第31話 みっしょん・いんぽっしぶる

 深夜にこっそり大坂屋敷へ移動した弘歌たちは、留守番の面々と無事を喜び合った。

 だがそこには、さらに意外な者たちも集まっていた。

「お、おまえたち……生きておったのじゃ!?」

「殿様!」

「維新様!」

 怪我の手当てであちこちに包帯を巻いた者たちが、弘歌の姿にドッと歓声を上げる。

 関ヶ原の猛烈な退却戦の中、戦場でついて来れずにはぐれた者たちが大坂へ逃げて来ていたのだ。その数、実に……二百人。正直、本隊よりも多い。

「どうやってここまで逃げおおせたのじゃ?」

「峠を越えたら東海道に出たので、甲賀からそのまま突っ走って来たでごわす」

「中山道を琵琶湖沿いにそのまま」

「たぶん伏見屋敷に逃げ込んだ者もおるたい」

 早い者ではあの戦いの二日後くらいに到着して、大坂屋敷の者たちと弘歌の行方を捜していたのだという。

 無事で良かったと喜んでくれる家臣たちを眺めながら、弘歌は横の山田にこそっとつぶやいた。

「のう、有栄」

「はい」

「……ワシらも南に大きく迂回せずに、近江路を走って来たら早かったのじゃ?」

「いまさらそんなことを考えても仕方ないです、弘姫様」


   ◆


 本隊について来れなくなった兵は、まだあちこちに隠れていそうだ。

 思ったよりも生き残りが多くてちょっと元気が出た弘歌は、さっそく大阪屋敷を拠点に人質奪還作戦をすることにした。


 大阪留守居役の平田が状況を説明する。

「どうも内々に毛利中納言様の退去が決まったようです。大坂には反徳川方の兵もまだ多数いますので、抗戦を主張する方々もおりますが……流れがこうなった以上、まもなく進駐してくる徳川軍を迎え撃つような事にはならないかと思われます」

「すると、今がまさに間隙というわけじゃな?」

「そのとおりで」

 徳川派はまだ到着しておらず、反徳川派は今のうちに脱出しようと焦っている。お互いに今、大坂城を

「無責任な大人は付け入るのに都合がいいのじゃ。現場が混乱しているうちに決行なのじゃ!」

「おおっ!」

 弘歌の決定に、周りを囲んでじっと見守っていた兵たちもどっと沸いた。


「よし、行くぞ行くぞ!」

「しまった、草鞋がだめになっとった」

「誰が一番槍か賭けようぜ!」

「使える馬がまだ残ってたかな」

「だからすぐに動くでないと言うとるのじゃ!」

 一斉に出撃しようとする短絡脳どもを、弘歌は慌てて引き止めた。


   ◆


 翌日の午後遅く。


 大坂城の大手門に、薩摩島津家の家士を名乗る侍がやって来た。

「お城で預かりになっておられる当家の姫様へ、御用の物をお持ちしまして……」

 後ろにはいつも通り、差し入れらしい荷物を運ぶ人足たちを引き連れている。特に変わったところは無い。

「そうか。通ってよろしい」

「ありがとうございます」

 異常は無いと見て、番兵は簡単に通行許可を出した。


 天下の堅城と言われる大坂城も、今は警備体制にゆるみが生じていた。

 関ケ原の戦いを受けて、確実な事を誰も何も言うことができない。未来が分からず城の兵も浮足立っており、大公家の御殿以外は割と警戒がザルになっていた。


 なにしろ形の上では大公家は中立だが、それで納得するかどうかは徳川内府の一存にかかっている。直轄兵力の一部が石田軍に合流していた為だ。

 豊国政権を牛耳っていた官僚派が、大公家の旗本衆まで徳川との決戦に動員してしまった。実際に関ヶ原で徳川方と銃火を交えており、政権直轄とはいえ中立とは言い難い立場になっている。

 その為、大坂城の兵にも内府の咎めがあるのではないか……そういう懸念で皆、気が気ではない。もはや意味のなくなった人質どころではなかった。


 もっとも、さすがに一点だけは釘を刺した。

「上から指示が出ておらぬので、お宿下がり帰宅は許可できぬ。それだけは肝に銘じておくように」

「もちろん承知致しております」

 島津家の一団を率いる老臣は兵の言葉に愛想よく応じると、皆を促して奥へと進んで行った。


   ◆


 救出部隊を率いる相楽新助は、充分に離れてから振り返った。

「たかが足軽が、相も変わらず態度がデカい事だな」

「一応、通常通りの警戒はしているようですが……荷物改めをしますかね?」

 相楽と共に平田から大命を受けた吉田次郎四郎も振り返り、番所を睨みつけた。この作戦は門番がきちんと仕事をのを前提にしている。それにより成否は変わってしまうのだ。

「もしもヤツらがこんな時でもまじめにするのなら……維新様が考えた強硬策ということになりますね」

「ああ。出来れば穏便に通過したいところだが……さて」

 それの方が良いかどうか。

 維新様弘歌の案は、あまりに突飛で……相楽常識人にはどちらが良いのか、正直判断がつきかねた。 

 

   ◆


「もし、大坂屋敷の相楽でござる」

 相楽の聞き慣れた声を聞き、島津家の侍女が急いで戸を開けた。

「どうぞ、中へ!」

「失礼する」

 などと言いながら、ズカズカと中へ入っていく搬入班一同。すでに先日、人質組とは打ち合わせを済ませてある。全員入ったところで急いで侍女が扉を閉め、外界と遮断されたところで……吉田が蓋をはずした長櫃ながびつの中から、弘歌が顔を出した。

「お窓! お亀!」

「あっ!」

 弘歌の顔を見て、一番奥の畳の上で心細そうにしていた二人の幼女がパッと顔を輝かせた。

「オバちゃん!」

「オバちゃま!」

「オバちゃん言うななのじゃ!? お豊もそうじゃが、なんで姉ちゃんとこの姉妹は皆ワシの事をオバちゃん扱いするのじゃ! まだピチピチなのじゃ!」

「血縁で言ったら叔母だからじゃないですか」

「今ワシは、正論を聞けるほど心が広くないのじゃ!」


 弘歌よりもさらに幼い姉妹は、無事に顔を見せた弘歌にすがり付いた。

「オバちゃん、窓いい子にしてたの~!」

「オバちゃま、もう帰りたい!」

「よしよし、ワシが来たからにはもう大丈夫なのじゃ! 皆で薩摩に帰るのじゃ!」

 いままで人質生活を気丈に耐えて来た幼女姉妹を両側に抱きかかえ、幼女弘歌が優しい声で慰める。その様子に周りの家臣たちも思わずホロリと、もらい涙を浮かべているが……。


 ちょうど大坂屋敷に留め置かれていたまだ幼い姪っ子を、気軽に人質に差し出したのは目の前の弘歌。


 冷静に考えると誰のせいだという話になるが、そんな無粋なツッコミを入れられる薩摩者は今この場にいない。

 姪たちを一通りなだめると弘歌は顔を上げ、決意を込めた瞳で家臣たちを見渡した。

「それでは行くぞ! 脱出なのじゃ!」

「ははっ!」




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物語の豆知識:

 実窓夫人(義弘の奥さん)と亀寿(息子・忠恒の奥さん)を変換するにあたり、当初は可愛がっていた犬にしようとか、逆TSして義歌の旦那と嫡子恒歌の旦那にしようかな……などと考えていたのですが。

 ペットや旦那だと豊歌の妹以上に大坂にいる理由が無いと思ったので、順当に幼女にしました。

 もう一案、亀寿を恒歌の旦那に……とも思ったのですが、そうなるともう子供ができてそう。色々苦労している当主様がさらにおばあちゃんと呼ばれているのもアレなので、可哀想なので止めました。


 メチャクチャな状況になっている時に無理して救出作戦を敢行したのには、義弘が愛妻家という理由もあるのですが、関係が難しくなっていた息子忠恒の奥さん見殺しにすると家の中で立場がヤバいと思った……という見方もあるようです。

(義弘の息子忠恒は当主で兄の義久の養子になっており、しかも三すくみで関係が悪化していたらしい……ホント、島津家が一枚岩みたいに言われているの、嘘やろ)

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