第60話

 テンションが上がっていく大助。だがそれとは裏腹に中々女はホテル内部から姿を現さない。


(なんだよ?ひょっとして今ので死んじまったのか?)


「勘弁してくれよ~こんなんじゃ前菜にもならねえよ!?」


 退屈そうに十手をクルクルと回し始める大助。


(まあ今がチャンスではあるか)


 大助が素早くスマートフォンに文字を打ち始める。そして送信ボタンを押した段階でようやく待ち望んでいた好敵手が姿を現した。サングラスを外し、腕まくりをしたその姿から大助は確かな「覚悟」を感じ取る。


(足が完治してるな。腹部の骨折も治ってるように見える。ポーションみたいな「何か」を使ったな)


「…正直舐めてたよ。このレベルの能力者がまだ存在していたなんてな」


「目は覚めたかい?」


「ああ。おかげ様でな。最後の仕事だからと手緩く終わらせようとした私が馬鹿だった……」


(いやいや。退職前に人殺しとか頭イカレてんだろ)


「…まったく。さくっとターゲットを始末してバカンスを楽しもうとしたらこれだよ。よりにもよってなんで最後にこんな化け物の相手をしなきゃならないんだ?」


「そりゃ運がなかったな」


 互いに不毛な会話が続く。この会話に意味などない。これは女にとって覚悟を決めるための儀式のようなものだ。


「格闘ゲームとかで夜眠る前、どうしても一回だけ勝ちたいって時あるだろ?それなのに連続連敗で発狂寸前。今の私はそんな気持ちなんだ」


「___だからテメエだけは、絶対にブチ殺す」


「最高だよ、あんた」


 大助と女が同時にファイティングポーズを構える。


「___気力覚醒<風魔の大鎌>」


「…?」


 濃密な気力が女の掌で圧縮されていく。次第にそのエネルギーは形を変えていった。半透明なワインレッドの大鎌。それが女の手に握られる。


(能力で作った武器?いや気術か?それにしては妙な感じがするが)


(能力や気術ってのは魔法の亜種みたいなもんだ。俺と殺し屋の技量は拮抗してる。武器程度じゃ起爆剤にもならないと思うが…)


「行くぞ?」


「…っ!?」


 建物を崩壊させる程のエネルギーで女が突撃する。大助の予想を超えた速さの攻撃。その大鎌に合わせて大助は反射的に十手を振っていた。強力な魔力を纏った十手。それがまるで豆腐のように切断され大助の右腕ごと刈り取る。


「引っ掛かったなこの馬鹿がああああ!!」


「うっそおおおおお!?」


(防御不能の攻撃…!?そりゃ反則だぜ……)



「きゃあああああああああああああああ!?」


「何だあああああああ!?」


「建物が!建物が真っ二つに割れたんだよ!?」


「はあああああ!?」



(あ~あ~…俺をブチ殺すためについに一線を越えやがったか)


 斬撃は大助の腕だけでは収まらず熱海市外地の建物を次々と倒壊させていく。紛うことなき大惨事だ。


「この…サイコパス野郎があああああ!!」


「ぶはっ!?」


 ふいを付かれた大助が女の抉るような左フックを喰らい建物の下方向に吹き飛ぶ。


(それはこっちのセリフだよ!)


 視界と体がぐるぐると回転し三半規管が異常を訴えて来る。それでも意識を手放すわけにはいかない。頭を振りかぶり思考を回転させる大助。


(やべえ。楽し過ぎてイッちまうところだったぜ……)

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