第84話

「さてと……待たせて悪かったな、お嬢ちゃん達」


 ミスターKが展開していた鋼線トラップを全て解除し手元へと戻す。

 

「んおお!やっと解けたぞおおおお!!」


 手元へと戻した鋼線をグルグルと木材へと巻いていくミスターK。


「君たちの力の基準で考えると…まあこのぐらいが妥当か」


「___‘強化‘」

 

 ___木材と鋼線が男の魔力により強化される。


 ___これはただそれだけの魔法。


 ___それだけの行動で、ただの木材は世界最強クラスの武器へと変貌する。


「…っ」


「覚悟は出来ているか?ここから先は命を懸けろ」


(ヤバい。「聖剣」よりも「魔剣」よりも。あの男が魔力を込めただけの木材が、ただただ恐ろしい)


「ですがっ!ここで逃げるなんて選択肢は存在しないんです!!」


「___‘トラッキング・ソード!!‘」

 

 4本の剣を背面に展開しつつラビが正面から男に突撃する。


「はあああああっ!!」


「見せて見ろ。君の全力を…!!」


 打ち合い。弾き。そして打ち合う。五本の剣でもミスターKには届かない。その全てを木材で弾き返される。


「ぐぅ…!?」


「マジカル・ラビット…君の限界は、まだまだそんなものじゃないはずだ」


「何を言って……」


「君には無数の手札がある。それが却って視野を狭めているようにも見えるな。いいか。常に考えろ。思考を止めるな。相手の裏をかき理不尽を押し付けろ。君ならそれができるはずだ」


「…っ!?」


 ミスターKがラビの頭部を狙い木材を振りかぶる。それをギリギリのタイミングでクラリアの強化された触手が受け止めた。


「…ギリギリセーフ」


「喰らうモノか…君にはまだ足りないものがある。それはっ…!!」


「…っ!?」

 

「ハングリー精神だ!!」


 ミスターKが鋼線を使いクラリアそっくりの触手を形成。それがクラリアを飲み込みダンジョンの壁へと叩きつける。


「クラリア!?」


「君は味方に被害が出ないよういくつか魔法を制限してるだろ?それじゃダメだ。全員巻き込んでも構わないという気概がないと俺には通用しない」


「…むぅ」


 ミスターKが鋼線を解除しようと魔力を込める。


(本当は使いたくないけど…仕方がない!!)


「ミスターK!あなたにこのスペシャルな攻撃が捌けますか!?」


「んっ…?」

 

 そのタイミングでラビがある特殊な剣をミスターKへと投擲する。


「子供じゃあるまいし、そんな手に俺が乗るわけが…いや、だが万が一と言う可能性も……」


「いいだろう。乗ってやる」

 

 本来ならば触れる事もなく回避できるその攻撃をミスターKは正面から対応。スペシャルという言葉が言葉以上にミスターKを縛っていた。


「さあ、何を見せてくれる?」


 ミスターKが余裕を持って投擲された剣を弾く。


「___‘キャロット!!‘」


「これはっ…!?」


 キーワードの詠唱と共に、弾かれたはずのオレンジ色の剣とクロの位置が瞬時に入れ替わった。


「せいっ!!」


「おっと…!?」


 突然現れたクロとミスターKの拳が正面からぶつかり合う。


「転移草…剣に仕込んでいたのか。まったく正気とは思えないな。失敗したらウサギのお嬢ちゃんと心中コースだ。その事を君は理解しているのか?」


「そうだな!だからこれはとっておきというやつだ!!」


「そうか。まあそういう蛮勇は嫌いじゃないんだが…それだけじゃまだ足りんな」


「ふぬぅうううう!!」


 戦いはクロとミスターKの近接戦闘へと移る。だが拮抗していたのは初撃だけだ。次第にクロが押されていく。


「ぬうう…!?何故だ!?何故私が接近戦で押される!?」


「ブラック・ドラゴン…君は魔法も戦闘技術も完成している。その単純明快な精神性も美徳と言っていいだろう。だがしかし、決定的に足りていないものがある」


「なにぃ…?」


「攻撃パターンが単調過ぎだな。もっと頭を使った方がいい」


「ぐはっ!?」


 肉体的、精神的にもダメージを受けたクロがダンジョンの壁際へと殴り飛ばされる。


「___‘ソード・ラビット!!‘」


「…むっ!」


 ミスターKの死角から4体の召喚されたウサギが剣を突き立てる。だがそれを難なく彼は回避していた。

 

(ならばっ…!!)


「___‘1、2、3番。連続射出!!‘」


「ほぅ…」


 ミスターKの視界を遮るように、生成した魔力の剣を近距離で発射するラビ。


「___‘4番。爆破!!‘」


 過剰に魔力を循環させていた剣を意図的に爆破。霧のように広がった細かい魔力で即席の煙幕を展開する。


「ふむ…攻撃と煙幕の合わせ技か。中々考えてるな」


 そのタイミングでダンジョンの壁際でダウンしていたクラリアとクロに指示を出すラビ。


「クラリア!支援をお願い!!」


「…ん。分かった」


「クロ!空中から全力ブレスでこの「階層」ごと焼いてください!!…あの男は私とクラリアが全力で足止めします」


 ラビの正気を疑うような作戦内容にクロが驚く。


「んあ?いや…それだとお前たちも……」


「皆殺しにするつもりで構いません。あの男だけは絶対にマスターの所に行かせてはいけない。それがたぶん、今の私達の使命です」


「…ん。ラビに同意」


「お前たちやっぱ頭おかしいぞ……了解だっ!!」


 クロが最大威力のブレスを吐き出すために竜形態へと変化し飛び上がる。


「___‘アポカリプス‘」

 

 ラビとクラリアの覚悟はしっかりとクロに伝わっていた。44秒。それがクロにとって最大最強の威力の魔法を出すためにチャージしなければいけない時間だ。


 44秒間。全てを破壊するまでに必要なその時間。それを稼ぐためにラビとクラリアが捨て身でミスターKの前に立ちふさがる。


「まったく…どうしてこう燃え尽きる前の火は美しいんだかね……」


 それを見ていたミスターKの雰囲気が変化する。この最終局面において、ようやく仮面の男は少しだけやる気を出し始めたのだ。


「あの黒龍が「奥義」を打つまでに…まあ44秒というところか」


「出来るのか?君たちに、俺を足止めする事が……」


「足止めではないですよ?」


「…?」


 ラビがミスターKに剣を突きつける。勝利の可能性が1%でも残っている限り、少女は絶対にギブアップなどしないのだ。


「あなたには…死んでもらう予定です」


「……うっははははは!!」


 嬉しそうに笑い声を上げながらミスターKが木材を捨て、両腕でファイティングポーズを構える。


「さあ見せてくれ!…君たちの、魂の輝きを!!」


「「…っ!!」」


 化け物達の最終ラウンド。それがついに幕を開けた。

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