第3話 護衛騎士、ロデル


「ロデル。……えーと、こんにちは」

「ああ、ったく……相変わらず青っちょろい顔をしてんな、お前は。ほら飯。どうせ何も食ってないんだろ」

 そうつっけんどんに言いながらも、ロデルが突き出した手には食べ物が入ったバスケットがぶら下がっている。

「わあ、ありがとう!」


 ナプキンを掛けたバスケットからは焼き立てのパンとチーズの香りが漂ってくる。

 ちらりと覗けばハムや卵のサンドイッチが見え、柚子は頬を緩めた。

「いつも本当にありがとう、ロデル」

 お礼を言えばロデルは顔を顔を顰めてから、ぽつりと呟いた。

「……どう致しまして」


 神殿内で警備をしているロデルは柚子の事情を知る内で、数少ない同情的な人物だ。態度はちょっとあれだけれど、優しい人だ。


 正直同情される事に対し、最初はそれさえ居た堪れなかったけれど。いつまでも卑屈になってはいられないし、今はもう開き直って、頼れるものは頼るようにしている。

 早速部屋に戻って食べようと踵を返せば、ロデルが後ろからついてきた。

 

「……リオ殿下が来てるんだな」

「そうみたいね」


 ちらりと柚子の背後に目を向けて、ロデルはふんと鼻白んだ。

「あんな奴相手にするな」

 柚子はきょとんと首を傾げた。

「……殿下? それともセレナさん? どっちからも相手にされてないよ?」


 ロデルは、はあと溜息を吐く。

「お前……これからどうするんだ?」

「どうって、私にどんな選択権があるんだろ」


 てくてくと廊下を進みながら、柚子は首を捻った。

 聖女が来た今、間違いなく自分はお払い箱だけど。

 かといって希望を聞いてくれるような雰囲気はない。

「……なら、……」

「──柚子?」


 言いかけたロデルの言葉を遮るように、聞こえた声に柚子はびくっと肩を跳ねさせた。

 恐る恐る振り返れば、そこにはセレナが手を振りながら近付いてくるところだった。

(……見つかっちゃった)


 こっそり呻いていると、セレナは柚子の手を両手で握り、にっこりと笑顔を見せた。慌ててバスケットを反対の手に持ち替える。

 空色の綺麗な瞳がまっすぐ柚子に向けられた。


「柚子、元気だった? また虐められたりしていない?」

「あ、うん。まあ……」

 ちらりと視線を向ければリオが冷たい目でこちらを見据えていて、慌てて目を伏せる。


「いいこと? 偽聖女なんて気にしたら駄目よ、私たちが異界から使命を受けてこの世界に来た事に、何も変わりはないんだから」

「……ああ。そうね、ありがとう」


 真剣に向けられる眼差しにどう答えたらいいのやら。囚われた手を取り返し、さっさとこの場を去りたい衝動と戦いながら、柚子は必死に笑顔を取り繕った。


「あなたが聖女の力を発揮できなくても私がいるわ。それに何より、孤児だなんて悪口は許せない。あなたは何も悪くないのに」

「……うん」

 真剣な様子のセレナに対し、柚子は曖昧に笑ってみせた。


 確かにセレナは柚子を慮っているのだろう。

 でも柚子は自分が孤児である事に負い目があるし、気にするなと言われても素直に頷けない。


 セレナに悪気は無いとは思うのだけど……

 親がいない事を気にしないようにはしているが、つっつき回される側として良い気分はしない。


(分からないんだろうな……)


 優しい声を掛ければ喜ばれると信じて疑わない人に、余計なお世話だと憤ったところで伝わらない。それは前の世界で経験済みだ。

 

「セレナ様、お祈りの時間では?」

 いらいらとした風にロデルが唸る。

「あら、そうだったわ。ありがとうロデル。じゃあね柚子、気にしちゃ駄目よ」

「ええ、分かったわ」


 ほっと息を吐きセレナに手を振っていると、リオがじろりと睨んできてびくりと固まる。


(目障り、よね)


 リオは柚子という汚点が許せないようだ。

 聖女としての出来損ない。

 しかもそれをんだのが彼なのだから、余計に。


 リオのこの様子では、きっと柚子の身の振り方も良いものではないだろう。

 ……それでも「今の境遇よりは」、と思った時期も柚子にもあった。


 前の世界で孤児だった時、柚子は叔母夫婦に引き取られて暮らしていた。居心地の良い場所では無かったから、事故死した両親の夢を見ては目を覚まして度々泣いていた。

 

『うざったい』『めそめそするな』


 そう言われて傷ついたけれど、柚子が泣いていると両親も悪く言われる事に気が付いた。


 泣きたい気持ちを必死に堪えて、何とか平静を装い暮らしていたが、やはりここではないどこかに行きたいと、常に思っていた。きっとどこへ行っても今より悪いところなど、ないと信じていたから……


 ──まあ、結局場所を変えても柚子の人生は大して変わらなかったのだが……

 だからこの先どこへ行くにしても、期待はしない方がいいだろう……


「柚子、」


 唐突にリオにそう呼びかけられ、柚子の身体がびくっと反応した。


「いつまでも、こんな所をうろついていないで、さっさと自室に戻るように」

「は、はい。……殿下」

 ここに来て習ったカーテシーを行えば、頭上から舌打ちが聞こえてきた。


「行きましょ、リオ」

 取りなすようにセレナがリオの腕に自らのものを絡め、先を促した。

(セレナさんの召喚は成功したんだし、私の事は無かった事にして、早く忘れてくれたらいいのにな)


 不機嫌そうに踵を返すリオに、ほっと息を吐いて姿勢を元に戻せば、隣でロデルが歯を剥いてリオを威嚇していた。


「……やめなよロデル。もし見咎められたらどうするの? 相手は王族だよ、偉いんでしょう?」

 柚子の世界では王国というものに馴染みが無いのでピンとこないけれど、国で一番偉い人の弟なのだから。やはり偉いのだろう。


「……関係ないな、大体王族だからって何をしても許される訳じゃないだろ。お前だって異世界から勝手に喚び出されて、邪険にされて。いい迷惑なんじゃないのか?」

「うーん、私の場合はあの時殿下に手を引いて貰ってなかったら電車に轢かれて死んでたんだよね。……だから、なんとも……」


 命を盾にとられて相手の都合を融通するのは、確かにおかしいとは思うけれど。理不尽な事なんて世の中には沢山ある。


「ふうん」


 目を眇めるロデルに肩を竦める。

「仕方がないよ」

「……お前がそう言うならいいけどさ」


 バスケットを抱え直し、柚子はロデルと別れ、自室へと足を向けた。

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