Flight 5

 とは言ったものの……。

 勢いで飛空場の玄関口まで歩いてきたが、ふと、わたしは我に返って考え直す。

 これからどうすればいいんだろうか。

 最初に決められた部隊チームは原則的に変更できないとされていた。けれど、あくまでそれは「原則」であって、「絶対」ではない。現実に、均衡バランスがとれていないために、どうしても分裂してしまう部隊チームもあるんだとか。過去には、有志で成員メンバーを募り、新しく部隊チームを結成した事例もあるらしい。……けれど、わたしは今たったひとりだ。身分が低いだけに、成員メンバーを募ることすら難しいかもしれない。

 どうしたものかとその場で考えていると、入口の方でなにやらざわめきが起こった。そちらに目をやると、集まった人ごみの中に、信じられない人物の姿を見つけた。

「アリア!」

 ――それはアルスだった。後ろにはリヅォさんもいる。わたしに気付いたアルスがそう呼びかけると、周りがわたしを見てどよめいた。

 実を言うと、アルスと会うのは久しぶりだった。探求者ワンダーになった日、わたしは、飛空場に寮が用意されていることを初めて知った。探求者ワンダーの中には事情があり、飛空場に住むことを希望した人達が何人かいたそうで、それを受け、寮制度が導入されたそうだ。それを聞いたわたしは、長い間アルスのところでお世話になっていたので、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないと思い、寮を利用しようと申請しているところだった。部隊チームが決まると正式に寮室が割り当てられるということで、現在は仮入寮という形でこっちに暮らしていた。そんなわけで、アルスと会うのが本当に久しぶりだった。

 免許の報告も声の通信だけだったので、久しぶりにアルスの顔を見れて嬉しかった。それはかれも同じだったようで、わたしを見つけるとすぐに駆け寄って来てくれた。

「久しぶりだな。 なんで帰って来てくれないんだよ? 別に気なんか遣わなくたってよかったのに。 オレとお前の仲じゃないか」

 近くに来たアルスが不満そうな表情かおを浮かべながら、小声でそう話した。けれど、わたしに会えて嬉しく思っていてくれたようで、すぐに笑顔を見せてくれた。

「ところで、なんでこんなところにいるんだよ? それに、なんかいつもより暗いし」

 ふと、アルスにそんな疑問をぶつけられる。どうやら、考え事をしていたのが顔に出てしまっていたらしい。わたしはちいさく苦笑いをもらすと、アルスに事情を説明し始めるのだった。


「そういうことなら任せろ!」

 全てを聞いたアルスがなんだか張り切った様子で、声高にそう話した。……何か考えがあるらしい。

「オレたちで部隊チームを組もう! それで、やる・・んだよ!」

「えぇ!? その『やる・・』ってまさか――」

 その勢いのまま、アルスが突発的なことを言い出した。かれにはほんの少し強引なところがある。ここに来たのも半ば強引だったんだろう。おまけに、言い出すと聞かないところもあったりする。

「――決まってるだろ! 今しかないじゃないか! 行こう!」

 アルスがそう言って、無理やりにわたしの手を引いて歩き出す。……もうこうなれば、誰もかれを止めることはできないのだった。



 アルスが手探りながらもやって来たのは飛空場内の事務所で、今、かれは真剣にわたしと部隊チームを組もうとしていた。

 わたしたちの目の前には、分厚い手引書マニュアルを何度もめくりながら困っている、事務所担当の探求者ワンダーがいる。アルスの身分を頭に置いているのか、言葉に詰まっている。おまけに、かれの言っていることは極めて異例だったため、どうすればいいのか分からず、探求者ワンダーは困っているようだった。

 一方のアルスはというと、目を輝かせながら、返事を待っていた。その表情はどう考えても、良い返事を期待しているようにしか見えなかった。

「も、申し訳ありませんが、ヴァーネイン様、わたくしどもではそのようなことを……」

「――だめだっていうのか? 私と同じような身分でここにいる者と比べれば、私の方がまさっているとは思うが? 何なら、試験だって受けても構わないが?」

 覚悟を決めて口を開いた探求者ワンダーの言葉をさえぎって、アルスが笑顔でそう話した。……あぁ、これは完全に威圧で言ってる。言葉の端々に、地が出ちゃってるし。

 何か間違っているような気がしないでもなかったが、本当にここまで来たらアルスを止められないのだ。きちんとかれの後ろで待機しているリヅォさんでさえも。

 途方に暮れた探求者ワンダーがため息をついて、アルスに手招きをする。アルスは彼の後に続きながら、わたしの方を振り返る。そして、自信ありげに手を上げてみせると、事務室の奥へと姿を消した。


 しばらく経って戻って来たアルスの顔を見ると、満足そのものだった。

 奥に行くと、そこには事務所長の探求者ワンダーが待ち受けていたそうだ。アルスは真剣そのもので、事務所長を説得したという。相手の方もかれの話を真剣に聞いていたそうだ。あくまで、話し合いは公平に行われ、その結果、特別に部隊チーム結成を許されたんだそうだ。

 ――こうして、新たなる部隊チームが結成され、わたしはアルスのところで再びお世話になることになったのだった。



「それで――何から始める?」

 屋敷に着くなり、アルスはそう尋ねながら、床に下敷きを引いて大きな紙を広げた。そして、じゅうたんの上に寝転ぶと、筆記用具を並べ始める。その傍らにはリヅォさんが腰掛けた。

 驚いたことに、リヅォさんも部隊の一員として迎えられていた。リヅォさんは、料理・洗濯はもちろん、何でもこなせる、本当にすごい執事だった。ちなみに、執事の前は何をしていたのか、アルスも知らないようで、経験がすごく豊富なのだとか、そうじゃないのだとか。……とにかく、リヅォさんは何でも・・・できるそうだ。機械のことも精通者マイスターには劣るが、相当詳しいらしい。その腕を見込んだ上で、アルス自身が支援役として部隊に入れたらしい。

 準備は万端、やる気も十分なアルスが、わたしをじっと見つめていた。どうやら、わたしの口からその「答え」が出るのを待っているようだ。

「――舟をつくろう」

 いつかは「その日」が来るとは思っていたが、まさかこんなかたちで、夢がひとつ叶うなんて思いもしなかった。その時、わたしは驚いてもいたが、同時に嬉しくも感じていた。

「よし! アリア、これに設計図描いてみてくれ。 足りないところはオレが補うから」

 満足げに微笑みながら、アルスがそう話した。どうやら、わたしを全力で支援してくれるようだ。かれのことを頼もしく思いながら、わたしは白い紙の前に座り込んだ。

 筆記用具を片手に持ち、わたしはその紙をじっと見つめる。すると、ぼんやりとではあるが、舟の想像イメージが少しずつ浮かんできた。

 まずは機体。どんな形にしようかと思った瞬間、ふとおじいちゃんの話を思い出す。確か、あの写真集の星は丸い形をしていると話していた。……なるほど。わたしの頭にはすぐ、機体の想像イメージが浮かんだ。

「機体は球体で……」

 わたしは紙の隅に、その想像イメージを描き込む。

 そして、次に、翼の形を考える。翼はとびやすいように――風を受けて疾走できるように。

「翼はそう、ちょうど両手を広げるような感じ」

 そう言いながら、わたしは実際に両手を大きく広げてみせた。……うん、ぴったりだ。すぐに、機体の図に翼を描き足す。

 最後は尾だ。均衡バランスを取りやすいように。さらに、わたしは想像イメージを描いていく。

 あとは細かい部分だ。球体の上半分は透明で強力な素材で入口をつくり、下半分には舟の動力を入れる。とぶための装備はできるだけ操作しやすいものが良い。自動操作機能があれば、なおさら良い。中には運転席と、後部座席に二人分。――そう、これだけは絶対に譲れなかった。

 二人にそう話しながら、わたしは設計図を細かく描いていく。

 設計図を描くのは初めてだったが、アルスにはその知識があるようで、わたしに細かく助言アドバイスをしてくれた。そのおかげで、設計図はより詳しいものに仕上がった。動力の部分は分かる範囲でリヅォさんが考えてくれた。


 ――そして、設計図が完成した。

「大体の部分はオレとアリアで何とかなりそうだ。 あとは動力だな」

「アリア様のお母様に助言をいただきましょう。 そうすれば、わたくしが動力をつくれるはずです」

 わたしとアルスは機体、リヅォさんが動力と役割を分担して、その次の日から早速舟づくりが始まった。

 当面の目標は中間報告の日。部隊チームを組んだ探求者ワンダーには、その活躍を報告する場が何度かあった。報告によっては「その後」が大きく変わってくることがあるのだ。――その場で良い報告ができるよう、それまでに舟を完成させ、とばしてみることが、わたしたちの一番の目標だ。

 舟の整備を自分自身でできるよう、探求者ワンダーにはその知識も必要だった。わたしも同じように、整備の知識を持っていたが、実際に触るのとはまた違っていたので、はじめは苦労した。アルスはわたしに比べて、詳しい知識を持っていたようで、器用に舟づくりをこなしていた。

 一方のリヅォさんはというと、動力完成までの間はしばらく留守にしていた。わたしのことを聞いたお母さんが快く協力してくれたおかげで、立派な動力が完成した。

 完成の後、リヅォさんはわたしたちを陰ながら支えてくれた。わたしたちだけでどうにもならなかった部分は、リヅォさんのおかげで上手くつくることができたのだった。


 中間報告の数日前、ついに舟は完成した。

 舟はわたしの想像通りのものに仕上がっていた。……いや、それ以上の出来だ。あとは試運転をするだけだ。

 できたばかりの真新しい舟に、わたしは触れてみることにした。機体の確認をしたり、運転席に座ったりなどしているうちに、わたしはふと、改めて実感した。……あぁ、これはわたしの舟なんだ。――ひとつ、夢が叶ったんだ。あまりに嬉しくて、わたしは懐から手帳を取り出し、その気持ちをすぐに書こうとした。

 ――ぽつり。広げた手帳に、何かが落ちた。気が付くと、わたしは泣いていた。半分は嬉し泣きだったが、残りは今までの思いがこみ上げてきたせいで、流れた涙のようだった。

 本当のことをいうと、売られかけた時、不安で仕方なかった。マーシャに話を聞いてみようと思った時、実をいうと、本当のことを知るのが怖いと思った。部隊を出た時は寂しかった。だって、わたしはたったひとりで、味方なんていなかったから。そんな思いがせきを切ったように、涙として流れて来たのだ。

 ……だけど、わたしのそばにはアルスがいた。何度もわたしを助けてくれた。ここまでやって来られたのも全部アルスのおかげだ。本当に感謝してもしきれないくらいだ。

 その時、隣にいたアルスが何も言わずに、わたしの頭を撫でてくれた。わたしは泣き止むどころか、余計に涙があふれるのを感じた。……でも、今、アルスがいてくれてよかった。

 止まらない涙を拭いながら、わたしはふと、思いついた舟の名前を手帳に書き込んだ。そして、涙が枯れるまで、わたしは泣き続けたのだった。

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