第33話 パイレーツ オブ 伊予灘

「左近君、じゃーなー! メシと薬、ありがとーなのじゃー!」

「ああ、元気でな」

 なんだかんだで一緒に西海道まで帰って来た立花の艦隊と島津の船団は、豊後沖で西と南へ別れた。

「もし徳川に攻められたら先に柳川中部域が狙われるじゃろうから、そしたらワシが助けに行くのじゃ! 大船に乗ったつもりで安心するのじゃ!」

「あ、ああ……お気持ちだけ……」

 せっかくの申し出なのだけど……船で数日同行するだけでも弘歌に色々たかられた立花としては、島津の後詰応援は後が怖くて仕方がない。


 そんな相手の内心も知らず、弘歌は気分良くとの別れを惜しんだ。


   ◆


「と思ったら、別れた途端にコレなのじゃ……」

 弘歌たちが単独になるのを待ち構えていたかのように、豊後沖で数隻の軍船が島津の船団を追跡し始めた。あちらの方が船は小型だが、その分速力は早い。付近一帯を警戒していたらしく、仲間の動きを見て次々集まってくる。


 山田有栄が帆に描かれた家紋を確かめた。

「黒餅紋……あれは黒田の小早快速船ですね」

「黒田? ワシはヤツとは何も喧嘩しとらんのじゃ」

「徳川方についていましたから、個人的な恨みは関係ないでしょう」

「むう……落ち武者狩りで恩賞をせしめようとは、大名のくせにせこいのじゃ」

「世間の常識に文句をつけられましても……」


 どんどん増える黒田の小型船は弘歌たちをぐるっと囲み、今にも襲い掛かって来そうになっている。

「なんだか、天下分け目の戦いに参陣すると決めてから運が悪いのじゃ……」

 わずか三隻しかいない島津の船は、連中にとっては絶好の標的だろう。

「どうしようなのじゃ……」

 数を増す黒田の軍船を眺めながら、弘歌は眉間に皺を寄せて考え込んだ。


   ◆


 不審船の船上で、鎧を着た武士が走り回っている。あのうろたえぶり、徳川の敵に回った官僚派の一団に間違いない。

「豊後から南に向かうのを見ると、高橋……いや、島津か?」

 あちらも御用船とはいえ、輸送船団のようだ。戦闘用に特化した小早で編成された黒田の艦隊からしてみれば、そんなに怖い相手ではない。

「押し包んで接弦しろ!」

 お互いに船を沈められるような大筒大砲は持っていない。となれば相手の船に斬り込み、白兵歩兵戦での制圧になる。

 鈍足な敵船団の包囲を完了すると、黒田家の水軍は一斉に漕ぎ寄せ始めた。


   ◆


「弘姫様、本当にやるんですか⁉」

「やるのじゃ!」

 山田の悲鳴を無視して、弘歌は兵たちに指示をした。

「どうせこのままでは無事に済むはずがないのじゃ! 多少の犠牲は我慢して、骨を切られて肉を断つのじゃ!」

「弘姫様、それだとこちらの方が息の根を止められます」

「あれー?」


   ◆


「む? どうやら中央の一隻には、名のある者が乗っているようだな」

 島津と思われる船団は、一番大きい船をあいだに挟んで三隻が横に船をつなぎ始めた。三隻を連結することで一個の城と成し、籠城戦を行うつもりのようだ。

「僅か三隻の船で寄せ集まっても、斬り込む時間がわずかに違うだけよ。島津も船戦ふないくさは素人と見える」

 陸地で兵が集まって防御の陣を組むのとはわけが違う。

 その場しのぎの浅はかな戦い方をせせら笑いながら、黒田の将は斬り込みの指示を出した。


   ◆


 漕ぎ寄せた島津の船に鉤縄かぎなわを投げ、小早を振り切れないようにして一気に乗り移る黒田水軍の海賊たち。そして敵の斬り込みに慌てる芋侍をバッタバッタと切り倒す、はずが……。

「いらっしゃーい」

 そこで既にニヤニヤ笑って待ち構えている兵。

 彼らの握っているのは刀……ではなく、船を漕ぎ寄せる為のオール


 はじめの一撃を受けた黒田兵は、何が起きたか分からなかった。

 そして斬り込みの順番を自分の船で待っていた後続の兵は、なぜか戦友が空高く飛んで行くのを目撃した。

「……はぁっ⁉」

 すぐに次が飛んでくる。小早の上を通過して背後の海に次々落下する黒田兵は、波間にぷかぷか浮かんでピクリとも動かない。

「上で何が起きている!?」

「おい、どうなっているんだ⁉」

 訳が分からない状況に焦る黒田兵が島津の船上に向かって叫ぶと、答えの代わりに火縄を付けた袋が落ちてきた。


   ◆


「よっしゃー、三匹目たい!」

「なんの、儂は五匹目じゃ!」

 中馬や木脇たち、大柄な兵が棍棒代わりに櫂を振る。船での戦いに慣れているはずの黒田の兵は、面白いように跳ね飛ばされて船外へと飛んで行った。

 

 船での戦いでは、揺れで構えることができないので弓鉄砲はあまり役に立たない。槍も長すぎて取り回しが良くない。なので刀や長巻のような刃が長い接近戦用の武器が有効なのだが……そんな常識に囚われない素人集団島津軍は、槍に匹敵する長さの櫂を横殴りに振るうという反則技を繰り出していた。

 一方の黒田兵は普通に白兵戦のつもりでそんなものは持ち込んでいない。それ以前に彼らにとって櫂は武器じゃない。そして思いついたとしても……揺れる船上で重い櫂を縦横無尽に振り回せるほどの馬鹿力は滅多にいない。

 黒田兵の悲鳴が飛び交う中、一応刀の柄に手をかけている伊勢が状況を確認して弘歌に報告した。

「こちらの船上は大方片付きました」

 黒田兵はまだ残っているが、ほとんどの者が腰が引けている。もう邪魔にはならないだろう。

「よし、やるのじゃ!」

「はっ!」


 左右の船の上で、伊勢と山田が同時に指示を出して……両方の船から同時に火柱が上がる。それと合わせて差した導火線に火をつけた玉薬火薬の袋を、黒田の船にも投げ込む。

「出すのじゃ!」

 

   ◆


 こちらが包囲したつもりが、密集したところを狙われて火をつけられた。

「くそっ、切り離せ!」

 信じられないことに、島津の連中は黒田の軍船だけではなく自分の船にも火をつけた。このままでは中国の昔話にある“赤壁の戦い”よろしく、つながった舟がまとめて火だるまになってしまう。

 薩摩の自爆攻撃にいったん乗っ取りを諦めて、船を離そうとした黒田軍だったが……。

「鉤縄をはずせません!」

 沈みかかった島津の船に吊上げられる形になり、向こうに引っ掛けた鉤縄が張力テンションがかかっていてはずせない。

「こちらに固定してある大元を切ってしまえ!」

「やっているのですが……!」

 そんなことをやっているうちに島津の三隻のうち、真ん中に挟まれた船だけがなぜか動き始めた。

「……あっ」


   ◆


 実はつないでいなかった中央の御用船だけ、全速力で戦場を離脱する。

「黒田の連中、呆気にとられているのじゃ」

「でしょうねえ」

 三隻中二隻を犠牲にし、黒田の軍船ともども火をつける。船に思い入れのない陸兵の弘歌たちの奇策で、黒田軍は追跡する意欲を失ったようだった。

「まあ、巻き添えになって沈む船の兵を救助してたら動けないでしょうね」

「ざまあみろなのじゃ」

「こちらも戦いどころじゃないですけどね……」

 三隻に便乗していた兵をまとめて一隻に詰め込んだため、船上に兵がぎっしり詰まっている。喫水が沈み過ぎて、船べりを波が洗っていた。

「過積載でもうちょっとで沈みそうです。波がちょっとでも荒れたらまずいですね」

「半分くらい、垂らした縄に捕まらせて泳がせるかの」

「余計な抵抗ができて船足が遅くなるので止めて下さい」




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物語の豆知識:

 “島津の退き口”で最終的に薩摩に帰りついたのが八十余人と伝わっていますが、この水上戦の段階まで数百人はいたみたいです。

 義弘たちの御座船を逃がす為に二隻が残って海上での捨てがまりを行い、なんとか逃れたとなっていますね。

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