第93話
「その人物の特徴を教えてくれないか?何か思い出せるかも知れない」
「ああっと…銀髪で…ウサギ耳で…黒い角が4つ生えてて…鬼の仮面を被っていたな」
「…ちょっと待て。ひょっとして他にも2体程仲が良いやつらを近くに見なかったか?語尾に…を多用するやつとか、妙に偉そうな態度のやつとか」
「ああ。なんか映像の中で喧嘩してたのを見たな」
「……」
その言葉を聞いたミスターKが仮面の表面に少しだけ手を当てて沈黙する。
「…そうか。心当たりはまあ…有るには有るな……」
「話を続けても?」
「ああ…スマンな。それでなんだったか?その自称ガイドウサギの言っていた件だったな」
「ああ」
「そうだな。そのウサギが言う通り運営はプレイヤーの行動に原則干渉はしない」
「嘘だな。事実あんたはお助けモンスターを3体始末してるじゃないか」
大助がスマートフォンの画面をミスターKの視界に入るよう見せつける。
「原則と言っただろう青年。おまえにも…そして俺にも譲れない目的と言うものがある」
「それと、別に殺しちゃいないさ。ただ退場してもらっただけだ。あの少女達にこの舞台はまだ早過ぎる」
「舞台?悪いが俺はエスパーじゃないんだ。もうちょっと現代的かつ端的に話してくれよ?」
(舞台…目的…つまりこの男は個人的な利益のために行動しているのか。その為なら平気でルールすらも破ると)
「似たようなものだろう。青年はもう俺が運営の意図から外れて行動している事に気が付いているはずだ」
「…さてな」
「いいか青年。よく聞け。お助けモンスターは無限に復活できるわけではない」
「……」
「彼女達はデータを復元するたびに必ず劣化していく。完全に元通りになるわけではないんだ」
「そして心的外傷などの魔法でもどうにもならない現象は累積していく。割れたガラスは決して元の形には戻らない」
「そうか?その辺はどうとでもなると思うが…例えば……」
大助のその言葉を聞いたミスターKが頭を抱える。
「「洗脳系の能力で無理やり動かせばいい」とかか?…青年が何故最優先でミルフィーを勧誘したのか理解できたよ……」
「青年は俺のことを誤解している。いいか、お助けモンスターというのは人間とも魔物とも違う存在だ」
「彼女達は魔力によって放置モードの世界からこの世界に呼び出されている。そのアンカーとなっているのがおまえだ」
「つまりおまえが死亡するか、彼女達の残り魔力が0になった時点で強制的にあの放置空間へと戻されるわけだ」
「ああ。あれってやっぱりそういう仕組みだったのか」
大助がそのことを理解したのと同時に、ミスターKが掌に小さい植物を召喚する。
「この草はサラセニアと言う名前でな。俺がやったことはこの魔草を使って彼女達の全魔力を吸収しただけだ」
「…ほう」
(魔力を吸収する魔草か。かなり有用だな。覚えておくか)
「さてと。いいだろう。青年の状況は大体理解できた」
パンっと、一度だけ柏手をミスターKが打つ。それはこれ以上の情報を与えるつもりはないというミスターKからの警告だ。
「目的が達成できたのなら元の世界に帰るといい。もう帰還機能は使えるんだろう?」
「ああ。まあそうだな」
大助がスマートフォンの画面を操作すると確かに帰還の操作メニューが解禁されていた。これはシュガーをゲームで倒すという帰還条件を達成した影響だ。大助が今直ぐに帰還するかどうか悩んでいると、隣に座っていたはずのミスターKの姿が大助の目の前にあった。
「……」
「……」
ミスターKと大助の視線がぶつかる。そして互いに理解していた。おそらく次の会話が最後になるだろうと。
「1つ聞かせてくれ。何故おまえは進み続けるんだ?」
「……」
金本大助という人間の核心にも迫るその質問に大助の動きが止まる。
「おまえが進むその道の先には…なにもありはしない。ただ燃え尽きて灰になるだけだ」
「……」
「育てて…壊して…また育てる。そんなことをおまえは…死ぬまで続けるつもりか?」
ミスターKのその質問。本来ならば真剣に答える必要などないその質問。だが、その質問にだけは真摯に答えなければならないと大助は直感していた。
「仮に…もし仮に、あんたの言う通り、俺の行きつく先が灰であったとしてもだ。俺は止まれない。止まる事などできない」
「……」
「一度燃え上がった炎を消す方法なんて2つしかない。火種が完全に燃え尽きるか…他の誰かに消されるか。それだけの話だろ?」
「……そうか」
大助のその答えにミスターKが一度だけ頷く。
「そうだな…いけるところまで走り切らないと…止まれはしないか……」
「…?どういう意味だ?」
「いや、こっちの話だ」
ミスターKが大助から少しだけ距離を取る。
「行け、青年。そして忘れるな。おまえがその道を歩くと言うのなら、そこには破滅しかない」
「……」
大助がスマートフォンを操作し帰還ボタンに触れる。そしてゆっくりと大助の姿が消え始めた。
「それでも進むと言うのなら…やってみるといい」
すでに大助の姿は完全に消失していた。それでもミスターKの言葉は続く。仮面を外し、名残惜しそうなその表情で消えていく新緑の残滓を見つめる。
「人生に正解なんてない。何を選んで何を捨てるのか、選択はおまえ次第さ」
「せいぜい楽しめ。それが退屈を嫌うお前への…俺からのプレゼントだ」
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