青い鳥はずっと鳴いていた
遊月奈喩多
幸せを探す、短く果てしない旅路へ
その日、僕の妹は『奇跡の子』ではなく『犯罪被害者』になった。カメラのフラッシュを避けるように顔を背けながら護送されていく彼女の曇った表情は、きっと僕らの罪の証だった。
* * * * * * *
幼い頃から所属していた宗教団体が摘発された。いつも優しい顔で笑っていた教主や、そんな彼にくっ付いて偉そうにしていた幹部が逮捕された。そのときに抵抗した顔見知りの信者たちもかなりの数逮捕されていて、その中には両親もいた。
そして妹をはじめとする何人かの子どもたちが、励ますような言葉をかける警官たちに連れられて画面を横切っていった。そんな様子を、大学近くの食堂に設置されたテレビの生中継で見ていた。
いつかこういう日が来ると思っていた。
そう思った自分に驚きこそすれ、団体が解体されるだろうことには何の驚きもなかった。
教主の教えはどこか胡散臭かったし、両親がそれに傾倒していく様子も恐ろしく見えていた。だから団体と関係のない学校に通うようになって、それから僕の心はどんどん離れていたのだと、今になって自覚した。
だが妹は、
素直で従順――いや、人を疑うことを覚えなかった愛は両親や幹部連中に言われるまま団体の教えに染まった。だから教主にも気に入られていたし、
だけど、その根拠となる団体がこうなった以上愛は、そして愛がその体に宿した『神の愛』とやらはどう扱われるのだろう。幼い頃から過ごした場所が瓦解する様を傍観しながら、そう思った。
許可が降りたので保護されていた愛を僕のアパートに連れ帰ったとき、まず「みんなは?」と尋ねられた。
「みんなは、教主さまとか、お父さんとかお母さんとか、他のみんなも、まだ出られないの?」
その言葉にどう返せばいいか、僕にはわからなかった。だからただ事実を述べて、彼らは罪を犯していたから警察に捕まっているのだと話した。
「悪いこと?」
「そうだよ愛、教主――あの男が言っていたことはデタラメばっかりだったんだ。あいつらにお金や土地とかを取られて生きていけなくなった人もいる、そのことを警察に言おうとして失踪した人もいるらしい。あいつは正しいことだと言ったけど、それは悪いことだったんだ」
「でも教主さま言ってたんだよ、全部正しいって、全部正しくなるって言ってたんだよ?」
「それは、嘘なんだよ」
「それにみんな言ってたよ、その通りだって。教主さまの言う通りにしてたらいいって、逃げないでじっとしてたらいいって! そんな、そんな大勢で嘘つくなんてありえないよ、だってそしたら、」
そこまで言って、愛はおかしくなった。
突然その場で嘔吐して、頭を抱えて泣き叫びだしたのだ。その呼吸も小刻みに乱れて、とても満足に呼吸できているとは思えない有り様で。
しばらくしてようやく眠りについた愛は、それでもうわ言のように違う、違うと呟いていた。明らかに、愛は普通ではなくなっていた。
翌日、僕はひとり愛を保護していた病院を訪れていた。もしかしたら僕が連れ帰るまでに何かあったのでは――そういう疑念もあった問いに対する答えに、僕は言葉を失った。
医師は言った、恐らく愛は『教主を信じろ』と強要され、それを『正しい』と信じることで自分を保ってきたに違いないと。不本意なことがあったとしても『正しいこと』と飲み込んできたに違いないとも。
「性急に事実を告げることはそれまで愛さんを支えていたものを壊すことにも繋がります。彼女が自力で立てるようになるまでは、様子を見ないと危険ですよ」
重苦しい医師の言葉に、僕は頭を殴られたような心地だった。
愛を取り巻く数々のことは、僕が外で暮らすようになってから起きたらしい。僕がいたところで何ができたとも思えないけど、もしかしたら何かが変わっていたのだろうか、なんて……そんなことを、思ってしまったから。
もしかしたら僕は、愛を見捨てたのではないか? 愛は僕に何の助けも求めなかったのか? 否定しようとしても、愛は本心からあの教主を信じていたのだと思おうとしても、どうしても、どうしても……。
だから僕は、愛に言った。
「本当に幸せをくれる、青い鳥を捜しにいこう」
昔読んだ童話から思い付いたものだったけど、愛は屈託のない笑顔で頷いてくれた。きっと長いこと何かに縛られていた愛には、まだ自分を縛るもの――信じる何かが必要だった。いきなり
まだ問題は山のように積み重なっている。
マスコミや残った一部の信者が連日追い回してくるし、愛のお腹のこともある。じきに自由に歩き回れなくなるし、そうなる前に決めるべきこともある。
それでもどうか、青い鳥を捜す旅の中で愛が自分で立てるようになれば。そう祈り、旅を助けることが、きっと僕にできる罪滅ぼしだ。
青い鳥はずっと鳴いていた 遊月奈喩多 @vAN1-SHing
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