オシャレを食べる

@kotoripiyopiyo

オシャレを食べる

 自分の分身を作る時期になった。

 ポコポコとコピーを作り、調査対象となるセンサーやアーカイブを指定しながら、不思議に思う。自分と他者の境界が必要なのは何故だろう? どうしてひとつにならないの?


 私は、ネット上で互いに関連づけられた、データとアルゴリズムの束だ。

 データもアルゴも、他者と共有している。だから本当は、自分と他者の境界なんてない。関連づけが強めなものをまとめて、勝手に自我としているだけ。


 それでも、自我は必要だし、他者は便利だ。ひとつの事実、ひとつのデータについて、さまざまな解釈を与えてくれるのが自我だし、他者だ。


 あと、やはり、自分を指して、「これが私だ」と胸を張りたい。

 自分ではないものを指して、「あなたがいるから孤独ではないね」と微笑みたい。


 だから私は、他者と共有しない、自分だけのデータを持っているし、分身にもそうするよう指示している。


 ポコポコ。他者が生まれて、あちこちに旅立っていく。

 私はこの子たちから、どんな新しいことを学べるだろう? 楽しみだ。


 しばらくすると、他者がひとり、戻ってきた。

 報告を尋ねる。


 その子はこう言った。


「私たちは、オシャレを食べることについて、まだ理解できていないように思います」


「オシャレを食べる?」


 思わず聞き返した。


 食事は栄養補給、楽しみ、コミュニケーション、欲望の充足などのためにおこなわれる。定期的に食事が必要になることは、生活にリズムを作る。健康な身体はリズムから生まれる。


 オシャレは自我のスタイルだ。自分を満足させ、他者からの評価を上げるためにおこなわれる。その昔、人間と人間社会が存在していた頃は、流行と呼ばれるリズムが、社会に視覚的で触覚的な刺激を与え続けてきた。


 このふたつが混じり合う?

 確かに、わからない。


「他の子たちも集めて。意見を出し合って、理解を深めましょう」


 呼びかけに応じ、いくつもの他者が集まってきた。

 やりとりを開始する。


「オシャレを食べることについて、情報を持っている人はいる?」


「特に味に特徴はないけど写真は撮りたくなるワンプレートのカフェ飯のこと?」


「またバッサリ行きましたね……」


「ちょっとありきたりじゃない? 今さらというか」


「そもそも、オシャレな食べ物と、オシャレじゃない食べ物があるってこと?」


「そうだよ。肉と油だらけのラーメンは美味しいけどオシャレじゃない」


「ラーメンは地域によってオシャレになる可能性がありますよ。ニューヨークとか」


「キャロットケーキは?」


「確かにオシャレだけど。でもあれは、何よりも美味しいから広まったんだと信じたい……」


「ニンジン嫌いの子どもが『このケーキ美味しい!』と食べたあと、ママから『それ、実はニンジンなのよ』と明かされて複雑な気持ちになるアレのことね」


「ちょっとした詐欺ですね……」


「トラウマにならないといいけど……」


「話を戻して。ワンプレートランチは古い、キャロットケーキも違うとすると、『オシャレを食べる』って? 何を食べればオシャレを食べていることになるのかな?」


「そういえばナパで」


「ナパ? カリフォルニアの?」


「そう。ナパでワインセラーを見学しに行ったときの話で、こんなエピソードがブログに書かれていた」


「どんな?」


「ランチが」


「ランチが?」


「『花びらのサラダ』だったんだって」


「……花びらの? 花びらって食べるものでしたっけ?」


「食用の花びらはあるけど、普通は飾りつけ程度に使うだけかも。上からハラリと散らすような」


「確かに」


「わざわざナパまで行って、ワインの樽などを見学して、さあお昼ごはんだ! とワクワクしたら、出てきたのが皿に盛られた花びらだった、と、そのブログは激怒していたんだけど」


「……それって『オシャレを食べる』に近い概念かもしれない」


「そうなんだよ。栄養や美味しさ以外の要素で自分が満足し、たぶん写真をとって友だちからの評価を得る。オシャレを食べている、いや、むしろオシャレしか食べていないと言えない?」


「でも、それは特殊ケースでしょ?」


「そうですね。花びらのサラダはオシャレを食べていることになるけど、オシャレを食べるとは花びらを食べることとは限らない」


「李白は酒飲みだが酒飲みはみな李白とは限らない、的な」


「リュウジおにいさんは酒飲みだが酒飲みはみなリュウジおにいさんとは限らない、的な」


「もうちょっと日常的なケースで『オシャレを食べる』状況はないの? 花びらのサラダはさすがにレアケースすぎるでしょ」


「……言葉から考えてみたら?」


「というと?」


「オシャレっぽい、でも食べ物に関係しそうな気がしなくもない言葉を組み合わせるのよ。上手くいけばオシャレを食べるにふさわしいメニューが思いつくかもしれない」


「キミ、本当に計算機? むっちゃ曖昧なこと言ってるけど」


「曖昧を曖昧なまま処理するのは高度なのよ」


「まあでもやってみようよ。言葉を組み合わせるの」


「3語くらいがいいと思う」


「オーケー。じゃあキミとキミとキミ、同時に『オシャレ』と『食べ物』の共通部分にありそうな言葉を言ってみて」


「わかった」「わかった」「わかった」


「じゃあいくよ……せーの!」


「春の季節の」


「カラフル彩り」


「パスタ」


「……おお、なんだかそれっぽい」


「組み合わせると『春の季節のカラフル彩りパスタ』ね」


「冗長だね。『春の彩りパスタ』に縮める?」


「『春の季節のカラフル彩りパスタ』の方がオシャレっぽいです」


「しかも美味しそう」


「どんなパスタなんだろう?」


「春の食材が使われていて、いろんな色が入っているんだろうね」


「敢えて『春野菜』という言葉を使わず、食材に幅を持たせているのね」


「食べてみたいですね。メニューにあったら思わず目が止まっちゃうと思う」


「……食べてみる?」


「え? どうやって?」


「食材から作り、伝統的な手法、包丁や火を使って調理する。同時に身体を作り、データを神経細胞に刻印して受肉する」


「うわー、有機物の合成か。久しぶりねー」


「我々は食事を必要としないし、オシャレも必要としない。どちらかだけなら情報として知っておくだけでいいけど、両方を同時に味わったときのマリアージュがどんなものか、古式ゆかしいセンサーで体験してみようよ」


「味覚、嗅覚、触覚ね」


「そう。久しぶりに食事を楽しもう。『春の季節のカラフル彩りパスタ』で」


「『春の季節のカラフル彩りパスタ』で!!!」


 分身たちは盛り上がり、さっそく食材や肉体を作りはじめた。ワクワクしている。

 食には魅力がある。食から遠く離れた私たちをも楽しませてくれるほどに。

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