第18話 勇気をだして
「……そうだ、そんな訳ないだろう。だってあんなに一生懸命走り回ってくれたじゃないか」
ぽつりと零された言葉に俯いたまま目を見開く。
「そ、そうよ。助けてくれたじゃない」
「それに聖女様って異世界から難しい魔法で喚び出される人たちなんでしょう? 魔法に問題があったかもしれないし、一方的に喚ばれて悪者扱いするなんて、可哀想だわ……」
「柚子ちゃん、途方に暮れる私たちを励まして、何をすればいいのか、導いてくれたじゃない」
ぽつぽつと上がる、自分を擁護する声に柚子の眦に涙が滲んだ。
「あ、ありがとうございます……」
込み上げるものを飲み込んでいると、慌しい空気が周りを包んだ。
柚子の主張に反発する者たちかもしれない。
そう思い身を強張らせていると、王室の青を纏った騎士たちがリオを囲んで現れた。
「り、リオ」
青騎士たちの登場に周囲もどよめいている。
(良かった、無事だったんだ……)
ほっと安堵の息を漏らすも、リオの表情が暗い。柚子は両手を胸の前で握り込んだ。
硬い表情のまま、リオは周囲に知らしめるように声を張った。
「柚子は王家が正式に認めた聖女だよ。それがまさか領地の兵士に貶められるとはね」
見れば先程の兵士がディガに腕を捻じ上げられている。
リオは柚子の前で立ち止まり、柚子の髪を耳にかけ、優しい笑みを浮かべた。
「何より許せないのは、僕の妻に働いた無礼だね」
その言葉にぴりりと緊張が走り、騎士は固唾を呑んでいる。
「兵士?」
彼はリオの騎士だった筈だ。
「……彼はハビルド領主から借りていた兵士だよ。事前に君に慣れて欲しくて数人呼んでいたんだけれど。こんな事を企んでいたなんて思いもよらなかった。ねえ、先日の地の揺れ……前領主が意図的に起こした災いなんだって?」
その言葉に柚子の目が見開かれた。
問われた兵士もまた驚きに固まっている。
「タチが悪いよね。自分の娘を僕に嫁がせたいからって、災害を起こして領民に柚子へ負の感情を根付かせようだなんて」
それを聞いている村民たちは混乱に怒りが帯び、波紋のように広がっていく。
「リオ……」
リオはぐっと柚子の肩を抱いて微笑んだ。
「君は確かに僕の聖女だよ、宿屋で、助けてくれたじゃないか」
その言葉に柚子の胸が喜びに震えた。
あの時勇気を持った行動がリオを救い、聖女として胸を張れる自信をくれたから。
「前領主の罪は僕が裁く! 領地に留まらず、国に多大な被害を招いたこの行為──君たちの被害に対する憤怒と無念は必ず晴らす!」
良く通る声、人を惹きつける佇まいに威厳。
彼の決意に一瞬息を飲んだ後、周囲の者は大きな歓声を上げた。
◇
迎えに来てくれた。
リオに肩を抱かれながら、彼と共に領民たちからの歓声を受け。柚子は胸を熱く高鳴らせていた。
それは柚子にも向けられる歓迎の声で。自分の居場所を実感できる場所に立てたから……
(リオが用意してくれた)
それに、
自分を庇って怪我を……酷い目に遭わせてしまったのに、彼はまだ自分を大事に思ってくれている。
「あ、りがとう。リオ」
ぽろりと、涙と共に感謝の言葉が溢れる。
ずっとリオについていっていいのか、疑問に思っていた。
けれど変わらないリオの態度に何よりホッとしている自分がいる。
地震が自分のせいでは無かった。
勿論災害があった事自体は憂うべき事だが、それでも自分が加害者で無いと知れば、ずっと気持ちが違う。
良かった……
優しい笑顔で好意を向けてくれるリオを見上げる。
「嬉しい、大好き……」
尻すぼみになる言葉にリオがぴくりと反応し、一気に表情が抜けた。
「……本当に?」
どう答えていいかわからず、代わりに柚子は大きく一つ頷いた。
「うん。私、リオが好き……」
やっと得られた小さな自信に支えられ、自分の気持ちを口にできた。それを伝えればリオは顔を大きく綻ばせた。
「僕もだよ。柚子」
リオは柚子の手を掬い取り、そのまま傅いた。
王族のリオが柚子に膝を折る姿は領民に動揺を見せたが、同時にリオからの柚子への敬意と愛情を知らしめるには充分だった。
「行こう柚子、領地の復興の為にやらなければならない事が沢山あるんだ。……手伝ってくれるだろう?」
「うん、……でも。あの……リオ、聞いておきたいんだけれど……」
「なんだい?」
にっこりと笑うリオに、柚子は周囲を見渡してそっと耳打ちした。
「ハビルド領にあなたの正妻がいるというのは本当なの?」
例えそれが嘘でも、本当だとしても、リオの口から聞かないと信じたらいけない。そして聞きづらい事だからこそ、ちゃんと自分で聞かなければ。
神殿にいる時、仕方ないからとリオを遠巻きにして、人の噂に聞き耳を立てては勝手に傷付いていた。
大事な人の事なら尚更、人任せになんてしたらいけなかったのに。
そっと様子を窺えば、リオは目を見開いて。じっと柚子を見つめ返した。そうしてふっと息を吐く。
「いないよ。僕は生涯一人しか娶るつもりはない」
その物悲しそうな表情に胸が詰まり、柚子はリオの頬に小さく口付けた。
驚いたリオの身体がびくりと跳ねる。
「リオを信じられないんじゃないの。ただ……そう考えるだけで凄く嫌な気分になってしまって。あなたに否定して欲しかったの。本当にごめんなさい」
リオは呆然と柚子が唇を押し当てた場所を押さえていたが、やがてみるみる首まで真っ赤に染まってしまった。
「う、嬉しくて現実味がないな。君が僕を好きと言ったり、嫉妬してくれてるなんて……まさか夢か? 僕の意識はまだ戻ってないんじゃないとかじゃ──」
「ゆ、夢じゃないよっ」
慌ててリオの手を握れば、お互いに指先まで熱を持っているのが分かる。
「うん、柚子。うん……」
多分自分の顔も負けず劣らず赤いだろう。
その頬を包み、リオは嬉しそうにはにかんだ。
「領地の状況を考えれば、盛大な結婚式は難しいけれど。夫婦の誓約は直ぐにでも行おう」
嬉しくてこくこくと頷いていると、目を眇めたリオに、何故か背中にぞくぞくと悪寒が駆け上がった。
「……なあんだ、好き合って一緒になったご夫婦じゃないか」
そんな様子を見ていた領民の、生温かい視線に囲まれて縮こまる。
「噂は当てにならないわね」
少しずつ広がる自分への好意的な反応に、柚子はやっと自分がここで成すべき事を思い描く事が出来た。
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