俺は勇者。

イノナかノかワズ

俺は勇者

 ところで、世界は安泰だった。人族と魔族の関係も良好であり、ドラゴンや鬼、巨人ともうまく回っていた。

 回っていたのだが、退屈な世界でもあった。

 そんな退屈な世界に革命をもたらさんとする存在が現れた。


 それが勇者だ。



 Φ




「最近、つなんねぇな」

「……坊主、そんなことをいうためにこんな山奥に来たのえ?」


 暴虐の魔女、カーラは数百年前から山奥でのんびりと過ごしていた。暴虐の魔女なんていう大層な名がついているが、今は魔法が得意なただのおばあちゃんだ。

 そんなおばあちゃんに口の利き方がなっていない一人の青年が訪ねてきた。

 黒髪黒目の高身長イケメンで、腰には星の魔力が籠った剣を携えている。


「そうだとも、暴虐の魔女、カーラ」

「……はぁ、それで」


 面倒だな、と思いながらも星の魔力と光の精霊を宿したその青年を無下に扱うことはできない。

 見た感じ、魔法の力量等々はドラゴンに及び程度だが、それでも星の魔力と光の精霊の力は厄介だし。


 そう思いながらも邪険な表情をしていたカーラは、その青年が放った次の言葉で一瞬混乱する。


「だから、この世界を支配してくれないか?」

「……すまん、少し耳が遠くなってしまってのぉ。もう少し近くでハッキリと言ってくれんかの?」


 混乱したから、カーラはもう一度問い返そうとするが、青年はすでに星の魔力が籠っているロングソードをカーラに向けた。

 そしてキラキラと笑いながら、叫ぶ。まるで悪を断罪するヒーローかのように怒鳴る。


「フッ。その手には乗らんぞ、暴虐の魔女! 貴様の非道な行いに、我ら人族は怒っているのだ!!」

「非道……はい?」


 カーラはポカンとする。

 ここ数百年は引きこもっているし、暴虐と言われた所以もただ、何人かの魔王を理不尽にぶちのめしただけだ。魔族側に断罪される予定はあろうとも、人族側に断罪される予定はない。

 そんな疑問はお構いなし。

 青年は光の精霊を纏い、星の魔力をうならせた。


「さぁ、暴虐の魔女よ!」

「チィッ!」


 カーラは一瞬にして光に包まれた。やはりさすがは光の精霊。魔王すら殺す力をもつ魔女に転移魔法を使ったのだ。

 そしてカーラは青年と一緒に転移した。


「……はい?」


 カーラは今日で何度目かの驚愕をする。

 予想では、自分は封印結界かどっかの中に閉じ込められるかと思ったのだが。


「皆の者、みよ! あれが姫をさらった悪逆非道の魔女だ! 今こそ、討つべし!」

「「「「「「「「「「おおぉぉぉぉおぉぉっぉおっ!」」」」」」」」」」


 後ろには可憐な女性が牢屋に囚われていて、なぜか自分はおどろおどろしいローブを身にまとっていた。

 目の前には先ほどの青年と多くの兵士や民間人がいて、剣を一斉に掲げていた。


 と、後ろから魔法の発動の気配が起こる。

 その魔法は攻撃性も一切なかったため、カーラは静観する。


「皆さん、聞いてください!」


 魔法が発動して、牢屋に閉じ込められている女性、たぶん姫の表情が空中に映った。ビジョンの魔法だ。

 

「私は、私の事は大丈夫です! ですから、邪悪な魔女とは戦わないでください! 皆さまが死んでしまいます。 私は皆さまに死んでほしくはありません!」


 邪悪な魔女って儂の事? と首をかしげながら、何でさっきから短剣で自傷しているのかが気になる。


「……姫。我が愛しき姫っ! そんなにも傷ついているそなたを見捨てることなどなぜできようか!」


 傷ついているってそれ自傷だけど。普通に恍惚とした表情で自らを斬ってるけど。とカーラはツッコミを入れる。


「皆のものっ、立ち上がれ。今こそ、今こそ立ち上がらずにいつ立ち上がるというのだ。剣を握れ、こぶしを突き上げろ、怒りに心を満たせ」


 いや、わし何もしてないんだが。っつうか、何でさっきから姫は自分から手枷をつけてるのだ? と思う。


「そして討つぞ。姫を捕え、傷つけたあの醜い魔女を殺すぞ!」

「「「「「「「「「「「「おおっ!」」」」」」」」」」」」」


 だから捕えてなんだが。自分で手枷や足枷をつけて、自分で自分を斬っているだが。ってか、さっきから涎を垂らして恍惚とした表情をしているのがムカつく。


「ああ、皆さま」


 ついでに、なぜか涙を流して感動している感じの映像を流しているのがさらにムカつく。

 そうこうしているうちに、突き進む青年や兵士たちに矢が襲う。


「魔女には仲間がいる! だが、気にするな。魔女だけの狙え!」

「いないわ。儂、さっき連れてこれたばかりじゃぞ」


 ちなみに矢を撃っているのはやとわれの傭兵らしき集団。自作自演な感じがするが、なぜか青年と兵士たちはさらに鬼気迫らんばかりに声を張り上げる。

 たまらず、後ろで達しながら泣き真似をしている姫に尋ねる。


「お主ら、何がしたんじゃ?」

「何って? それはあなたを討つためです。暴虐の魔女、カーラ」

「儂、お主をさらってもいなければ、人族に危害を加えた覚えもないんじゃが」

「はい。そうですよ」


 姫は普通に頷く。

 カーラは混乱する。


「じゃあ、なぜ操らは儂を討とうとするのだ?」

「何もしていないからに決まっているじゃないですか。暴虐の魔女なんて言う悪役にふさわしい名前があるのに何もしてないから、悪役にしてあげるんですよ。感謝してください?」

「……はい?」


 カーラはさらに混乱する。

 悪役じゃないから、え、は?

 

 そうこうしているうちに、青年がカーラの前に現れた。なんかすっごいボロボロになっているが、体内魔力を視れば全然消耗していない。体力も全く消耗していない。

 カーラは思わず聞いてしまった。


「坊主、お主は何なんじゃ?」


 青年はかっこよく剣先をカーラに向け言った。


「俺は勇者。他人の事情なんぞお構いなしに悪役を作り上げる者だ!」


 そしてカーラは阿保くさ、と思い、転移で逃げ帰ったのだった。

 


 




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