第20話 居場所
領主の城へと向かう道中、馬車の中。ハビルド城で領主の妻らしく振る舞うのだと。柚子は何度も拳を作って決意を固めていた。
その度に隣に並ぶリオに手を握られ、決意と共に拳が緩んでしまっていたけれど。
「君を認めないなんて人は、もう誰もいないと思うよ」
あっけらかんと伝えるリオについ唇を尖らせる。
「でも……」
「それにポーボの街や、隣村での柚子の評判を知れば、領民たちも受け入れていってくれるよ。それより君を軽んじる輩を傍に置いてしまってすまない」
そう言うリオに柚子は眉を下げた。
「そんな……王家ではなくて私の出自が不明瞭だから……」
思わず俯いてしまうが、いけないと、頬をぺしぺしと叩く。
「──そんな事でこれ以上婚儀が遅れるなら、やはり城内の人間は刷新しよう」
ぼそりと呟いた声は低くて聞き取れなかったが。リオの無表情を見るに、何かよからぬ事を考えているのは確かなようだ。
「リオ、大丈夫。話せばきっと分かってくれるから!」
今度はこちらから手を握ると、リオは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ふふ、そうやって僕との夫婦生活の為に意気込んでくれる君が見られるのは嬉しいな」
「え、うっ……うん……」
夫婦と言われると言葉に詰まるし、恥ずかしい。
そもそも地震の影響で暫く挙式は無いと言っていたので、暫くは領地に馴染む事に専念、しなければ……引き攣った顔で何とか笑い返す。
(リオは時々子供みたいな反応をするから……私がしっかり諭さないと駄目よね。でも、)
今の柚子は、自信に満ちているとまでは言わないが、あの時貰った領民からの沢山のありがとうに浮かれている。そしてリオの為に一歩を踏み出した勇気……
今ならいくらでも頑張れるような気がするし、簡単に諦めないと誓えてしまう。
それに、ポーボの街で自分に向けられる眼差しが変わったように思えたのは、きっと自分の気持ちがそうだったからだ。
心の隙間に入り込む悪意は、そもそも自分自身で作り出しているのかもしれない。そう考える心が出来て、少しだけ楽になったのだ。
しかし、よしと意気込む柚子とは対照的に──
セリーヌは既に裸足で逃げ出す勢いで出て行っていた。その親である辺境伯も共に出て行きたかったらしいが、「引き継ぎが終わる前に困ります」と、リオに輝く笑顔で説得されていた。
それが済んだ後の行き先を思えば──
今やハビルド城では、がたがたと震える領主が、青騎士に囲まれ待つばかりである。
「リオ。私、嬉しい。改めて……私をここに連れてきてくれてありがとう」
にっこり笑う柚子にリオはぱちくりと瞳を瞬かせた。
「この世界に連れてきてくれた事も、全部合わせて良かったと思えるくらいに、精一杯頑張るね」
それを聞いてリオも嬉しそうに顔を綻ばせた。
「うん、僕も。君にそう思って貰えるよう今度こそ。傍に置いて一時も離さない」
「………………うん」
きちんと笑っているのにリオから感じる圧力は何だろう。
……でも
「リオが一緒なら、頑張れる」
その場にふさわしい身であるべく、自分でも努力しよう。怯えて隠れなくてももう大丈夫。小さな自信を少しずつ増やして行くから。
大好きな人が一緒にいる心強さと安堵が、きっと自分を支えてくれる。
柚子はほっと息を吐き、リオの肩に凭れた。
そのまま先ゆく未来に思いを馳せて、幸せな思いで目を閉じた。
◇
おしまい
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