或るお笑い芸人の苦悩
朝樹小唄
漫才王座二回戦終了後
「名前、無かったな」
「……うん」
漫才王座二回戦の結果発表日。俺らのコンビ名は、何回見直してもホームページに載っていなかった。
去年まではずっと一回戦落ちだったのが、今年はようやく二回戦に上がれて気を良くしたものの……。
そこからトントン拍子とはいかなかった。
何本も書き上げたネタの中から一番出来の良いものを選び、何回も何回もネタ合わせをし、ライブでお客さんの反応を見ながら微調整した末に仕上げたものを、評価してもらえなかった。
それを仕方無いとは表現したくないのだが、この大会の厳しさは俺もよく知っている。
三回戦なんて、テレビでよく見るコンビですら無情に落とされる、シビアな世界だ。
準決勝ともなれば、どのコンビが決勝に上がったっておかしくない。
名前が上がるのも頷ける常連組もいるが、いわゆるダークホースが一気に頭角を現し、にわかに世間に注目され始めるのもここ。
ただ、共通点は、どちらも実力がある奴らばかり、という事。
あとはその芸人の一年間の努力だったり、その日の空気やネタ順、色んな要素が絡まりあって、笑いの量という誤魔化しようの無い成果が出てしまう。
さて。ここでもう一度言うが、俺たちは二回戦で落ちた。
偉そうに講釈垂れたのすら、実力が無ければひたすらに寒い。
相方は隣でスマホを見続けている。指の動きからして、実は見落としてたりしないか、と入念に確認しているのだろう。
さっきも二人で一緒に五回は確認したのだが、気持ちは痛いほど分かる。現実世界の致命的なバグであって、再読み込みしたら俺らの名前が出てくるのであってほしい。
「俺らって芸人って言えんのかな」
「……ギリ、フリーター」
相方の「ギリ」という言葉に、なけなしのプライドが滲み出ていて悲しくなった。
悪い、俺から言っといてほんとに悪いんだけど、ギリどころか俺らはガバガバのフリーターだよ。バイト辞められる気がしない。テレビ出たい。
ごめん。自分で悲しくなってきた。言わなきゃよかった……。
こういうやりきれない思いを抱える時、つい自分の出自を恨んでしまう。
とはいってもそんなに大袈裟なものではない。単に「関西出身になれなかった」、それだけの事だ。
関西っていう地域全体が卑怯だ。東京の人間なんか敵わないだろ、と思ってしまう。そもそも土壌が違う。「笑い」ってものに対する姿勢が違う。関西ローカルで長く続く、大御所が司会の番組のエピソードを耳にするたびに、あいつらは代々伝わる秘伝のタレを持ってやがる、と思う。
大体、関西弁でお笑いをやれるってだけで面白さが違う気がする。
なのに、東の人間がそれを真似すると、むしろ、うすら寒いのだけが強調されてしまうのだ。
俺はお笑いにはまったあの日からたぶん、ずっとエセ関西弁の十字架に磔にされている。
「面白くね~~~」
まず、こんな事を考えてる時点で面白くない。
自分の実力の無さを棚上げにして、関東芸人でも面白い人は星の数ほどいる事実も無視して、自分以外のせいにしてる事こそが「おもんない」。
正解の無いお笑いに無情にも点数がつけられ、合格不合格、点数がはっきりと出てしまうのがお笑いの賞レースだ。
でも、正解の無い世界にはっきりとした答えが出されるからこそ、千載一遇のチャンスなのだ。
一年に一回、俺らは面白いんだと、知らしめる為の。
目に見えるほど面白くもなくて、すぐ自分以外のせいにして、ずーっとバイトばっかりしてて、夢を追い掛ける俺は死ぬほど格好悪い。
それでも、俺にはこれしかできない。
お笑いが好きだから。
来年、三回戦出たいな。
或るお笑い芸人の苦悩 朝樹小唄 @kotonoha-kohta
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