の一ページ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

違いのわからない国 つかさ @tsukasa_fth

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ