コメディ勧進帳 源義経が来ると聞いていたのに源頼朝だった件

佐倉じゅうがつ

義経が来る!

 関守の富樫左衛門ははりきっていた。

 かの源義経一行が山伏に変装して、ここ加賀国、安宅の関を通ろうとしている、との知らせが入ったからだ。


 源義経と言えばイケメンで強くてモテモテなのだそうである。手元の人相書きでもそこそこイケてるのだから、実物はもっとイケてるに違いない。

 わくわくしながら三日三晩、寝ずの番で待ちつづけた。


「義経が来たらどうする?」

「サインもらえないかな……そしたら掛け軸にして飾りたいよなあ」


 眠気ざましに他愛のない話をしていると、家来があわただしくやってきた。


「来た! 来ました! 山伏の姿をした集団でございます! 先頭に立つのは山のような大男です!」


 大男というのは義経の右腕、武蔵坊弁慶に違いない。富樫左衛門は両こぶしを握りしめて叫んだ。


「義経きたーーーーーーーー!!」




 いそいそと関所の門へと向かい、スーパースターの一行を出迎える。

 山伏に扮した弁慶にあいさつをした。うわさ通り、見上げるほどの巨体だ。


「どーもどーも、富樫左衛門ともうします。弁慶どの、このたびはよくぞいらっしゃいました」

「は? なんのことだ?」

「いやいや! みなまで言わずともよいのです。わたくしはあなた方の味方ですからご安心を。しかしながら、ただで通すといろいろと問題があるんで、どうかお付き合いいただければと」


「このまま通してもらわなければ困るのだ」

「わかってますわかってます! ほんのちょっとの手間ですから。まずは勧進帳を読みあげてください」

「かんじんちょう?」

「東大寺を再建するために勧進をしてまわる山伏だって話じゃないですか、ね。いやそんなもん持ってるはずがない。となれば……おわかりですよね?」

「いやさっぱり」


 あれれ? ちょっと話がかみ合わないぞ?

 そうか、自分が先走りすぎたのだと合点した富樫左衛門は助け船を出すことにした。


「そのへんの巻き物をもって適当にそれっぽく読めばオッケーです!」

「巻き物……おい、なにかあるか?」

「じゃあこれでも使ってください」


 一人の荷物持ちが出てきて弁慶に手わたす。

 ははーん、あれが義経だな。と富樫左衛門はじろじろと見ていたが、残念ながら笠をかぶっているために、顔は見えなかった。


「助かる。えー、どれどれ……」


 弁慶はうけとった巻き物をひろげ、朗々と読み上げた。




『拝啓、文治の世になって数年がたちますが、いかがお過ごしでしょうか。あのとき、貴方を一目みたときから春夏秋冬、心にはいつも桜吹雪が舞い散るがごとく。貴方を思わぬ日は一日としてありません。このたび、あらためて結婚と子孫繁栄を前提としたお付き合いを申しいれたく、自らここまでやってまいりました。妻の政子についてはご心配におよびません。折を見て別れるつもりです。あの女の怒りを想像すると恐怖に足が震えますが、愛の試練でありましょう。きっと乗り越えてみせます。――貴方の恋人、頼朝』




「なにそれ!?」


 富樫左衛門はさけんだ!


「なにこれ!?」


 弁慶もさけんだ!


「うわああああああああ!!」


 荷物持ちがすさまじい勢いで地面をのたうちまわり、土下座をしてきた。


「ごめんなし! 今のなし!」

「頼朝様、この文書はなんですか!?」

「たわむれ! ほんのたわむれなんだ! 本心じゃないんだ!」

「じゃあなにか、我々は不倫のために変装までして鎌倉から歩いてきたってのか、このスケベ野郎!」


 土下座されても怒りおさまらず、金剛杖でボッコボコにする弁慶。さすがに止めないと死んでしまう!


「落ち着いてください、弁慶どの!」

「うるさい、誰が弁慶だ! そんなやつ知らんわ!」


 なんだろう?

 どうも話がおかしい。


 弁慶をなんとかなだめ、死体のように転がっている荷物持ちに、直接きいてみた。


「きみ、義経だよね?」

「頼朝です……」


 この質問に弁慶――ではなかったらしい大男が強い反応をしめした。

 怒髪天を衝くかのごとく、杖を振りかざす。


「貴様、我々をあんな裏切者集団と思っていたのか! 田舎侍ごときが! 許せん、ギタギタにしてやるぞ!」




 富樫左衛門、キレた。




「ギタギタになるのはてめえらのほうだーーーーーー!!!!」




 全身が光りかがやき、スーパー富樫左衛門に覚醒した!


「こっちはずっと待ってたの! 義経まだかな、まだかなってずっと待ってたの! ずーーーーっと徹夜して待ってたの! それなのになんだよ! 意味わかんないっつーの!」


「えっ! なんだこいつ!? うわああああああああ!!!!」




 スーパー富樫左衛門の力は鬼神のごとし。ひとり、またひとりとギタギタにされていった。








「あのー。義経様、なにやらもめているようですが……」

「止めぬなら、通ってしまおう、ホトトギス」


 こうして義経一行は、安宅の関をぶじにとおりぬけることができましたとさ。

 めでたしめでたし。

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コメディ勧進帳 源義経が来ると聞いていたのに源頼朝だった件 佐倉じゅうがつ @JugatsuSakura

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