第16話 緊張をほぐしてやろう、と幼女は思った

 戦場予定地のど真ん中にある、住民が逃げてしまった屋敷に反徳川派の武将たちが集まった。その中で高揚した石田治部の声が響く。

「真田殿がやってくれましたぞ!」

 石田のはしゃぎぶりは、弘歌が佐和山城を訪ねて以降で最高のテンションだった。


 反徳川派についた真田家が中山道にある自分の領地で、畿内に戻ろうとした徳川派の別動隊三万八千を迎え撃っていまだに拘束し続けているという。おかげで決戦に間に合った徳川派連合軍は三分の二に激減。当然こちらはその分、楽になる。喜ぶのももっともだった。

「すごいのう、真田は」

「だろう!? だろう!? さすがは老獪な古強者ふるつわもの、真田安房あわ殿! どこぞの幼児のおままごととは違うなあ!」

「うむ。近江佐和山美濃大垣のあいだを散歩で一往復しただけの石田勢とは、真田は仕事ぶりが違うのじゃ」

「お、おまえ!? 僕は気を使って名前は出さないでやったのに……!」

「ワシ、なにか言ったのじゃ?」


 なにかよく分からないが勝手にキレている石田治部を放っておいて、弘歌は軍議に集まった諸将を眺めてみた。

 石田の異常な上機嫌は置いておくとして、他の連中もおかしな顔色のヤツが多い。

 真田の奮戦に興奮して前のめりに隣と話す者もいれば、大谷刑部のように静かに瞑目めいもくしている者もいる。なぜか顔色が青くて黙り込んでいる者も何人かいるが、あれは大会戦を前に緊張しているとかだろうか。

 そんな中で弘歌は、不機嫌そうに無言で酒をあおる小早川中納言に目をつけた。

金吾小早川はいつも通りだの」

「うん? まあ俺は、この程度の戦で動揺するようなヤワな神経じゃねえからな」

「肝臓が悪そうな蒼黒い顔してるのじゃ。酒毒がまわって痴呆も進んでそうじゃの。何が今起きてるか、もう判断力が追いつかないのじゃろうな」

「テンメェ……いつもいつも何様のつもりだ、おいコラ⁉」

「しかし軍議とか言いつつ、こいつらバラバラにしゃべってるだけなのじゃ」

「おい、無視するんじゃねえよ!」


 軍議というのは普通、この後の作戦を皆で打ち合わせる場だと弘歌は思うのだが。

「つくづくまとまりのない集団なのじゃ。これで内府に勝てるのじゃ?」

 このまま戦闘に突入しては、ちょっと危ない気がする。

「ふむ……ここはひとつ、ワシが骨折ってやるのじゃ」


   ◆


「おまえの理屈も認めないでもないが」

 石田治部はまるっきり信用していない目付きで弘歌を眺めた。

「これはいったい、何の真似なんだよ?」

「せっかく皆で集まる最後の軍議なのじゃ。連帯感とやらを高めるために、皆でお楽しみ会レクリエーションをやるのじゃ」

 

 同志の諸将たちはなぜか車座円形に座らさせられて、中央で弘歌が何か準備するのを見守っていた。ここは庄屋か何かの屋敷だけど、武家屋敷と比べればやはり部屋は狭い。二十人ほどで円陣を組むとみっちり隙間なく、隣と肩をぶつけ合って座らなければならない。

 なぜ俺たちがこんな事を……とかぶつぶつ言っている大名たちを、準備が終わった弘歌が振り返った。

「まとまりがないと勝てる戦も勝てぬのじゃ。だから我が薩摩の子供たちが連帯感をはぐくむ遊びで、ワクワクドキドキを共有するのじゃ」

「だから理屈は分かるけど、この差し迫った時に児戯をやる意味が僕には分か……」

「この年でガキの遊びをしろってかよ。ダセェ」

「よし! なのじゃ」


 ブツブツ文句を言う石田と吐き捨てる小早川のあいだに無理やり身体をねじこみ、弘歌は準備を手伝ったお供中馬に向かって叫んだ。

「始めるのじゃ!」

「承知でごわす」


 いったい何をやらせる気だと、めんどくさそうに大男を眺めた大名たちの目に飛び込んできたのは……縄で吊られた、短筒ピストル

「はっ!?」

「えっ? あれなに?」

 島津の家臣中馬は吊るされた短筒をぐるぐる回し、吊り縄をどんどんじり上げていく。そして一般的な火縄と逆に上に火をつけた紐を、銃の火皿に刺して火ばさみで固定した。

「それでは、行くでごわす」

「おー!」

「待て! ちょっと待て!」

「アレはなんだよ⁉」

肝練きもねりです」

「肝練り!?」

 半分パニックを起こしかけている武将たちに、平然としている豊歌が解説をしてやった。

「我が島津家中では子供のうちから度胸を育てるために、時々このようなをするのです」

「遊びって⁉ あれ、どう見ても本物だぞ⁉」

「当然でしょう」

 動揺する石田の様子に呆れて、豊歌はやれやれと首を振った。

「回る種ヶ島てっぽうからいつ誰に向かって弾が出るか分かりません。その中で平常心を保てるよう、心を鍛えて戦の緊張に耐えられる人間を育てるのです」

「当たったらどうするんだよ⁉」

 非難する小早川の声が裏返っている。

「鉄砲玉が当たったくらい、我慢して下さい」

「当たり所が悪ければ死ぬぞ!」

「その場合、笑って死んでみせるのが“常在戦場”の心意気です」

「久しぶりなのじゃー! 石田ー、泣いちゃダメだぞー?」

 

 楽しそうにはしゃぐチビッ子弘歌と、涼しい顔で座っている美少女豊歌。目の前では間違いなく実弾を装填した短筒がぐるんぐるん回っている。


 反徳川派の武将たちは理解した。

「薩摩人はロクな奴がいねえ!」


 皆の絶叫にかぶさるように、狭い部屋に発砲音が響き渡った……。


   ◆


「脇坂君は度胸がないのう」

 弾が顔をかすめた小大名が、失神したまま外へ運ばれて行く。

「こんなことじゃ、島津じゃ足軽大将も任せてもらえぬのじゃ。精進するのじゃ」

「精進も何もあるか⁉ なんだこの危険すぎる遊びは!」

「子供の頃はよくやる遊びなのじゃ」

「おまえら薩摩者は頭の中に何入ってるんだよ⁉ イカレてるよ⁉」

 弘歌に食ってかかる小西摂津と石田治部の背中から目を離し、大谷刑部は顔色一つ変えていない豊歌を見た。

「これ、本当にこんな状態でやるのか? 毎回何人も死んでは、さすがの島津でも問題になりそうなものだが」

「そうですねえ」

 豊歌は周りを見回した。

「普通に食事をしながらやったりするのですが……確かに武家屋敷と比べると、ここは狭いですね」

「それはそうだ」

「あと、今日は参加人数が多いですね」

「本来は一座の座っている者たちのあいだが、もっとひらいているのでは……」

「そう言われれば、そうですね」


 普通は今日は広い部屋で狭すぎて間隔を空けて逃げ場がない状態で座っている。

 だから当たる確率が、格段に低い高いと。


「よく考えればこの小童こわっぱ、身体が小さすぎて一人だけ安全なんじゃねえか!」

「金吾、ワシはこれから成長期なのじゃ。チビではないのじゃ」

「そこの薩摩者! どんどん次の準備をするのを止めろ!」

「2回目、行くでごわす」

「おー!」

「だからやるなぁぁぁっ⁉」


   ◆


「ひどい目に遭った……」

 青い顔の石田を、同じ顔色の小西が怒鳴りつけた。

「あのチビをわざわざ参加させるからだ!」

「各方面からの集結が間に合わないと思ったから、仕方なかったんだよ!」

 それを言われると、小西も渋い顔をしつつも黙らざるを得ない。


 当初の二百なら鼻で笑って追い返せても、畿内各地に派遣した別動隊が戻れない今の状況で千三百は確かに欲しい。厄介者と分かっていても、呼び寄せてしまった治部の判断を失敗とは断定できなかった。


「……島津はともかく」

 言い合いが収まったのを見て、黙っていた刑部が口を挟んだ。

「態度のおかしい者が何人かいた。どう思う」

「島津以上にか?」

「あいつらは態度がおかしいんじゃない。頭がおかしいんだ」


「……嫌な予感がするな」

 そうつぶやく大谷刑部の表情は、頭巾に隠れて他の二人からは窺い知れなかった。


   ◆


「クソッ! クソッ! あのクソガキめぇ!」

 家臣に両脇を支えられて戻って来た小早川中納言に、心配した家老が駆け寄った。

「どうされました、殿!?」

「どうも何もあるか、クソがッ!」


 止められなかった肝練りの2発目は、見事に不幸を引き当てた小早川の股をくぐって床に着弾した。はかまにバッチリ穴が開いている。

「あと二寸ズレてたら俺様の脚がちぎれていたぞ⁉ 野郎、ぶっ殺してやる……!」

「何があったのです!?」

「うるせえ! それで話は何だ! さっさと言え!」

「は、ははっ……殿の陣より、軍監の奥平殿が到着しております」

「……そうか。丁重にもてなして陣幕に引っ込んでいてもらえ」

「ははっ」

 小早川はもう暗闇に沈んだ平野の反対側、石田や島津の陣を睨みつけた。

「クソッ、どいつもこいつも大公の七光りだとバカにしやがって……全部メチャクチャにして、思い知らせてやる……!」




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物語の豆知識:

 肝練り。司馬遼太郎の創作だ、いや劇画が初出だと最近の脚色ネタという話もあるのですが、江戸時代平戸藩主の書いた「甲子夜話」に薩摩の奇習として聞き書きの形で載っているらしいです。

 本当はただの噂で、やはり実際には無かったのかも知れません。でもその場合、江戸時代から「薩摩隼人はそういうヤツら」と他藩に思われていたってことですよね……。

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