Flight 4

 ――そして。

 アルスのおかげで、わたしはその日――採用が行われる当日を、万全の状態で迎えることができた。ちなみに、採用は面接によって行われていた。もちろん、その対策も十分に練ってあった。

 最後の最後まで、アルスはわたしの面倒をみてくれた。採用の会場までわたしを連れて行ってくれただけでなく、わたしが上の人達の痛い視線を受け、肩身の狭い思いをしている中、応援にも来てくれたのだ。かれの顔を見て、わたしはそんな思いや不安な気持ちが吹き飛んだ。……ちなみに、アルスの姿を見た周りの人達はかなり驚いている様子だった。


 いよいよ面接の時、わたしは対策を織り交ぜながら、ありのままを語った。わたしが下の人間だと知って、はじめ、面接官の人達は良い顔をしていなかったが、時間が経つにつれ、真剣な表情で私の話に耳を傾けてくれていた。――どうやら、わたしの思いが通じたようだった。

 それを後押ししたのが、アルスの存在だった。いつの間にか、アルスがわたしを推薦しているということが、面接を待っている間に噂として広まっていたらしく、それが面接官の耳にも伝わったようだ。その真偽を問われ、わたしはその話が本当だと正直に打ち明けた。そして、アルスが推薦人であることと、わたしの面接の結果を含めて、採用が検討されることになったようだ。……本来なら、身分だけで落とされていた可能性もあったのに。

 間もなく、採用通知がわたしのところに届いたのだ。本当に、アルスには感謝してもしきれなかった。……けれど、これからは実力勝負だ。 

 探求者ワンダーとして初めて活動しに出かけた日、アルスはわたしを呼び寄せるとこう話した。

「アリア。 お前は他の奴らなんかより、きっと活躍できる。 ……期待してるからな」

 その時、わたしはアルスから認められたような気がした。……わたしは今までのお礼を込めて、アルスのおもいに応えなきゃいけない。いや、必ず応えるんだ!

 ふと、わたしは、アルスと写真集を見た時のことを思い出し、その時、わたしは同時に、心に決めた。あの写真集の空を見る時はアルスと行こう、――絶対に、一緒にあの空を見よう、と。


 そして今、わたしは探求者ワンダーの勤め先で、事務所も兼ねている「飛空場」にいる。

 飛空場に着くとまず、とぶための訓練をすることになった。もちろん、その日がわたしと同じく初日である他の探究者も一緒だ。初めは、実際の舟をもとにした模擬装置シミュレーターで訓練を行った。その時、隣には長い間探求者ワンダーを経験してきた教官探求者ワンダーがついて、実際にとべそうかどうか、同時に審査も行われた。

 最初は上手くできなかったけれど、わたしは学んできた知識を活用しながら、何とか模擬装置シミュレーターを操作できるようになった。……きっと、これもアルスのおかげだ。

 他の探求者ワンダーはというと、上手くできている人の方が圧倒的に少なかった。一部は単にできていないだけで、成長の見込みがあると判断された人達だったが、それ以外は全員成り上がりだった。誰かが話しているのを聞いたのだが、それでも、成り上がりの中には、権力や財力によってとぶのを許可してもらっている人達もいるらしかった。

 数日間模擬訓練シミュレーションを行った後は、いよいよ実際に空をとぶための講習が始まった。前半は今までの知識をさらに深めるための講義が行われ、後半には教官の探求者ワンダーを伴って、飛空場内で舟をとばすための教習が行われた。教習に受かって初めて、舟の免許が取れるのだ。

 初めて舟をとばした時は興奮していたが、同時にかなり緊張もしていた。……免許を取ることができたら、夢に一歩近付くことができる。そう考え、わたしは真剣に教習を受けるようになった。

 そして、無事教習を終えると、めでたく、わたしは免許を取ることができた。そのことを真っ先に、わたしはアルスに報告した。アルスはまるで自分のことのように喜んでくれた。わたしはその時、一層かれの期待に応えられるようにしようと決心したのだった。……勝負はこれからだ。


 今はというと、免許が取れた新人の探求者ワンダー達と部隊チームの発表を待っている。探求者ワンダーはひとりでとべるようになるまでの間、他の探求者ワンダー達と一緒に空をとぶことになっていた。

 部隊チームではとべるかどうかも実力にかかっていた。場合によっては、いつまでもひとりでとべずに部隊チームのままでいたり、部隊チームから卒業できたとしても飛ぶ機会がなかったりなどするのだ。

 部隊チームは基本四人で構成されている。できるだけ、均衡バランスがとれるようにはなっているらしいが、成り上がりの存在がいるために、運が悪いとしか言えない組み合わせもあるようだった。

「――二百五十四団、五百九番、アリア=ラトソン」

 ついに、わたしの名前が呼ばれる。どんな人達と組むことになるんだろう。どきどきしながら、私は教官探求者ワンダーに着いて行く。部隊チーム発表と同時に、しばらくの間、乗ることになる舟を見せてもらうことになっていた。

 わたしは舟がとめてある小さな倉庫の中に案内された。

 そこには、わたしと同じくらいの歳の金色の髪の女の子が、探究者の質素な制服を無理やりに着飾って、立っていた。彼女の両脇には、短い栗毛の女の子と黒髪の女の子が控えるようにして立っている。三人とも綺麗な顔立ちをしていて、身分が高そうだった。……成り上がりだろうか。

「君達の部隊チーム番号は一二二。 では頑張りたまえ」

 教官探求者ワンダーはそれだけ告げると、わたし達を残して出て行ってしまった。

 三人に挨拶をしようと思って、彼女達を見る。けれど、金髪の女の子の脇にいる二人がわたしをにらみ付けていて、何も喋らせまいと言わんばかりにわたしを威圧していた。

 どうしようもなく黙っていると、金髪の女の子がじろじろとわたしを見た後、勝ち誇ったような笑みを浮かべながら口を開いた。

「……紹介が遅れましたわね。 わたくし、リアン・キャスリオ=ドヴィルオズと申しますの。 そうね、わたくしのことはリアン様とお呼びなさい。 こちらはわたくしのオトモダチ・・・・・、サヴァ=トワーズとルロワ=グオベルですわ」

 栗毛の女の子がサヴァで、黒髪の女の子がルロワだそうだ。「オトモダチ・・・・・」というよりはリアンの取り巻きだと言えるだろう。

「アリア=ラトソンです。 よろしくお願いします」

 リアンの威張いばった態度には少し怒りを覚えたが、これから一緒に行動する仲間なのだと考え直し、その気持ちを抑えた。わたしはできるだけ、丁寧にあいさつをして、頭を下げた。

「わたくし、小耳に挟んだのですけれど、アナタ、下の出身なのですってねぇ。 本来なら活躍できなかったのかもしれませんが、アナタはとってもついてますわぁ。 だって、他でもないわたくしが同じ部隊チームなのですもの。 わたくしがお父様に頼めば、今すぐにだってとぶことができるのですからねぇ。 ……もっとも、アナタはわたくしがとばす舟に同乗するだけですけれどね」

「ありがたく思いなさい」「リアン様に十分感謝するのよ」

 胸を張りながら、リアンが鼻につくような口調でそう話した。わたしの身分を知った上でなのか、やはり勝ち誇ったような表情を浮かべている。取り巻きの二人も威張いばった態度で、続くようにそう言った。

 彼女のその言葉には、わたしもさすがに腹が立ってしまう。間違いなく、この三人は成り上がりだ。その言葉を聞いて、わたしはそう確信した。成り上がりというだけでなく、この三人は権力や財力によって、この場にいるらしかった。……噂で聞いた通りだ。

 よりにもよって、そんな人達と同じ部隊チームになってしまうとは。わたしはとても悔しかった。

 ふと、わたしの頭に、あの、悲しそうで悔しそうなアルスの顔が浮かんだ。わたしははっとした。……このままで、いいんだろうか? ――このまま、この人達にびへつらいながら、この部隊で舟をとばすことになってしまっていいんだろうか? このままでいけば、わたしの意思は関係なく――否応なく、そうなってしまうのだろう。……そんなの、わたしは――――。

「あら、なんですの、その顔は? まさか、アナタ、気に入らないっておっしゃるのかしら? ……アナタ、わたくしにたてつくとどうなるのか、分かっていて?」

 どうやら、考えていたことが顔に出てしまっていたらしい。ふと、わたしを見て、リアンが怒りをあらわにしてそう言った。取り巻きの二人もわたしをにらみ付けている。

 それも、今となってはどうでもよかった。成り上がりにへつらうなんて、そんなこと、わたしにはとてもできなかった。……わたしはこの人達のように、権力や財力を使って空をとぼうと思ったわけではない。わたしは自分の「ちから」で空をとびたい――夢を叶えたいのだ。それに、そんなことをしたら、きっとアルスが悲しむだろう。

「……どうだっていい。 わたしは夢を叶えるために、ここに来たの! あなた達と同じようにしてたんじゃ意味がないわ。 わたしの身分が低いからってバカにしないでよ! わたしはここに来るまでに、色々精一杯やって来たの。 権力やお金なんかを使ってここにいるあなた達と一緒にしないでよ!」

 アルスの悲しむ顔だけは見たくない。絶対、彼の期待を裏切るわけにはいかなかった。――わたしの夢は、わたしひとりだけのものではないのだ。そんな思いがわたしの頭の中でいっぱいになって、思わずわたしはリアンに啖呵たんかを切っていた。

「そんな生意気なことを言うなんて……。 いいわ、アナタなんか、わたくしの部隊チームにいらなくてよ! 今すぐに出て行きなさい!」

「こっちだってお断りよ!」

 わたしの言葉を聞いて怒っていたリアンと、脇で罵声ばせいを飛ばしていた取り巻きの二人に、わたしはそう大声で言い放つと、その場を足早に去ったのだった。

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