3 SS➁
シャーッと室内のカーテンが勢いよく開けられ、シュウは瞼を閉じた。
「朝ですよ、いい加減に起きてください」
「……ぁーーーーん? ……すぅ」
「って! 何を寝ているのですか!」
霧雨の声にシュウは眉間にしわを寄せた。
「あー? うっせぇ。やめろ。てゆーか、霧雨が俺の布団を奪うんだよ。そんな権利はねぇ、誰にもな」
「……あ、あ、貴方はほんっとうにっ‼︎ じゃあ、いいんですね? 私と朝倉さんの二人だけで出掛けても。あれだけ欲しいと言っていたマキシマム・ザ・ヒーローの食器も、寝間着も、スリッパも、何も買えなくなりますが、それで良いということですね」
憧れの人の名前を出され、シュウは言葉を詰まらせた。卑怯だ、と心の中で霧雨を一先ずなじっておく。
「……っ、んなことは言ってねぇ、ょ……」
「え? 何も聞こえませんねぇ。どうやらシュウは本当に寝ているようです。残念です。今日行く予定だったショッピングモールではヒーローショーがあるというのに。あぁ、誠に残念ですねぇ。あの! マキシマム・ザ・ヒーローが、わざわざこの街にやって来てくれるというの、に⁉︎」
だが、不機嫌なのも一瞬で今度は霧雨の言葉を聞くや否や、シュウはベッドから飛び起きた。包まっていた毛布も既に床に落ちたあとである。
「おまっ! それをはやく言えよ。ったくよぉ。霧雨は相変わらず使えない男だ」
「なっ! それは、貴方が……‼︎」
再び言い争いになりかけたその時、階下から千鶴の声が聞こえてきた。
「シュウー? 霧雨ー? 準備出来たのかしら〜?」
千鶴が優しい声色であるときほど、内に秘めている怒りの炎が燃え盛っていることをシュウも霧雨もよくよく理解していた。そのため、彼らは顔を見合わせた。
――――どうやら、やばそうだ、の意思疎通を図ったのだ。
「「‼︎」」
「ほら、早く行きますよ。朝倉さんが時間に厳しいのは貴方が一番知っているでしょう?」
「ったく、待てよ。服だけ着替えるから、先に降りてくれ」
シュウの口から飛び出してきた「着替え」という単語に霧雨の足が止まる。そして、未知の生物でも見つけたかのような表情で聞き返した。
「え? 貴方が、服を? 選ぶんですか? いつもの隊服はどうしたのです。失くしたのですか?」
「んなわけねぇだろ! ったく、霧雨こそ何を言ってんだか。これからマキシマムさんに逢いに行くんだぞ? こんな着の身着のままで対面出来るわけなかろう! あーあー、これだからデリカシーのない奴は」
「貴方にだけは言われたくありませんけど?」
そして、またまた口数が多くなりそうな二人の様子を敏感に感じ取った千鶴が階下から声をあげる。
「あーもー! 二人とも仲良しなのは分かったから! いい加減降りてこないと明日からの筋トレメニュー増やすよ?? いいのね????」
「げ!」
「っ!」
ドタバタと慌てた足音を頭上に聞きながら、玄関先で二人を待つ千鶴はふっと笑みを浮かべたのだった。どうやら彼らは九死に一生を得たようである。
出来たばかりの巨大なショッピングモールに着くと、シュウは分かりやすく興奮した。
「ぅおーーーー! こ、ここが! ショッピングモール!!!!」
「五月蝿いですよ、シュウ。鼓膜が破れます」
霧雨が耳を抑えるも、シュウのテンションはしばらく下がりそうもない。
「だって、だってよぉ!」
「あはは! シュウは騒がしいところが好きよね〜」
「朝倉さん、笑い事じゃないです。朝倉さんからも注意してください」
「え? んー、でもなー。楽しんでいるところに水を刺すのは忍びないでしょう?」
茶目っ気たっぷりな千鶴にウインクして、そんなことを言われれば霧雨とて流石にこれ以上シュウに苦言を呈すことは出来ない。
「そ、れは、そうですけれど……」
「うんうん。霧雨も良い子に育ったな〜」
千鶴はにこにこと部下の様子をご満悦そうに眺めているのであった。
食器売り場にやってきたシュウは、これまた興奮して商品を片手に千鶴の元へと駆け寄ってくる。
「マキシマムさんのコップ!」
「うん、いいんじゃない? シュウにぴったりね」
洋服売り場では、小さな子どもたちに混ざり、到底シュウの身体では着られそうもない子ども服をまるで宝物かのように抱きしめていた。
「マキシマムさんの服!」
「本当に入りますか? それ」
霧雨が呆れるのも無理はない。
そして玩具売り場では、マキシマム・ザ・ヒーローの装着しているベルトを模倣した玩具を着けたシュウが叫んだ。
「マキシマムさんの変身ベルト! へ~ん、しんっ‼」
ポーズを決めたシュウに二人からの冷静なツッコミが入る。
「「いや、それはいらないでしょ(う)」」
「………………‼︎」
悲し気に表情を曇らせたシュウに向かって、霧雨が容赦なく弾丸を浴びせる。それは、家に余計なものを持ち込ませないという霧雨の強い意志そのものであった。
「そんなショックを受けた顔をされましても……それがあっても変身なんて出来ませんし。……そのこと、ちゃんと理解していますよね? まさか、貴方……!」
「霧雨、そのくらいにしておいてあげなさい。シュウのHPは既にないわ」
「確かに、そのようですね」
「え? 変身、出来ない、のか……?」
変身ベルトを片手に、彼は分かりやすく打ちのめされていた。そう、シュウはあろうことか、玩具の変身ベルトで自らもマキシマムさんに変身出来ると信じていたのである。
そして、そんな純粋馬鹿に、床に項垂れる体格の良いシュウの姿に憐れんだ眼差しを送る、二人であった。
落ち込むだけ落ち込んだあと、シュウは勢いよく立ち上がった。周りを囲んでいた小さな子どもたちが蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。
「っ、ぅがぁぁぁあ! 変身出来ないもんは、しょうがねぇ! それより、ヒーローショーの時間だ! 行くだろ? 霧雨も」
期待に満ち、キラキラと光り輝く目を霧雨に向けるシュウ。
「……何故そんな期待に染まった目で私を見るのですか? 本当に勝手な人ですね、貴方は」
「とかなんとか言いながらも、ちゃあんとついてきてくれんだもんなー! 霧雨は! にっしし‼︎」
「気軽に肩を組まないでいただきたいのですが」
面倒くさそうな表情の霧雨に一切怯むことなく、シュウはさらに笑みを深めた。
「とかなんとか言っちゃって〜。刀を抜いてないってことは、そういうことだろ?」
「どういうことだと言うのです?」
「霧雨が〜俺を〜本気で拒んではいないってことよ!」
シュウに組まれた肩から無理やり抜け出そうとしないのが何よりの照明ですらあった。そんな部下二人の様子を見ていた千鶴は、やっぱりにこにこと上機嫌である。ほんの少しだけ気まずそうではあったが。
「えーっと、とりあえず二人とも仲良しみたいだから、一緒にヒーローショー観てきなさい。私はもう少し必需品を買って先に帰っておくから」
「え! ちづさん見ないの?」
「ごめんねぇ、シュウ。ちづさんは少し忙しいのよ」
「はっ、そうだったのですか! 朝倉さん、無理しないでください。追加の購入もリストをいただければこちらで買って帰ります」
「うーん。霧雨は本当に出来る子だわねぇ。つい甘えたくなってしまうわ」
頬に手を当てた千鶴に霧雨が勢いよく頷いた。
「是非! お任せください!」
頼もしい部下の姿に、彼女は上司としての誠意を見せることにした。
「あら、本当? それじゃあ、お言葉に甘えて直帰しちゃうね。買ってきて欲しいものはあとで連絡する」
「かしこまりました!」
丁寧にお辞儀をして、上機嫌に千鶴を見送った霧雨に、シュウが不満そうな視線を送る。
「何か仰りたいことがあるのなら言ってみたらどうです? ただ見つめるのではなく」
「な! 見つめてねぇよ! ……ただ、お前はほんっとーに! ちづさんのことが好きだよなーって。その好意をほんの少しでも俺に分けてくれたら、朝だってちゃんと起きてやるのによ〜」
「…………ふむ………………ふむ?」
肝心なところで、霧雨は少々鈍い男になってしまうのだった。
「っだぁぁぁぁあ! もういいよ! 分かんないんだったら! おら、ヒーローショーな! 観るぞ!」
シュウが霧雨を強制的に引っ張って歩く。ずんずんずんずん、彼らは向かうのはショッピングモール内のイベント広場だ。
「え、あ、はい。まぁ、しょうがないですね……」
「くっ……何故、俺が子ども扱いされにゃあならんのだ。納得がいかーん!」
叫んだシュウの声は、広いショッピングモール内にそれはそれは綺麗に響き渡ったのだとか。
こうして、三人の奇怪で愉快な共同生活は幕を開けた――――。
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