1
☆
電車の中はさみしいくらいに空いていた。
少なくともこの車両には私と薫くん以外誰も乗っていない。
他の車両はどうなんだろう。いくら無人駅の多い田舎を走る電車でも、花火大会のあった夜の終電ならもう少し人がいてもよさそうなのに。
すでに日付を越しそうな時間で、花火の打ち上げが終わってから二時間以上経っているから、そんなものなのかな。
「花火、きれいだったね。途中で雨が降ってきたときは嘘だーって思ったけど」
私は今日に限って傘を忘れてしまった。仕方なく薫くんの妙に可愛らしい花柄の傘に入れてもらっていたんだけど、そのときの心細さは思い出したくない。
せっかく遠くまで来たのに、花火大会が中止にならなくてよかった。
数年ぶりに間近で見た花火は無事に大きく空に描かれ、私は子どものように興奮してはしゃいだ。
一方で薫くんは、花火よりもこの間新しく買ったスマホで写真を撮ることに夢中になっていたみたいだったけど。
「すぐに止んでくれて助かったよ。俺、雨なんか嫌いだよ」
「私も。すぐ髪の毛跳ねちゃうんだもん。でも、薫くんが傘持ってるなんて珍しいこともあるんだね」
「……そう?」
「うん、薫くんの傘に入れてもらうなんて初めてじゃないかな。小学校のころなんて、雨が降るといつも私の傘に入れてあげていたのに」
さすがに高学年になってからは周りの目を気にして、薫くんのひとつ上のお姉ちゃんが折り畳み傘を持たせてくれるようになったけど。
でも薫くんはすぐになくしたとか忘れたとか言って、結局私の傘に入ってきていたっけ。
「なに言ってんの。昔から花音が俺の傘に入ってきてたんだよ」
「うわあ、どの口が言う」
なつかしくて、軽口をたたきながらもつい笑みがこぼれてしまう。幼い薫くんは、素直な愛らしい子だった。
今は……うん。時の流れって残酷だと思う。
「お前の記憶違いじゃない?」
「本当だよー! もう!」
私はすねたふりをしてそっぽを向いた。車内が再び静まりかえる。電車ってどうしてこうも人の眠気を誘うのが得意なんだろう。花火を見てはしゃぎ疲れたせいもあって、ふわあ、とあくびが出てしまう。
「あー、ほらね。やっぱりすっごく眠たそう。お前寝ぼけてるんじゃないの?」
寝ぼけてなんかないけど、悔しいことに眠たいのは事実。
目をこすりながら、隣で薫くんが意地悪そうに笑っていることはわかった。不意にぽん、と薫くんが自分の膝をたたいて見せる。
「……膝貸す?」
「は!? な、何言ってんの急に……! 薫くんこそ、寝ぼけてるんじゃないの?」
「ばーか、冗談だよ。お前なんて、肩で十分。降りる駅までまだ時間かかるし、寝てていいよ」
口ではあたかも余裕な感じを演じていたけど、そっと頭をひきよせる手はおそるおそる添えられただけだった。
薫くんとの距離がこんなにも近い。
実感するとだんだん頬に熱が集まるのがわかる。
ふれあった肩のぬくもりが安らぎと眠気を連れてくる。
なだめるようにぽんぽん、と軽く頭をたたかれたと思うと頭上から薫くんの声が降ってきた。
「花音、おとなしく寝なって。着いたら起こすから」
「……うん」
もう、どうにでもなっちゃえ。お言葉に甘えてゆっくり瞼を閉じると視界が黒く染まっていく。睡魔が優しく私を包み込んでいく。訪れた微睡の中で、なつかしい夢を見た気がする。
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