第13話 何よりの証拠

「では、お前らは本当に、ウンディーネ様とノーム様の後継者こうけいしゃということなのか?」

 なんとか説得してノームの怒りを収めた俺達が、扉から姿を現した老人に、事の経緯けいいを話したところ、爺さんはそんなことを言った。


 ノームのことを知っているなら、壁の中から姿を現す彼を見て、どうしてそんな疑問を抱けるんだろう。

 釈然しゃくぜんとしない部分はあるけど、それはあとで聞いてみよう。


 そう判断した俺は、とりあえず老人の質問に答えることにした。

「そのはずだぞ。俺はノームに名前を付けた覚えはないし。ロネリーもそうらしいから」

「そうか……そうだったのか」


 なぜか深く息を吐いて安心した様子の老人は、深々と椅子に腰を下ろすと、そのまま項垂うなだれる。

 そんな爺さんの元に歩み寄ったロネリーが、そっと話し始めた。


「あの、お爺さん、私達、いくつか聞きたいことがあるのですが」

「聞きたいこと?」

「はい。私たち、このあたりにオルニス族って言う方々がいるって聞いて、ここまで来たんです。風の大精霊だいせいれいシルフィは、オルニス族にしか継承けいしょうされないって話も聞いてます。だから……」

「その話を聞いて、お前らはどうするつもりだ?」


 ロネリーの問いかけに、少し低い声音で問い返す爺さん。

 その言い方に少しとげがあるように感じた俺は、ロネリーの隣に一歩を踏み出して、理由を告げた。


「俺達、なんでか知らないけど、賊に狙われてんだ。だから、同じく狙われてる4大精霊で集まって、対抗策たいこうさくろうって話になって……」


 俺が理由をすべて話す前に、爺さんは目を見開きながら俺の顔を凝視ぎょうしすると、小さな声で呟いた。

「……なんでか知らないけど。だと?」


 驚愕きょうがくと怒りがじったような表情で、爺さんが俺をにらみつけてくる。

 今にも殴りかかって来るんじゃないかという危機感ききかんを覚えた俺が、思わずつばを飲み込んだ時。


 半開き状態の扉から、声が聞こえて来る。

「……ハンス爺さん? 大丈夫だったのか?」

 恐る恐ると言った声音こわねで、扉から姿を見せたのは、スコップを握りしめた男。


 彼の奥にも大勢の人がいるらしく、恐怖と好奇心の入り混じったような目で、部屋の中を覗き込んできていた。

 そんな彼らの中に、ゴールドブラムの言っていたオルニス族らしき姿は見当たらない。


 俺とロネリーが敵ではないと判断したらしい彼らは、警戒けいかいはしつつも、ぞろぞろと扉から外に出てきた。

「ハンス爺さん。彼らは?」

「本物じゃ。本物の、継承者けいしょうしゃじゃよ」

「ということは……」

「そうじゃな。残念じゃが、全滅ぜんめつした。と言うことじゃろう」


 訳の分からない会話を交わすハンスという名の老人と、男。

 そんな彼らの会話を聞いていた俺は、思わず声を発してしまっていた。

全滅ぜんめつした? って言うのは、どういうことだ?」

「……お前たち、歳はいくつじゃ?」


 俺の質問を無視したハンスが、逆に俺達に問い返してくる。

 何の脈絡みゃくらくもないその問いかけに、俺とロネリーは思わず視線を交わした。

 素直に答えるべきなんだろうかと、若干じゃっかん躊躇ちゅうちょしてしまう俺を見て取ったのか、ロネリーが口を開く。


「私は16歳です。彼は15歳」

「そうか……つまり、長くとも1年しか持たなかったということじゃな」

「おい、爺さん。さっきから何を言ってんだよ?」


 回りくどい言い方に、苛立いらだちを覚えた俺が、思わず声を荒げた瞬間。

 ずっと項垂うなだれていたハンスが勢いよく顔を上げると、俺とロネリーの顔を凝視して、告げた。


「お前らの前任者ぜんにんしゃの、4大精霊の命が持たなかった。と言う話をしておるんじゃよ」

「……それは、どういう」

「ハンス様!! それ以上は……」


 ハンスの言った内容に、ショックを受けている様子のロネリー。

 そんな彼女に配慮はいりょしたのか、あわてたような声を上げて住民をかき分けて来たのは、若い女性だった。


 頭にバンダナを巻き、地味な服に身を包んでいる彼女は、右肩にすずめのようなバディを乗せたまま、ロネリーのそばに駆け寄った。

「2人とも、まだ子供ですよ? 話すには……」

「そうだな。こいつらはまだ子供だ。だからこそ、あいつらは何も知らぬうちにこいつらを殺しに来るだろう!!」


 話をさまたげようとする女性の言葉をさえぎって、声を荒げるハンス。

 突然ぶちまけられる彼の感情に、俺はついて行けなかった。

 それは俺だけじゃなかったのか、部屋中に気まずい沈黙ちんもく充満じゅうまんする。


 流石のウンディーネも、この沈黙にはえ切れないのか、ロネリーの背後に立ったまま深々とため息を吐いていた。

 誰も口を開こうとしない、そんな状況の中で、俺は後頭部をきながら部屋にいる皆に語り掛けることにした。


「えっと、なんで爺さんがそんなに怒ってるのか知らないけど、とりあえず、このまま皆で気まずい空気を味わう必要は無いよな?」

「ダレン、良く言った。オイラも同じことを思ってたところだぜ」

「と言うことで、改めて自己紹介だ。俺はダレン。で、頭の上のこいつが正真正銘しょうしんしょうめいの大地の大精霊ノームだ」

「オイラがノームだ。もう二度と間違えるんじゃないぞ?」

「で、そっちの金髪美少女がロネリー。彼女のバディは見ての通り、水の大精霊ウンディーネだ」

「あ、えっと、初めまして。ロネリーです」

「ワラワがウンディーネじゃ」


 一通り自己紹介を終えた俺は、流れるように人々を見渡すと、最後にハンスに目を向けて、問いかけた。

「と言うことで、改めて聞かせてもらえないか? ハンス爺さん。どうして怒ってるんだ? 俺達の前任者に、何があったんだ?」

「あ、ダレン君。その話は……」


 俺の問いかけを聞いたバンダナの女性が、心配そうな表情のまま止めようとしてくる。

 でも、俺は彼女の制止に従うつもりは無かった。

 そしてそれは、ロネリーも同じだったようで、先ほどショックを受けていたのを忘れたかのような強い視線を、ハンスに向けている。


「私も知りたいです」

 強い意志を乗せてハンスを凝視する俺達を、彼は逆に値踏ねぶみするような目でにらみ返してくる。

 再び沈黙が降りて数秒が経ったときだろうか。


 一向に語ろうとしないハンスにしびれを切らしたのか、扉の前に集まっていた人ごみの中から、男の声が響いてきた。

「お前らを狙ってるのは魔王ってやつだ。で、お前らの前任者は、その魔王と一戦いっせんまじえて、全員くたばっちまったのさ」

「ちょっとラルフ!?」


 声のぬしに文句を告げるバンダナの女性。

「なんだよアニカ。別に良いだろ? そいつらが知りたいって言ってんだ。教えてやりゃあ良い」


 バンダナの女性、アニカに対して返事をしながら姿を現したラルフは、口元にうっすらと笑みを浮かべていた。

 少し癖のある黒い髪を、センター分けしている髪型が特徴だ。


 黒いローブを羽織はおっている彼は、ハンスのにらみを完全に無視して、俺の眼前に歩み寄ってきた。

 そうして、薄っすらと笑みを浮かべたまま俺を見下ろすと、まるで俺の感情をあおるように告げる。


「おう坊主。お前さんの前任者の無様ぶざまな話が聞きてぇってんなら、俺が話してやるよ」

「無様な話?」

「そうだ。まぁ、そんな複雑な話じゃないけどな。魔王に喧嘩を吹っ掛けて、負けちまった。ただそれだけだ」

「そんな話、私は聞いたことないです」


 ラルフの言葉に異を唱えたかったのか、ロネリーが一歩前に踏み出して告げる。

 少し震える手をギュッと握りしめている様子から、彼女はラルフに恐怖を抱いているんだろう。

 しかし、そんな彼女を見下ろしたラルフは、相変わらず笑みを浮かべたまま、冷酷れいこくな声で言ったのだった。


じょうちゃんが聞いたことなかろうが、俺達は知ってるぜ? なにせ、ここが最後の戦場せんじょうだったんだからな。16年前まで、オルニスの大樹があったこの場所が、でかい岩が浮く、へんてこな場所になってる事実が、何よりの証拠しょうこだよ」

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