異世界ハロワも時事ネタは問題だ
アスタリシア公国の首都、ギリフ。
ここの冒険者ギルドで受付の仕事を始めて2か月。
自己紹介が遅くなった。俺は優史郎。
俺は日本で社畜だった元サラリーマン。
晴れて異世界に転移したのだから、美人エルフやケモっ娘とハーレムしたり、底辺勇者から成り上がってざまぁしたり、不遇スキルからSS職になったり、スローライフしたりと、夢は無限に膨らんだが現実は厳しいものだった。
そこでまずは仕事を探そうと思って冒険者ギルドに来たものの、どこの世界も国も基本はブラック求人ばかり。
前任の受付嬢、ナーシャは退職して婚約者の待つ地元の村に帰った。
それから俺はそのまま、この地にとどまっている。
今日も今日とて、宿屋と酒場を併設した冒険者ギルドは活況だ。
そりゃそうだ。俺のおかげで調子に乗った脳筋のいかがわしい冒険者どもはクエストで死に絶え、初心者でも入りやすい酒場として評判になったからだ。
まだ異世界転生できてない日本の連中よ、これが本当のざまぁだよ。他人を貶めて喜んでる奴も復讐する奴も、業は全て自分に跳ね返る。地獄に行って当然だ。
とまぁ、そんな話は置いといて。
このギルドは冒険者へのクエストの紹介だけでなく、職業斡旋も行っている。
ちょうど昼過ぎ、冒険者どもは夜明けと共にクエストに出て行って暇だったので、俺は溜まった求人資料の整理を行っていた。
酒場の壁にあるボードに貼られた求人の掲載期間が過ぎたものや、反響の薄いものを剥がしたり、新しい募集のチラシを貼り直していた。
そこに乱暴ないくつもの足音と共に、たくさんのオッサンがやってきた。
「おい、ギルドの兄ちゃん! うちに全然、応募が来ないぞ! どうなってんだ!」
この首都にある商店会の中でも、特に力がある有力商人。
廻船問屋であり漁師でもあるクラースが、コメと海産物を使った日本の寿司のようなものを扱う軽食屋『クラース氏』。
肉卸のヨシュナが、牛肉を甘辛く似たものをコメに乗せてどんぶりを提供するファストフード『ヨシュナ屋』。
元からブラックだと有名だった飲食チェーン・ワティム商会の会長ワティナムが、わざと自分の名を外して顧客を騙して経営していると有名な酒場だ。
ちなみにコメと言っても、日本の白米と違って、なんというか、タイ米に近い細長くて汁気を吸いにくい、元日本人の俺にはあまり口に合わないものだ。
おっと、話が逸れている間に面倒なことに。
そいつらは俺のところにやってくるなり、胸ぐらを掴む勢いで寄って来た。
「ギルドで冒険者のクエストの紹介に夢中になってんちゃうか? まったく職業斡旋の方がおろそかやんけぇ!」
「うちは慢性的に人手不足なんだよ! そっちにも力を入れねぇか!」
慢性的に人手不足なのは、常に退職者が居るからだろ……。
とはいえ、最初からケンカ腰なのもいただけない。
クレーム処理なら、まずは下手に出ておいたほうがいいだろう。
だが、ここは異世界とはいえ、俺はこのギルドの責任者。
相手を増長させてもいけない。
「あぁ、わかったわかった。話を聞くから、何が不満だって言うんだ?」
「だいたい、俺たちの店に紹介する応募者が少なすぎるんだ!」
「それは、あんたたちの職場が魅力的じゃないからだろ?」
「バカ言っちゃいけねぇよ。うちは人の財と書いて『人財』ってくらいに社員を大切にしてるんだぞ?」
あぁ、出たな。ブラック企業あるある。
人材を財とか書いちゃう系な。
やはりアットホームを謳う閉塞的な親族経営の企業や、徹底した顧客志向――すなわち売り上げや株主還元のためなら、社員の苦労も厭わないというタイプに多い。
「せやのに応募者が来んと、商売は拡大基調なんや。はよせんとガタがきてまうわ」
これもあるある。
事業拡大や目先の売り上げ確保にとらわれて、社員育成が疎かなパターンだ。
そもそも『ヨシュナ屋』はふた月で三度も炎上案件を発生させるし、ワティナムの会社は、そのあまりのブラックぶりから、敢えて『ワティム商会』の名を外した飲食店を増やすものの、その小賢しい手が消費者に見抜かれ、客離れが起きてるだけだ。
『クラース氏』の超絶ブラックっぷりも、話題になってる。寿司は回るのに、社員の首は回らないってところだ。
ぜんぶ自業自得ってやつなんだが。
「兄ちゃん、だいいちその壁の求人票が問題なんだよ」
そいつらは俺が並べ替えを行っていたボードの求人チラシに因縁をつけだした。
「これの何が問題だって言うんだ? 新着の求人やクエストの貼り出しだぞ?」
「その新着がどんどん来るせいで、俺たちの会社の求人が目立たなくなるんだ」
「どや、兄ちゃん? ワイらの求人を常に上に掲げてや。少しは色つけるで?」
小さな麻袋に入った金貨がカウンターに置かれる。
俺は呆れて頭を掻いた。
「俺はそういうズルはしないよ。だったら新しい求人を再掲載してくれ」
「ほんなら、福利厚生のところを月給1700リレンからって『~』を入れてくれへんか? これなら再掲載されるやろ?」
これはハローワークあるあるだな。
求人の薄っぺらさや魅力の無さを補い、また応募が集まらない焦りから、ささいな手直しをして、再掲出することで掲載順を上に持っていくという安い手法だ。
後はもう、店舗単位とか事業部単位で、判を押したように同じ求人を大量に掲載する困った会社とかな。
それで実際に福利厚生や待遇が改善する例を、俺は見たことがない。
「よく見ろ。それは先々週やったろ?」
「そしたら、勤務日数の所に週3日『~』って入れてんか」
「それで、俺が週3勤務希望の応募者を寄越したとして、お前は採用するのか?」
「それは各部署や店舗の、欠員やシフトの空き具合を見てやな……」
ダメだ。こいつら。
根本的に間違ってやがる。
「あのな。商売ってのはお前らが儲かるためにやるのかよ? 最初は客が喜んでくれるからって、素直な感謝や感動で商売を始めたんじゃないのか? その中で客も満足感を得て、その支払った対価として利益が生まれるんだろ」
「バカにするな、当たり前だ! そのためにより多くの顧客に喜んで貰うのが企業の責務であり、社会貢献でもあるんだろう! だから社員も幹部も、喜んで顧客のために奉公するのが当然なんだよ! 俺たちゃ社会のために死ねるんだ!」
「おいおい……それを当然と考えているから、応募者にも顧客にも見透かされるって言うんだ。企業理念や経営思想が、独善的で偽善的で恩着せがましいんだよ」
「あのぉ……ちょっと、いいですか?」
そこに蚊の鳴くようなか細い声で、話しかけてくる奴が。
この街に流れ着いたものの、クエストで鳴かず飛ばずの新人冒険者エストだ。
名前を知ったのもつい最近だが。
「お忙しいところ、ごめんなさい。手持ちのお金が無くなったんで、一旦クエストはやめて、冒険資金を貯めるまでの間の職業斡旋をお願いしたいんですけど」
俺はオッサンたちを左右に散らして、エストを手招きする。
「おぉ、ちょうどいいところに来たな。この3件の求人が今いちばんホットなんだが、どうだ? お前の中で良さそうな仕事はあるか?」
エストは周囲のオッサンの期待を込めた暑苦しい視線に委縮しながらも、俺がカウンターに並べた求人票をじっくりと眺め出した。
「なんか、どれもピンときません……違う仕事ってないですか?」
「……ということだってよ」
俺が外国人のように肩をすくめてやると、オッサンたちは顔じゅうを真っ赤にして怒り狂っていた。
そして、お決まりの捨て台詞を吐いてカウンターに背を向ける。
「憶えてろよ。ギルドの兄ちゃん、お前の名前は何て言うんだ!」
「俺の名は優史郎……『優勝劣敗』の優に、『黒歴史』の史、そして……『下郎』の郎だ」
ギルドを去っていくオッサンたちを唖然と見ていたエストだったが、我に返ったらしく、俺の元に寄ってきた。
「ユーシローさん、なんかいいとっておきの仕事、紹介してくださいよ!」
必死に懇願するエストは、俺が日本に居たころに入社した新卒みたいで、非常に可愛げがある。
あぁ、こいつが女だったらな……そんな夢想は叶う訳も無い。
俺は無難で給料は悪くないけど、地味で退屈そうな仕事を選んでやった。
「だったら、この国境警備隊が調査目的で捕縛しているワイバーンのエサやりでもしたらどうだ? 他の冒険者が捕まえたんだが、クエストの条件が生け捕りだったからな。日に5回、生肉を与えてフンを土に埋める仕事だそうだ」
「へぇ……これなら高いスキルも要求されないし、まだ楽ですかね?」
だがこの時、俺はまだ知らなかった。
エストがテイマー職として、アスタリシア公国で名を馳せる事になるとは。
俺もエストもそれを知るのは、まだずっと先の事だが。
前任の受付嬢ナーシャも故郷に婚約者が居たリア充だし、エストも冒険者をやるだけの素質はあったと言うわけだ。
けっきょく日本人の俺が異世界に来たところで、モブが限界なのだな。
まったく、やってられねぇ。
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